14時、フォヌア・ベックマン:前編

代々騎士団の重職を排出してきた、まさに騎士の家系である公爵家がある。

次代当主が今まさに、マチアスとカナメと同じ学年で学園生活を送っていた。

ベックマン公爵家嫡男フォヌア・ベックマンだ。

ベックマン公爵家の証とも言われるアースアイが魅力的な、騎士の家系にしては少し線の細い青年である。



ガン、と鈍い音がして模造刀が飛ぶ。

すぐさま教師が次の試合へ移るようにと指示を出し、今練習試合をしていた二人が場の外に出る。

今日は一度でも試合をすればあとは自由だ。

こんな中途半端な実技の授業は領地政務科に必要ないのでは、と誰もが思っているだろうが王子殿下が慣例として領地政務科に入るとなって以降取り入れられている。

その歴代王子殿下でさえ「いらないのではないか」と思っているのだが、長く続いたものを変えるのは難しいのかもしれない。


「いつも私の相手ではつまらないだろう」

「いえ。そのようなことはありません。マチアス様こそご不満では?」

「友人として言っておくが、それだけは、決してない」

先に言ったのはその王子殿下であるマチアス、答えたのがフォヌア・ベックマンだ。

フォヌアの手は今もジンジンと痺れている。

あの一撃は重く、それまでに受けた攻撃の重みで思わず剣が飛んでしまった。

(やはり、幼い頃からハヤル辺境伯爵に師事されていたからの太刀筋なのでしょう……私では勝てない)

マチアスと打ち合ったのは初めてではない。

最初から手加減するなと言われたし、するなと言われて手加減をすることはそれこそ失礼だとフォヌアは一度も手を抜いていない。

それでもいまだに一度も勝てていない。

騎士の家系に生まれ幼い時から否応なく鍛えさせられたのに、と思う気持ちはフォヌアになかった。

いくら騎士の家系で否が応でも騎士として鍛えさせられても、その時のがあまりに違うのだから仕方がないとフォヌアにはわかっているのだ。

(きっとマチアス様は、本気で国を、人を守るために習っていらっしゃった。私とは違う)

やれといわれたからやった。こなせと言われたからこなす。

フォヌアにとっては文武ともにその意識以上ではなかった。

覚えているし、戦えもするだろう。体には一応染み付いているから。

おかげで父親から二年時と三年時に上がる際「それならば今から騎士科に転科する必要はないな」とももらっている。それは、この程度できれば騎士団に放り込んでもベックマン公爵家の人間として恥じない程度である、ということだ。

(父は知らぬのだ。私が止まりである理由を)

けれどもフォヌアもそれを父に悟られぬように生きている。

どうにも彼は、家が、それとも家の生き方なのか、それが合わなくて苦しいのだ。

自分の信念なのか、生き方なのか、性格なのか、どうしても家の方針のようなものが受け入れられない。

受け入れられないとも違うのかもしれない、とフォヌアは感じているのだが適切な言葉を今も見つけられず「受け入れられないような、合わないような気がしている」と表現するしかない。


マチアスにはそれを知られている。けれども何もしない。きっと彼が本当に助けを必要とすれば助けるのだろう。

カナメにはそれを知られていない。けれども彼は何かを感じている。だからこそ彼は兄をごく自然に紹介したのだろう。

そしてカナメの兄にはすぐにバレた。けれども当然彼は何もしない。



授業が終わり、マチアスを王家専用の控室まで送り届けたフォヌアは廊下の窓から外を見る。

フォヌアの従者にはマチアスと共にいるときは下がるように伝えてある。その方がいいと、よくよく言含めてあるのだ。

その『いい』という言葉の真意を従者は勘違いしているのだけれど、フォヌアに取ってはそれが都合がいいからそのまま否定もせずに今に至っている。


奇しくもフォヌアが立ち止まったここは、マチアスと初めてあった場所だ。

遠くには色とりどりの屋根や塔が見え、あとは空。下を見れば小さな花壇がある程度の景色を切り取る窓。


──────先程窓の外へ視線を送っておりましたが、何をご覧になっていたのですか?


