星降る夜(フラン)
今日も朝からいい天気すぎて。暑さに弱いノエルはいつも通り森の中で休んでる。
手伝えなくてごめんねって、毎日のように言ってくれるけど。ちゃんと水汲みも朝早くに一緒に行ってくれるし魚も捕ってきてくれるんだから、謝ることなんて何もないのに。
暑くなりすぎないうちに畑に水をやって。朝のうちにノエルが捕ってきてくれた魚も焼いてしまって、涼しいところに置いておく。
日が高くなってきたから、ぼくも森の中に逃げ込んだ。
黒い毛って、本当に暑い。
森の中には何かを引きずったような跡がついてた。
それが何かなんて見なくてもわかるよ。
跡を辿っていくと、銀色の身体がペタッと地面に伏せてた。
「ズルズル這っていった跡がついてたよ」
笑いながらそう言うと、ノエルは耳を伏せてぼくを見上げた。
「だって……」
ノエルは地面が冷たいって、すぐこうやって寝そべってる。
わかるけど、泥だらけになるからぼくはあんまりやらない。だって、汚れたら洗わなきゃいけなくなるから。
でもこの時期はどうしても暑いから、ぼくだって水にも入る。少しくらいなら濡れても寒くないし、すぐ乾くからいいんだけど。
ノエルの銀色の毛はすっかり茶色の泥だらけで。あんなに汚れたらしっかり濡らさないと落ちないよね。
「フラン。夕方になったら一緒に川に行かない?」
「わかった。いいよ」
そう言うだろうと思ってたよ。
昼からは森の中を見て回った。
実りの季節に向けて、もう木は準備に入ってる。緑の小さな実を探しながら、今年はどのくらい収穫できそうかを予想していく。
あんまり少ないとちょっと前倒しで狩りを増やさないといけない。
森の実りを当てにしてるのはぼくたちだけじゃない。少ない実りで動物たちが生き残るためには、先に数を減らしておいた方がいい。
ぼくだって人族じゃなくて動物なのに、こんな風に考えるのはおかしな話だけど。
人に変われる動物なのか。
人になりきれなかった動物なのか。
人族でも動物でもない。どっちつかずのぼくら人化族は、一体どこで生きていけばいいんだろう。
――同じであっても馴染めないものもいる。反対に、違っていても受け入れてくれるものもいる。
あの人が言っていたそんな言葉を思い出しながら。うつむきそうになる顔を上げて、先の実りを探して歩いた。
「おかえり、フラン」
戻ってくるとノエルが迎えてくれた。
「任せてごめんね」
「ぼくがいいって言ったんだから」
一緒に行こうかって言ってくれたけど、見て回るだけだからひとりで大丈夫だからね。
「見たところ枯れてたり弱ってたりしてる木はなかったし、ちゃんと収穫できそうだよ」
よかった、と安心したようにノエルが笑う。
「あれは? あった??」
「あれじゃわからないよ」
ぼくが笑うと、ノエルはだってとふくれるけど。
「あの甘い実だよね? ちゃんとなってたよ」
ノエルの好きなものくらい、ちゃんとわかってるよ。
日が傾き始めてから、家の近くの川に行った。
ぼくの大きさじゃ精々数歩入れば十分だけど。ぼくにまで水飛沫を飛ばしながら、ノエルはバシャバシャと嬉しそうに駆け込んでいく。
傾いた日射しの中にキラキラと飛沫が舞って。きれいだし楽しそう。
そっと足を水に浸ける。ひんやりとした川の水は怖いよりも気持ちいいが勝る。
いつもだったらここで少しだけ水を浴びるんだけど。
川の真ん中、飛び跳ねるノエルはとても気持ちよさそうで。
なんだか少し羨ましかったから。
頑張ってもう少し先まで行こうとしたんだけど、怖くて足が前に出ない。
何度か試してみたけどどうしても進めなくて、諦めて岸へと戻った。
いつまでもあの人とノエルに守られてるままじゃなくて。少しずつでも変われたらって思うのに。
ぼくひとりじゃ全然だめだった。
はしゃいで駆け回るノエルはとっても自由に見えて。変われないぼくなんて置いていかれるんじゃないかって、ちょっと寂しくなった。
岸に戻ってきたノエルは、何か言いたそうにぼくを見た。
ちゃんと水を浴びろって言いたいんだってわかってるよ。
「そこにいてよ」
「えっ?」
「ノエルがそこにいてくれたら、ぼくも安心できるから」
きっと、今度こそ勇気を出せるから。
きょとんとしたままのノエルの前、一歩ずつ水に入っていく。さっきは進めなかった二歩目三歩目と進んでいくと、そのうちお腹も水に浸かり始めた。
水の冷たさじゃないヒヤリとしたものが足先から上がってくる。
大丈夫と言い聞かせて、もう一歩進もうとした時。
「フラン!」
ノエルが隣に飛び込んできた勢いで、波立った水面から飛沫が飛んでくる。
思わずやめてと叫んだぼくに、ノエルは慌てた様子で謝ってくれた。
「ぼくこそ驚かせてごめん」
心配かけたからだって、わかってたのに。悪いことしちゃったと思ってると、ノエルが鼻をくっつけてきた。
「くすぐったいよ」
ノエルにそんなつもりはないのかもしれないけど。
なんだかとても安心できた。
ほっとしたのか、岸に上がってから暫く動けなくて。水温以上に冷えた身体を温めるようにノエルが寄り添ってくれてる。
まだまだだなぁと思いながら川を見てると、急にノエルが上流に行こうと言い出した。
「星が降るの、見に行こうよ」
なんのことかと考えてから、思い当たったひとつの景色。
まだノエルと出逢う前、あの人とふたりで見た淡い光。
でも、あれはもっと早い時期じゃなきゃだめだったはず――。
そう言いかけて、楽しそうなノエルに気付く。
「いいよ。行こう」
「やったぁ」
暗くなった川沿いを、はしゃぐノエルと一緒に上流へと向かう。
暫く走ったあとに足を止めたのは、少し傾斜がきつくなり始めたところ。最初にいたところより、空気が涼しい気がする。
周りを見回してみるけど、やっぱりひとつも光は見えなかった。
「降ってこないね」
空を見上げて呟くノエルに、そうだねと応える。
ノエルの言う星は、光りながら飛ぶ虫のこと。あの人がノエルに「星が降る」なんて話したから、ノエルはホントに星が降ってくるんだと思ってたんだね。
「暑くなり始めた頃って、あの人が言ってたから。もっと早い時期に来ないと見れないのかもね」
あれは星じゃないだなんて、ぼくから話すことじゃない。
「星が降るのに時期なんて関係あるの?」
「ぼくにはわからないけど。でも、涼しいから来てよかったよ」
ノエルは川の中に足を入れて、周りを見たり空を見上げたりしてた。
そんなノエルを見ながら、ぼくはずっと忘れてたあの人の言葉を思い出す。
ノエルにもあの景色を見せたかったなって、そう言ってたのに。ぼくが代わりに連れて行くよって、あの人と約束したのに。
「……ごめんね、ノエル」
いつの間にか、すっかり忘れてしまってた。
ぼくの中のあの人との思い出をノエルにも分けてあげないといけないのに。
「どうしてフランが謝るの?」
本当に不思議そうなその声。
下を向く視界に近寄ってくるノエルの足が見える。
「……来年、見に来ようね」
もう忘れないように。
あの人との約束もノエルと分ける。
「うん。また来ようね!」
嬉しそうなノエルに、ぼくもなんだかほっとする。
来年も。その先も。
ずっと一緒にいられるよね。
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