第4話(完)

実はサシャのこのブラコンっぷりを知った後、リンスはさり気なくサシャの従者に“この状態”のサシャは誰もが知っているのか、と聞いた事がある。

すると従者は「ギャロワ侯爵家の中では」と言葉を濁した。

ギャロワ侯爵家嫡男がブラコンで過保護であっても、ギャロワ侯爵家にひどい傷はつかないだろうとリンスは思う。

普通ならブラコンシスコンで傷はどうのなんて考えないだろうが、このサシャはなブラコンシスコンの域を軽く凌駕していた。サシャのそれは「そんなにひどい傷はつかない」と思わず言いたくなるほどである。

だからなのか、どうにもをこのまま出していいものか、と友人思いのリンスは悩んでしまった。

その結果、あの時からずっと、リンスはサシャが突然こうならない様に外ではフォローする様になったのである。

なにせ本人にいくら自覚を促そうと何かにつけて「ブラコンだよなあ」とか「過保護だよなあ」と言っても真顔で「どこがだ?普通だろう?」と完全否定。

サシャは小指の先……いや、蟻の大きさ──────いや違う、塵の大きさほども自分がブラコンであるとか過保護だとか、思ってもいない。

こんな弩級の過保護だと知れたらサシャを動かすためにカナメを人質に取るのではないかと、リンスはそちらも心配してしまったのだ。

リンスも他家の事に首を突っ込む様な事だから、一応、サシャが受け入れてくれそうな言葉を選んで『これほど弟を大切に思っている事が多くの人にバレたら、サシャを動かすために弟を人質に取るのではないか』と言ってみた。

そうしたらサシャは

「ああ、問題ない。私はカナメに悪意を持っている人間が指一本でもわずかにでも触れれば、する方向で決めているんだ」

とのたまった。

私たち、って家族以外にも何かいるのか?良い様に処理って何?と聞きたい事はあったけれど、この時リンスは本気でフォローする事に決めた。

もしリンスが心配している様な事が現実に起きたらになるに違いない。自分が想像しない様な何かが起きる事になる。そう感じ取ったからフォローも必死だ。


「そうだ、今度私の友人としてリンスを家に招待したい。カナメがお前に会いたがっているんだ。学園で気心知れた友人が出来たと話したのが、気になっていたらしい」

「そうか……ならお言葉に甘えておじゃまするよ」

「ああ、そうしてほしい。よかったら今週末どうだろう」

「俺の領地は遠いだろう?いつだって暇さ」


よかった、と冷たいなんて思われる顔を溶かして笑うサシャに知られぬ様リンスは思う。

ギャロワ侯爵家の当主は対外関係──国際関係の事を行う、今で言う外務省の様なものだろうか──の顧問をしていたが、能力を買われ強引に引き抜かれる様な形で宰相付きの主席補佐官になっている実にの男だと評判だし、その妻は社交界でと言われる美しくも強い女性。会ってみたくないとは嘘でも言えない。

それにこれほど可愛がっているカナメに実際に会ってみたい。

リンスは週末がとにかく楽しみだった。


そして“運命の週末”。


リンスはサシャと共に馬車に揺られギャロワ侯爵家につく。

元気なサシャとは対照的に、リンスは馬車の中ではいかにカナメが可愛いかと言う話を聞かされ続けヘトヘト。噂のギャロワ侯爵夫婦に会える楽しみのお陰で持ち堪えたものの、体力やら精神を半分は削られている。

案内で玄関ホールに入るとサシャは一目散に、出迎えにきていたカナメに抱きついた。

サシャが自慢していた「母上に似た、美しい新雪の様な白銀の髪なんだ」が光を浴びてキラキラと輝き、サシャの腕の中で嬉しそうに笑っている。

(うん、こんな弟なら可愛がりはする)

ひとしきり抱きしめ気が済んだらしいサシャは、カナメの手を引いてリンスの前に立ち

「私の学友のリンス・アントネッリ。アントネッリ伯爵家の三男だよ」

カナメは子供らしい目でリンスを見上げ

「ギャロワ侯爵家次男のカナメ・ルメルシエと申します」

「お兄様にはいつも良くしていただいています。今日と明日、お邪魔します」

「はい!もしお時間があれば学園でのお話を聞かせてください!お兄様……ええと、兄の話も聞きたいです」

ぼくのことはカナメとお呼びください。と言うから「わたしの事はリンスで結構ですよ」とリンスも言う。カナメは少し悩んでから「リンスさん」と言った。

素直なところも可愛らしい。そんな事を素直に考えたのがブラコンに届いたのか、サシャの目つきが怖かった。と後にリンスは告白している。


玄関での挨拶の後はギャロワ侯爵夫婦に挨拶をし、客室に案内され、その後はサシャに誘われ|東屋__ガゼボ》へ。

そこではメイドが茶器と茶菓子を用意しており、カナメが待ちきれないとソワソワして待っている。

二人を見つけるとブンブンと手を振る姿は、およそこの名家の次男とは思えない無邪気さがあった。

「素直で可愛いだろう?あの子は普通の子なんだ。怖がりで、泣き虫で。だから身内だけしかいないこの家では、家族はもちろん使用人たちも、カナメにはカナメらしく過ごしてほしいと願っていてね。外ではあれで十分私の弟らしくあれるよ」

