いつか星の降る夜に
休んでてとフランに言われ、私はベッドに横になった。
すっかり体力も落ち、数時間動くとこの有り様。仕方ないとはいえ情けなさを感じる。
私を蝕む進行性の病。
ふたりと出逢う前からわかっていたこと。ふたりも承知してくれているとはいえ、本当にこれで良かったのかと思うこともある。
長くはない身で関わることで、ふたりにまたつらい思いをさせるのではないか、と。
おそらくもうさほど時間はない。
最期まで責任を取ることはできそうになくても。ふたりが少しでも困らないように、できる限りのことをしていければと思う。
その夜、ふと目覚めるとノエルの姿がなかった。
少し開いたままの入口から外に出ると、人の姿を取ったままのノエルが星空を見上げて佇んでいる。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いや。目が覚めただけだよ」
私に気付いて声を掛けてくるノエルの隣へと並ぶと、ぎゅっと手を繋いでくる。
「……ママもあの向こうにいるんだよね」
寂しそうな声に、どうしてノエルが外に出ていたのかを知った。
「そうだな。きっとノエルを見守ってくれているよ」
「うん……。そうだよね……」
少し歯切れの悪いノエル。どうしたのかと隣を見ると、いつの間にかうつむいていた。
繋ぐ手に力が込められる。
「……あなたも、もうすぐ向こうに行っちゃうの?」
ぽつりと零れた小さな声に、すぐ答えることができなかった。
お互い口には出さないが、私の死期はふたりも薄々勘づいているのだろう。
「……私も向こうから見守っているよ」
「…………どうしても?」
「ああ。すまない」
ノエルはそれ以上何も言わなかった。
繋ぐ手だけはそのままに、ふたりで空を見上げる。
昔と変わらぬ星空は、いつでも美しく、どこまでも遠く。
ふと、以前にフランと見た光景が脳裏に蘇った。
きれいな水辺にいる発光虫。暗闇の中ふわふわと周囲を舞う光に、自分たちが星空の中にいるように思えた。
この辺りでは見かけないが、上流に行けば見られるかもしれない。
「ノエル。星が降ることがあるのを知ってるかい?」
「星が降るの?」
驚く声に頷くと、途端にノエルはその瞳を輝かせる。
「見てみたい! いつ? ここでも見れる??」
「今年はもう無理だろうけど。きれいな水辺……そうだな、もう少し川の上流に行けば見られるかもしれないよ」
ノエルがはっと私を見た。
泣き出しそうになるノエルを引き寄せ、抱きしめる。
「いつかフランと見ておいで。私も向こうから見ているから」
せめてもの約束として、小さく頷く頭を撫でてそう告げた。
泣きやんだノエルを寝かしつけると、おそらくその前から起きていたのだろう、フランがのそりと起き上がった。
ノエルが寝付くまで寝た振りをしてくれていたようだ。
手を差し出すと擦り寄る小さな身体を抱き上げ、寝室を出る。
「……ノエル、どうかしたの?」
「少し寂しくなったようだな」
椅子に座り、膝の上で丸くなるその背を撫でてやりながら答えると、フランは安堵と心配が混ざったような息をつく。
フランは自分のことよりもノエルの方が気掛かりなんだな。
「フランはあの景色を覚えているかい?」
昔まだふたりで彷徨っていた頃に、偶然見たその光景。尋ねると、もちろんと返ってくる。
「ふたりで色々見たよね」
「ああ。そうだな」
定住の地を決めるまで、フランとはたくさん旅歩いた。
それも今となればいい思い出、なのかもしれないな。
「ノエルにも、見せてやりたかったな」
ノエルのことだから、きっとどの景色を見てもはしゃいだ声を上げるのだろう。
しかし、私にはもうノエルを連れて行ってやることは――。
「ぼくが連れて行くよ」
もぞりと手元が動き、丸まっていたフランが私を向いて起き上がった。
「あなたとの思い出の景色。ぼくがノエルに教えるよ」
細められる金の瞳は、だから心配しないでと語るようで。
――私が連れていけなくても。ふたりは自分たち自身で見たい景色を見に行ける。
わかっていたつもりで、わかっていなかった。
私の自慢のふたりなのだから。
私が心配することなど何もない。
「ああ。お願いするよ」
再びフランの背を撫でながら。
心を満たす幸福感に、ただ感謝した。
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