第4話(完)
カナメが王宮料理人の夕食に幸せを感じた翌日。
マチアスはカナメの部屋に、朝早く訪れていた。
幼い頃から友人として王城へ来ていたカナメはここ王城で、『何をしても起きない』と有名である。
不名誉ながらこれは事実であった。
国王夫妻と宰相が決めた、第一王子の学友として机を並べて勉強をしていたカナメを、文字通り叩き起こすなんて王城の使用人当然侍従たちにも難しい。
そこで登場したのが学友のマチアスであった。
(なぜ自分で起きる事が出来ないのか……)
この国の第一王子に叩き起こされる理由は何をしても起きないと言うそれが当時のマチアスには新鮮で、話を聞いてから珍しく興味本位で自ら買って出たのだ。
私の友人だから、私が起こしてみよう。と言う感じで。
幼いマチアスはこのカナメが学友となる運びについて、「王子だからという理由で友人も親が決めるのか……」と思いはした。しかし庭を駆け遊び机を並べ勉強をしていく中で、すっかりカナメに心を許していった。
王子の友人として野心が芽生えてもいいはずなのに、カナメは家庭教師の「将来どのように生きていくか、今から考えておく事も大切です」の言葉に「どこかの婿養子にしてもらうか、男爵位をもらって生きていきたいです」なんて言うから、マチアスは珍しく笑ってしまった。同じ家庭教師に学んでいるのだ。『どこかの婿養子』先を高位貴族と言ってみるとか、マチアスの側近になるとか言ってもおかしくないのに、彼はそれよりも“普通の貴族の次男坊”を望んでいる。
家庭教師も一瞬言葉を失って、彼も珍しく笑った。
そんなカナメだからマチアスは友人になれたし、起こしてみようと思ったりしたのだろう。
その時からずっと、王城に泊まったカナメを起こす役をマチアスが担っている。
昔を知る人間は「相変わらず」と微笑み、知らない人間はそれを聞いて「あのマチアス殿下が」と驚きつつ慣れていく。
幼馴染を起こしに来ただけ、そうとしか周りには取られない。
けれども部屋に入りベッドで丸まって寝ているカナメを表情を緩め見ているマチアスに取って、この時間は婚約者として共に過ごせる幸福の時間になる。
(が、それを理由に朝訪ねに来る事も出来るのだから、お前は精霊に『朝起こしてくれ』と頼んで自主的に起きたらどうなんだ?起きて俺を待っていてくれても、構わないんだぞ?)
起こしに来るたびに思うその気持ちは、思うだけに止める。
なぜならば本当にそうなっては悲しいから。そして彼は真面目で不器用だから、そうなったら“上手”に堂々とこの部屋にこの時間尋ねる事なんて出来ない。
難しい男なのだ。
マチアスはベッドに腰掛け、頭があるだろう場所を布団の上から優しく撫でた。
人が思う以上に不器用で、真面目だと言われるけれど融通が効かないだけ。自分をそう評するマチアスに、それがいい所だと言って「苦労する未来しかないのに……」と苦笑いで気持ちを受け止めてくれたカナメを、自由な気持ちで愛でる事が出来るのは、こんな時しかない。
もっと器用であればそういう時間を上手に増やせるはずなのに、マチアスにはそれが難しかった。
「自主的に起きれないなんて、今後苦労するぞ」
マチアスの声に反応して、カナメと契約している精霊がカナメが寝ているベッドを揺らした。
契約していない人間に反応して動くのは珍しいけれど、カナメの精霊はこういうところがある。
静かに、けれど激しく動いたベッドに飛び起きたカナメは残念そうだ。顔にはもう少し寝ていたかったのに、と隠す事なく書いてある。
「いい加減、自主的に起きてくれ。俺は苦手だが精霊と契約して正しい時間に起きれるように、悪夢でも見させようかと思った事が幾度もある」
「鬼!」
寝起きの頭にしては素早い返しに、カーテンが揺れた。精霊が笑ったのだろう。
「自主的に起きれないんじゃなくて、起こしてくれるから起きなくていいだけだよ。そこは勘違いされなくないな」
あくびをひとつして言い切ると、マチアスの頬がひくついた。
「家では執事長、ここではアル。自主的に起きる必要性は感じられないと思う。思う存分味合わせてほしい。気持ちいいこの安眠……邪魔されたくない。決められた時間ギリギリまでまどろめる幸せを味わいたいのは人として普通だと思う」
「いつか絶対に、精霊と契約してお前を起こして見せよう。何度か悪夢を見れば自主的に起きれるようになるだろう」
「本当、婚約者に対する態度じゃないよね?」
「婚約者だから厳しく言うのだろう」
カナメはベッドの上を這い隅で膝を抱えて文句を言う。震えているのを見ると、自分で想像出来る範囲の悪夢が頭に浮かんだのかもしれない。もしくは、マチアスならやりかねないと思ってか。
「真面目なアルと普通の俺。ちょうどいいからこれでいいじゃん」
「……カナメは一応、王子の婚約者なんだがな」
ベッドに腰掛け首を緩く振ったマチアスの顔には、言葉と違って笑みが浮かんでいる。
「見た目を裏切らないように、気の置ける人たちの前以外では真面目な優等生してるから大丈夫。怖がりも泣き虫も、隠してるし」
「そう言う問題ではないような?」
そう呟いたものの長い付き合いだ。お互いこれがいいと思っているのだから、これがちょうどいいのだと分かっている。
だから二人、結局手を取り合う事にしたのだから。
「泣き虫で怖がりなカナメは俺が守ってやるから安心しろって、言ってくれたじゃん」
美人な顔を崩してカナメらしい、へら、とした笑顔で言うカナメにマチアスは突っ込んだ。
「それとこれとは違うだろう。泣き虫で怖がりなカナメを守るとは言ったが、自主的に起きるとか、面倒くさがらないようにするとか、後回しにしないとか、そういうのは別問題だろう。俺が守る守らないというものじゃないぞ」
息継ぎもなく早口で言った言葉に、またカーテンが揺れた。
カナメもただ笑っている。
そんな精霊と婚約者を見てマチアスは思った。
婚姻までにもう少し成長させねば、と。
しかし反面、このカナメが可愛いのだと思うのだから、きっとこのまま二人は共に歩いていくのだろう。
そう、あれだ。
惚れたものの負け、というやつなのだ。
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