「顔に出ていたか?」

「もう少しポーカーフェイスになった方が、文官をやるにしてもいいと思うくらいには。でもまあ、そんなお前だからカナメが一足飛びで懐いたんだと思う。腹のたつ事に。そこそこイラっとするくらいに」

「心狭くないか?」

そんな話をしていればワクワクしているカナメの待つガゼボに到着する。

サシャは当然の様にカナメの横に陣取り、甲斐甲斐しく世話をやく。

周りの使用人はそれを温かく見守っていて、これがこの家の普通なのだとリンスは理解した。

カナメが『おれ』と言い出し、リンスも『俺』と言うまでに時間はかからず、場が和んで話題が切れた時だ。

リンスも自分で自覚している以上に緊張をしていたのだろう。カナメとの会話でそれが解かれた瞬間、フト、この間サシャから吐露された事を思い出した。


リンスが「そんなに構いまくってて、お兄ちゃんうざーとかならない?」と純粋な疑問として聞いてしまった時。

その時サシャはこの世の終わりの様な顔で「そう思っていたら死んでしまう。そんなこと、あの天使は言わないと思うが……そう言うものなのか?私はごくしかしていないが、弟は兄を面倒に思う日が来るものなのか?」と落ち込み、その日からしばらく生きた屍の様な状態だったのだ。

それを今、緊張が解けたリンスは思い出してしまった。そして好奇心が優ってつい、聞いてしまったのだ。


「サシャお兄ちゃん、カナメくんに過保護でブラコンで、なんでもしてあげたいってしょっちゅう言うんだけど、12歳だしそろそろお兄ちゃんのそう言うのちょっと……ってならない?」


それを今聞くのか!と顔に出したサシャに紅茶を淹れてもらっていた──お兄ちゃんは甲斐甲斐しく弟の世話を焼きたいのである──カナメは目をまん丸にして

「お兄様はブラコンなの?ブラコンってなあに?あと、お兄様過保護じゃないよ。なだけなんだよ。おれのこと、すごい好きだからだ心配するのは普通って言ってるし、おれもお兄様が好きだから心配とかするし、同じだよ。こんなにおれを大切にしてくれるお兄様を嫌いになったりしないよ!おれも、お兄様大好きだから!」

と言い切った。

サシャは「カナメ、本当に可愛い」と抱きしめているし、リンスが周りを見れば「ですよね。そう言いますとも」という顔の使用人ばかり。

その上、サシャの、学園にもついてきている従者からはこっそり「この話題で、今日は1日、サシャ様に寝かせていただけない可能性もございます。いかにカナメ様が自分を思ってくれているか、カナメ様をどれだけ思っているか、そんな話で朝を迎える事になるかと……」と同情めいた顔で言われた。


「無自覚弩級の過保護ブラコンと、それを心配性で片付ける弟。無敵の組み合わせかよ」


リンスの呟きを拾った使用人たちは無言で頷く。

これはカナメが学園に来たら大変な事になるんだろうな、と言うリンスの予測は現実になり、リンスがいかにフォローしようともサシャの“超弩級のブラコン”が白日の元にさらされるのである。

しかしそんな近い未来を予測したリンスでも、よもやそれよりももう少し先の未来、対外関係主席顧問の補佐官となったサシャと共に対外関係顧問の補佐官として働き、生涯この超弩級のブラコンが暴走しない様にフォローする一人になるのなんて、思いもしなかっただろう。

その流れで「お前も大変な役割で大変そうだな」なんてマチアスに肩を叩かれる日が来る事だって、思いもしていないだろう。


それでも人のいい彼は「友人をやめようと思ったことは一度もないよ。あいつ、超弩級のブラコンだけどいい男なんだよ」と笑って言うのだ。

もちろん最後に「でも、ブラコンとか言っても無駄だぞ。あいつ、自分は『ただの心配性のお兄ちゃん』としか思ってないから。下手になよ。一晩、その話題で寝かしてもらえなくなるからな」と付け加えるのだろうけれど。


とにかく、認識という溝は深まるばかりである。

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