実りの季節(フラン)

 桶を両手に森の中を歩いていく。

 ノエルはどうにも待ち切れないみたいで、駆け出していっては早く早くとぼくを呼ぶ。

 そんなに急がなくったって。鳥にひとつやふたつつつかれたからって、全部なくなったりしないのに。

 森の中には緑の木もあるけど、すっかり黄色くなったり赤くなったりしてる木も増えた。日に透けると緑の葉よりもキラキラして、なんだか眩しい。

 実りの季節の森は暖かい色に溢れてて。この先の冷たい季節を耐えるための準備をしてるみたいだよね。


「フラン! こっちにもたくさん!」

「今年もたくさんあってよかったね」


 いろんな形のいろんなきのこ。たくさん採れたら干して寒い季節の間の食料にする。

 食べられるきのこの見分け方はあの人が教えてくれた。

 元の姿に戻ればなんとなく匂いでわかるけど、人の姿だとあんまり鼻が利かなくてわからない。だから昔はぼくよりも鼻がいいノエルでさえ、食べられないきのこも採ってしまってた。

 もう今は見分けられるようになったけど、念の為食べる前に元の姿になってから確認するようにって言われてる。

 あの人は自分の採った分も確認してって言ったけど、間違えてることなんて一度もなかった。

 人族のあの人はぼくらほど鼻は利かないはずなのに、全然間違えないんだからすごいよね。




 桶ひとつ分きのこを採ったら、次はトゲトゲの実がいっぱい落ちているところ。

 トゲトゲの実の中に入ってる茶色い実は、大きさの割にいい値で買ってもらえる。潰れないから運ぶのにも気を遣わないし、重くもないから売りやすい。

 この季節が一番売れるものが集められるから。この先困らないだけの蓄えを準備できるくらいは採れたらいいな。

 ぼくたちは持ってた桶を置いて、中に入れてた大きな木のスプーンと先を平たく削った棒をそれぞれ持った。

 トゲトゲで刺さずに拾えるように、あの人が作ってくれたもの。片手で持ったスプーンに、反対の手で持った棒でトゲトゲを転がして載せて、桶に入れる。転がすのにちょっと加減はいるけど、慣れるとこわごわ拾うよりも早いかな。

 でもノエルはこの作業がいつまで経っても苦手で、勢いよく転がしては逃げていくトゲトゲを追いかけてばかりなんだよね。


「今年こそ頑張るからねっ」


 スプーンと棒を持ったノエルが鼻息荒く宣言する。


「別に近くに転がしてきてくれるだけでいいのに」

「あたしだってやりたいんだもん」


 去年も一昨年も、結局はノエルがぼくの近くにトゲトゲを転がしてきて、それをぼくが桶に入れてたんだけど。それでもノエルは自分でもやりたいんだって毎年言う。

 トゲトゲの隣にスプーンを添えて、棒で載せようとするノエル。


「そっとだよ」

「わかってる」


 自信満々にノエルはそう言うけど、見るからに力が入ってる。こわごわ棒で押すだけだと力が足りないのか、傾くだけで元の位置に戻ってしまう。そうこうするうちに、やっぱり力を入れすぎてスプーンを越えちゃうんだよね。

 ノエルは根気よく何回も試していたけど、だんだん難しい顔になってきた。

 ぼくもトゲトゲを集めながら様子を見てると、ノエルは棒で転がしたり支えたりするのが苦手みたいで。まだスプーンの方が……って、もしかしたら!

 

「ノエル! これ使ってみて」


 ぼくが持ってたスプーンをノエルに渡すと、ノエルはきょとんとしながらも受け取ってくれた。


「これ?」

「棒の代わりにそれでやってみて」


 両手にスプーンを持ったノエルはいつもみたいにトゲトゲを追いかけていって、ふたつのスプーンで挟み込む。

 思った通り、棒よりも幅も深さもあるから安定するみたい。緊張してたノエルの顔が、持ち上げた瞬間にぱっと嬉しそうに緩んだ。


「フラン!!」


 桶にトゲトゲを入れ終えたノエルが、両手にスプーンを持ったままぼくに飛びついてくる。


「できた! できたよ!!」

「わかったから! 痛いって」


 嬉しいのはわかるけど、ノエルの方が大きいし力があるんだから加減してよ。

 ごめんねって笑うノエルは謝ってても嬉しそうで。

 なんだかぼくまで嬉しくなった。




 ノエルは喜んで次から次にトゲトゲを桶に入れていった。帰ったらもうひとつスプーンを作らないとだね。

 桶ふたつ分集めたから、ノエルが一番楽しみにしてるところに移動する。

 葉はまだ緑だけど数はだいぶ減って、その隙間にたくさん実る、橙色の実。

 置いといたらどんどん甘くなるこの実、ノエルが大好きなんだよね。

 大きな木にたくさんなってるけど、もちろんぼくたちには上まで届かないから、届く範囲の実を採って。


「いくよー!」


 ノエルがそう言って木の幹を揺らすと、ぼとぼとと実が落ちてくる。

 まだあんまり熟れてない実もあるけど、売りに行くにはこれくらいの方が潰れなくていいからね。

 桶ひとつよりもう少し多かったから。ノエルと並んで座って、柔らかくなってた実をひとつずつ食べた。


「今年も美味しいね」


 手も口の周りもベタベタにしながら、満足そうにノエルが笑う。

 あの人も笑いながら拭いてあげてたっけ。


「うん、美味しい」


 トロトロで、甘すぎるくらい甘くって。

 なんだか少し懐かしかった。




 家に戻ってからは、ふたりでトゲトゲの実から中の茶色い実を出した。

 あの人は靴で踏んで外してたけど、普段のぼくたちにはできない。

 ぼくたちは服を着た格好に変化できるけど、本当に服を着ているわけじゃないから。トゲが刺さってしまうとそのままになってしまう。

 だからあの人はぼくたち用に木靴を作ってくれた。

 トゲトゲから茶色い実を出すためだけの靴は、慣れてないから変な感じで。いつもノエルとふたり、窮屈だねって話す。

 そうなのかって笑うあの人の笑顔。まだちゃんと覚えてるよ。

 茶色い実は桶に半分くらい。

 明日もう少し取ってから、一度売りに行くことにした。

 あと今日やることは。


「じゃあノエルのスプーン、もうひとつ作るね」


 木切れとナイフを取りに行こうとすると、あたしも、とノエルが言い出した。

 木を削るナイフは料理用のより大きいから、ノエルは怖がって触ったことなかった気がするんだけど。

 そう言うと、ノエルはちょっと不満そうにぼくを見た。


「……だって。あたしももっとできるようになりたいんだもん」


 呟かれた言葉にはっとする。

 ノエルはいつだって、ちっとも立ち止まらないで。そうやって先に進もうとする。

 何度できなくたって、何度でも、何度でも。

 諦めないノエル。ぼくなんかより、本当に強い。


「……ぼくが前に使ってた小さめのナイフがあるから、それでぼくの分のスプーン、作ってくれる?」

「フランの分の?」

「うん」


 ただ削るよりその方がいいかなと思ってそう言うと、ノエルは嬉しそうに頷いた。

 少しずつでも確実に、ひとつひとつ覚えていくノエル。

 そのうちなんでもひとりでできちゃうようになるのかもしれないけど。

 それまではまだ、ぼくのこと、お兄ちゃんでいさせてくれるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る