第3話

この日、カナメが遅くまで使いっ走りをしていたのが『宰相家のシェフの夕食に釣られたから』という、正直言ってなんとも言えない理由であった事を知ったマチアスは宰相に「悪いが、カナメが断れない“ご褒美”でつらないでほしい」と言い、二人の関係を知る宰相に大笑いされ、結局王城の料理人が作る絶品に舌鼓を打ち──美味しいものが好きなカナメとしては大変満足していた──王城に一泊したのち帰宅する事となった。

二人の関係を知るのは国王と王妃そしてマチアスの弟、カナメの家であるギャロワ侯爵家、そして宰相と彼の妻という両手で足りるほどの人数のみである。

これは全て、マチアスの弟にあたる第二王子エティエンヌ・ダヴィド・ピエリックが次期国王になると言う事が理由となっていた。

第二王子が次期国王となる事が過去になかったとは言わないが、それは第一王子にがあったからである。

今回の二人に関して、マチアスには素行も才能といった意味でも何も問題もない。

それでもこのようになったのは、マチアスが自分を分析したのち思ったからである。

──────大勢を救うために一人を見殺しにする事も厭わない。それを誰にも見せずに悟らせずに出来るような器用さもない。正義だと思えば自ら糾弾してしまうだろう。“上手に”他人に頼れない自分ではきっと……。

それも長所、と両親が何度も言ってくれる言葉は、マチアスに取っては国王としての短所だと考えていた。

そんな自分に対して弟のエティエンヌは弟だからなのか、いや、性格もあるかもしれないが、上手に人に頼れる。人を上手に使える人間だ。

この国は長らく平和である。

確かに小競り合いも起こるし、時には隣国から侵略も受けた。

しかし何れの時も国王と“国王を心から支えたい”と忠信をもった家臣たちが“協力”し、言い方は悪いが国王が“彼らを上手に使い”、危機を脱してきた。

大勢を救うために一人を見殺しにするような事は出来ない性格だけれども、そんな事は支える人間がやればいい。声高に糾弾するのは国王ではなくていい。国王は家臣をうまく使い、支えたいと思わせる手腕で王座に座っていた方がいい。

怖がらせる手段を厭わず使うのは、国王ではなく国王が一番に信頼する人間がやればいい。

その考えでマチアスは早々に弟が国王に、自分はそれを支えて生きていきたいと、王子としてそして息子して兄として、両親であり国王でもあり王妃でもある二人に伝えたのだ。

何度も何度も、何年も話し合い、そして今のように内々に決まった。


エティエンヌは兄のような人こそ国王になるべきだと思った気持ちに嘘はないし、今だってその方がいいのではないかと思ってもいる。

けれども兄の言う事も理解出来た。

何よりこの国では自分のような人間の方が国王になった方が“うまく平和”でいられるの事を、王族であるからもいた。

自分ではやれない事を、誰より信頼出来る兄マチアスが請け負ってくれる。人からの悪意も全て自分が請け負えばいいと、明日の天気を話しているようなそんな普通の様子で言ってくれるマチアスがいる。

エティエンヌはこうして次期国王として生きる事にした。兄に助けてもらいながら、兄を守りながら、王になろうと決めた。

そしてマチアスは彼を支えていくために、自分のせいで国王になる優秀な弟のために全てを使い守っていくと決めて。


しかし平和だとは言えここも国。

次の国王いかんでは自分達のに影がかかるかもしれないと思う貴族がいる。

国王が何と言おうとも、本人たちがどう言おうとも、二人いる王子を好き勝手に担ごうとする人間が出るものだ。

エティエンヌが学園を卒業するまで、エティエンヌが次期国王である事は伏せる事となった。

エティエンヌもその婚約者も、卒業時に自分達が王太子であり王太子妃になる事が発表されるその時までに、そのための教育を終わらせようと頑張っている。

そして彼らの卒業と発表を待って、今まで明かされずにいたマチアスの婚約者が発表される。

マチアス・アルフォンス・デュカスの婚約者はギャロワ侯爵家次男であるウェコー男爵カナメ・ルメルシエ、と。

明かされずにいると言う事は、同性である事と同じであると国の過去の事例から明らか。そして同性であるからこそ婚約者に危険も及ぶ。同性では子を成せないからだ。

同性の婚約者を亡き者にし、我が子を。そう思う人間は残念ながら多いのである。

うまく立ち回れる人間ならば上手にやってのけるだろうけれど、マチアスにはこの辺りの自信はなかった。

だから彼は選んだのだ。自分が出来る可能な方法を。

どこからどうみても、完璧な幼馴染であり学友としての姿でいようと。それを彼は選んだのである。

婚約者と婚約者らしい事を夜会はおろか、些細な日常でも出来ない事が辛くないわけではない。

マチアスに聞けば彼は辛いと言うだろう。間違いなく。

大好きな婚約者には婚約者がいない事になっているのだ。愛しい婚約者のカナメだって夜会でダンスに誘われれば受ける事もある。

それをマチアスは、平然とした顔で見ていなければならない。

本当は声を大にしてカナメは俺の婚約者だと言いたいのに。

けれども“不器用”なマチアスは、そしてそのマチアスを思うからこそカナメはそうする事に同意をした。

その日がくるまででいよう、と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る