そう聞いた時に帰ってきたのは「ただ暇を持て余して、外の景色を眺めていただけだ」だった。

少しだけ突っ込んでみれば「忘れろ」と言って立ち去られた思い出である。

(今思えばきっと、あの時見ていたのは花壇でも青空でも遠くの景色でもなく……)

花壇に屯していた生徒が数人いた。そのうちの一人がきっと婚約者であるカナメだったのだろう。今ならばそう思う。

わざわざ立ち止まり窓の外を見るような性格とはあまり思えないマチアスだからこそ、フォヌアは今だからこそそう考える。


カナメが婚約者だと、しかも幼い頃からそうであったと聞いた時、フォヌアも当然心底驚いた。

フォヌアの父と母は腰が抜けるのではないか、という様子で驚き何も言えないようであった。

フォヌアの妹は王子殿下はこれで二人ともたと、残念そうであった。

家族それぞれの反応に呆れ、そして自分の中に生まれた暴力的な驚きが少し過ぎていくと、フォヌアは

(これからは『カナメ様』と呼ぶべきなのか?ん?)

なんてもう次のことを考えていた。

学友となったカナメに対し、さてなんと呼ぶべきなのかと頭を働かせているのだ。

彼の両親は「王家の血を思うと側妃を進めるべきなのではないか」ということを話し合っているというのに。

フォヌアの頭が落ち着いてきてもなお両親が続ける会話を聞いて、フォヌアの心に波が立った。


──────あのマチアス王子殿下が、あれほどのこと、不文律との決別をはっきりと口にしたのです。悪手ですよ、父上。


きっとあれがフォヌアが初めてした父へのだろう。

フォヌアの父はそれに何を感じたか、無表情で「そうか。お前がそう見るのであれば、しばらく様子を見よう。どうせ誰かがするだろう。それからでもいい」と言って以降、フォヌアの耳この話題は入ってこない。

妹は兄の言葉にイラついたようだが、二家ほどが“痛い目”に遭うとそれも鳴りを潜めたようだ。フォヌアは妹が何かしないか心配ではあるが、馬鹿ではないので大丈夫だろうと思うようにしている。

言ってもわからない相手に言い続けるほど、フォヌアは妹にがないのだ。

相容れない存在。それが彼が実妹に対する純粋な気持ちである。


そもそもフォヌアが“反抗”したのは、別に家のためというものではなかった。

あのパーティを、そして婚約式を見てもなお、そして堂々と王都に造られた王立デュカス療養所を思えば、どう考えても彼らの間にを入れるなんてことは出来ないと悟るべき。それがフォヌアの見解だ。

今までであればたしかに、それでも反抗はしなかっただろう。

仮にしてももっと違う言い方をして、父親の反感を買い止めることはできなかっただろう。

言い方を考え、ベックマン公爵家のためのように聞こえるように話そうととしたのは全て、カナメの兄のおかげなのだ。

彼サシャは何もしない。けれども言った。


今は親の言うことを聞くでいるといい。

いい子でいればいるほど、親も兄弟も君を「自分たちの考えからはみ出していない、良い息子良い駒だ」とそう思うだろう?

そう思わせている間に、当主になる時に今嫌悪するものを壊すために力を貸してくれる人を見つけておきなさい。

当主になった時に大きく舵を切っても、親兄弟がぐうの根も出せないように手を回してコネクションを持っておくんだ。

当主になったらお前が好きなように舵を切っても、公爵家が守れるように。使用人からもそして家の外にも味方を持っておけば、嫡男の君は無敵だろう?

ご両親は保守派のようだが、君にも味方ができるはずだ。


小さな子供に教えるように言われ、フォヌアは驚いた。

サシャの“冷徹な黒薔薇様”を知るだけに、自分の状態に気が付かれても反応されないと思っていたからだ。

別にサシャに助けを求めるつもりなんてなかったけれど、冷たいと言われる彼は、「自分には何もできないだけ」と諦め燻るは嫌悪の対象だろうと、そう思っていたから。


──────なぜかという顔だな。カナメの友人だから。それ以外にはない。


そう言って「私は弟を可愛く思っている。その弟が友人だと私に紹介したのならば、私は“その期待”に応えようとするだけだ」と。

続けて「どうしようもないお友達であれば、力づく排除はするが」とフォヌアには聞こえた気がしたようだが、サシャの表情に変わりはなかったので聞き間違いだと考えている。

ちなみに、聞き間違いではない。いや、聞き間違えというべきなのかもしれない。

なにせ実際は「カナメにとって害悪であるのなら、即刻排除するが」である。

そう、フォヌアの“聞き間違い”の方が優しい言い方であった。

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