白い花に願いを込めて

 寄り添って眠る銀毛の犬と黒毛の猫。起こさないようにそろりと隣を抜け出すのが、朝一番の私の日常。

 安心しきったその様子は、いつ見ても和やかな気持ちになる。

 身支度を整え、朝食の準備をする。ふたりとも熱いものは苦手だから、スープも少し冷ましてやらないと。


「おはよう」

「おはよう、ノエル」


 起き出してくるのはいつもノエルが先。人の姿で出てきたノエルの銀髪を梳いて編むのも毎朝のこと。

 普段は落ち着きのないノエルだが、この時は言わずともじっとしてくれる。


「ありがとう! お手伝いするね」

「じゃあそろそろフランを起こしてもらおうかな」


 はーい、と元気な返事。明るく元気なノエルを見ていると、こちらまで気持ちが朗らかになってくる。

 寝室に飛び込んでいったノエルが、まだ少し眠そうなフランを引っ張ってきた。

 夜寝付くまで時間が掛かるフラン。その分朝が遅いのだろう。

 最初に比べれば随分とましにはなったものの、早くここがフランにとって安心して眠れる場所になってくれればと思う。


「おはよう……」

「おはよう、フラン。食事にしようか」


 まだ少しぼんやりした様子のフランに声を掛け、皿にスープを注ぎ始める。すぐにノエルが皿を運んでくれた。




 日中は水を汲みに行ったり畑の世話をしたり。

 あれもこれもとやりかけるノエルを、フランが止めてひとつずつ一緒に終わらせていくのもいつものこと。

 すっかり兄の顔のフラン。

 遠慮がちだったノエルも子どもらしい無邪気さが見えるようになった。

 ここへ来て二年。ふたりとも随分としっかりしてきた。

 生活に必要なことはすべてフランが把握してくれている。小柄なフランにとって大変なことは、力のあるノエルがしてくれる。

 大丈夫。私がいなくなってもふたりでちゃんと暮らしていける。

 そう思えることが誇らしく。

 そして同時に、寂しく感じる。

 一刻も早く妻子の下へ逝きたいと、あんなに待ち望んでいたのに。今は一日でも長くここにいたいと願う私がいる。

 人化族猫属のフランと、人化族犬属のノエルと、人族の私。歪でも、家族となれたのだろうか。




 夜、いつものように湯浴みを嫌がるフランを拭いてやる。

 最初の頃は言われるままに従って、そのあと一晩中怯え震えていたことを考えると、こうして嫌がるようになっただけ甘えを見せてくれるようになったということなのだろう。

 水でもお湯でも、濡れるということが苦手なフラン。フランは何も言わないが、出逢った時の様子からその理由は推測できた。

 その甘えを受け止めつつ、互いに妥協点を探った結果、今はこうして拭かせてくれる。

 清潔にしておかないといけないと、ふたりにはきちんと話してあるから。あとはノエルがなんとかしてくれるだろう。

 母親を――甘えさせてくれる存在を知るからこそ、普段は甘えん坊のノエルだが。その大切さを自覚はなくともわかっている。

 そんなノエルがフランに甘えることで、フランもまた甘えることの意味をその身で感じ。自身も周りに甘えることができるようになってくれれば。

 そうして支え合い、暮らしていってくれればと――。




 もう私にはあまり時間がないから。ふたりが困らないように。ふたりが悲しまないように。今のうちにたくさん準備をしておこう。

 私がいなくなってからも途方に暮れずに済むように、何をしてほしいかをきちんと伝えておこうと思う。

 自分の最期を委ねられる手があることが、心強くも心残りで。嬉しくて、寂しい。

 私も随分と欲張りになったものだと笑う。

 大切なものを喪ったあの日、何もかも捨てたつもりだったのに。いつの間にか抱えきれないほどの想いがこの胸にあるのだから。

 ――今度街に行った時に、宿根草の種を買おう。

 自分が死んだそのあとに、墓の周りに蒔いてもらおう。

 地上部は枯れても、また芽生えを迎える宿根草。

 土の下で長らえる命があるように。私が死んでも何もかもが失われるわけではない。

 見えなくなっても傍にいる。

 そんな気持ちがふたりに伝われば、と。そう願って――。

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