星降る夜(ノエル)

 畑の葉っぱもへにょんとしちゃうくらい暑い毎日。

 あたしも朝から森の中でぺったり伏せてる。

 だって。暑いんだもん。

 お家の中より森の中の方が涼しいから、暗くなるまでずっと森にいる。

 川に入るついでにお魚を捕ったりもするんだけど、フランとふたりだとそんなにいらないからね。

 うつ伏せで寝転んでると、土と草の匂いがする。

 ちょっとひんやり湿っぽいのが嬉しくて。あたしの体温で温まっちゃったら移動して、また新しくひんやりした匂いを嗅いで。そんな風に過ごしてた。

 やらなきゃなこともフランに任せっぱなしでごめんねって思うけど、暑くて動けない。

 それなのに思いっきり走りたくもなるんだから。

 あたしって勝手だよね。

 いつもキラキラできれいだなって思う葉っぱの隙間からの光も、この季節はきれいの前に暑くって。眩しくなったら移動してを繰り返してるうちに、思ってたよりも動いてたみたい。探しにきたフランに笑われた。


「ズルズル這っていった跡がついてたよ」

「だって……」


 朝に一度川に入って濡れてるし、お腹の毛、また汚れてるだろうな。


「フラン。夕方になったら一緒に川に行かない?」


 フランは濡れるのが嫌いだけど、やっぱり暑いのもしんどいみたいで。この時期はあたしが誘うと一緒に行ってくれる。


「わかった。いいよ」


 暑いのはフランも同じだもんね。




 朝のうちは色々してくれてたフランも、日が高くなってきてからは一緒に森の中で涼んでた。

 でもフランはじっとしてなくて。秋の実りがどれくらいになりそうか、森の木を見て回ってた。

 もし木の実が少なかったら、その分狩りの量を増やさないと冬支度の買い物ができないもんね。

 今のところ枯れてたり元気がなかったりする木はないみたいだって。


「あれは? あった??」


 森の中に橙色の甘くて大きな実がなる木が何本かあって、毎年楽しみにしてるんだよね。

 あれじゃわからないよって、フランは笑うけど。


「あの甘い実だよね? ちゃんとなってたよ」


 ちゃんとわかってくれてるよね。

 今年も食べられそうで嬉しいな。




 夕方が近くなって少し日射しが痛くなくなってから、フランと川に向かった。

 家の近くのこの川は、いつも水浴びをしたりお魚を捕ったりする。端っこの一番深いところじゃなければ、あたしだとお腹が浸かるか浸からないかくらい。

 フランは入ってすぐの浅瀬じゃないと無理だけど。

 キラキラしてる川に飛び込むと、バシャンと水飛沫があがった。


「ノエル!!」

「ごめんね、フラン」


 フラン、濡れちゃったみたい。そんなつもりなかったんだけど。

 川の水はちょっとひんやりしてて、熱くなった足の裏も火照った身体も気持ちいい。

 茶色くパリパリになっちゃったお腹の毛も、これできれいになるかな。

 しばらく川の中を歩いたりたまに潜ったりして、気が済むまで涼んだ。

 フランは浅瀬に足だけ入ってたけど、すぐに出ちゃったみたい。頭まで浸からないと水浴びにならないと思うんだけど。

 あたしが隣まで行くと、フランはわかってるって言いたそうな顔であたしを見た。


「そこにいてよ」

「えっ?」

「ノエルがそこにいてくれたら、ぼくも安心できるから」


 仕方なさそうな声で呟いたフランが自分から川に入っていった。

 足先から足全部、お腹。小さなフランの身体はすぐ水の中に隠れてしまう。

 フランの金色の目、怖がってる?


「フラン!」

「やめてよノエル、揺らさないでよ」


 慌てて隣に行くと、跳ねた水がフランに掛かっちゃった。


「ご、ごめんね。そんなつもりじゃ……」


 謝ると、わかってるって言ってくれたけど。

 フラン、いつも浅瀬にしか入らないで、そこで身体も濡らすのに。今日はそこから進んでいくんだもん。

 だんだん深くなる水にフランの身体が見えなくなっちゃって、怖くなった。


「ぼくこそ驚かせてごめん」


 フラン、普通のフリしてるけど。

 やっぱりちょっと怖がってるよね。


「フラン」


 鼻先でフランの頭に触れると、くすぐったいよと笑われる。

 フランがどうして急にこんなことしたのかはわかんない。

 でもあたしがいたら安心できるって言ってくれたから。

 あたしはいつでもフランの傍にいるよって、そう伝えたくなった。




 川から上がったフランが座り込んだまま動かなくなったから、あたしもフランにぴったりくっついて川を見てた。

 日もだいぶ沈んじゃって薄暗くなって。日射しがなくなったからか、少し涼しい。

 そういえばあの人が言ってた。

 きれいな水辺には星が降ってくるんだって。

 でもここじゃ見れなくて。もっと上流なら見られるかもって。

 あの人もママと一緒に星空の向こうで見守ってるって言ってた。

 間にある星が降れば、ママやあの人が見えるかな。


「ねぇフラン。もうちょっと上流に行ってみようよ」

「え?」

「星が降るの、見に行こうよ」


 フランは暫く何か考えてる風だったけど、いいよって言ってくれた。




 フランとふたり、川沿いを上流へと走っていく。

 あの人にはちょっと歩くのが大変で時間が掛かっちゃう道も、あたしたちなら気をつけてさえいれば大丈夫。

 川幅が半分くらいになるまで走ってから足を止めた。

 木の隙間から空を見上げてみるけど、全然星が降ってる様子はなくて。

 風に揺れる葉っぱの音と、川の水の音だけが聞こえてくる。


「降ってこないね」


 空じゃなくて周りを見回してるフランにそう言うと、そうだねって返ってくる。


「暑くなり始めた頃って、あの人が言ってたから。もっと早い時期に来ないと見れないのかもね」

「星が降るのに時期なんて関係あるの?」

「ぼくにはわからないけど」


 でも、とフラン。


「涼しいから来てよかったよ」


 フランにそう言われて、あたしはそっと川の中に足を入れる。

 夜だからかな、なんだかちょっといつもより冷たい気がする。

 さわさわ聞こえる葉っぱの音も。

 時々ぱしゃんと跳ねる水の音も。

 こっちもいつもより涼しく聞こえるのは気のせいなのかな?


「……ごめんね、ノエル」


 突然のフランの声に、あたしは驚いてフランを見た。

 周りは暗いしうつむいてるから、フランがどんな顔してるのか見えない。


「どうしてフランが謝るの?」

「……来年、見に来ようね」


 顔を上げたフランは笑ってた。


「うん。また来ようね!」


 フランとの新しい約束。

 来年、楽しみにしてるからね。

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