14時、フォヌア・ベックマン:後編
それに入学後マチアスと学友となったのもフォヌアにとって良いことだったのだろう。
彼はそんなつもりはなくても、あの日の出会いは確かにフォヌアの心に何かを投げかけた。
あの日、「忘れろ」とマチアスが去っていく前に「無理をしている人間は、いつか破綻する」と言われた。
それはマチアスから握手を求められそれに応じた際、ほんの少しだけ引き寄せられ距離が縮まった瞬間のことだった。
離れ際にマチアスの王族色と言われる、ある意味フォヌアのアースアイよりも貴重な色の青い鋭利な光を讃える目とあった瞬間、フォヌアに溢れたのは恐怖とは違う、全く違う感情。
誰にも気が付かれなかった心のうちを言い当てられ、あの青い目でそれ以上を知られた気がしたのに、恐ろしいという気持ちよりももっと違う歓喜のような高揚した感情が溢れた。
(父の、そして母の内面もきっと彼らが一番知られぬようにしている相手にはバレている可能性もあると思うと、不思議だ、笑いそうになる)
彼らがそれを知れば自分たちを滑稽だと思うのか、それとも恥だと思うか。それも当時のフォヌアにも今も判断できない。
しかしあの高揚とた名前が見つけられない感情が溢れた時、一つだけはっきりと見つけた言葉がある。
両親に対して「ざまあみろ」という、今までは思いもしなかった言葉だ。
いや、今までもそう思ったことはあったのかもしれないが、それでも押し込めていただろう、そんな感情まで溢れた。
そしてつい気が緩んで「あと強いて言えば、花壇に」なんて言って「忘れろ」なんて言われてしまうまでに至った。
いつものフォヌアであれば「大した事ではないから気にするな」と言われればそこで会話をやめただろうに。
この出会いを従者に聞いたのだろう、両親は大層喜んだようだ。
そしてこれ以降学友として接するフォヌアとマチアスの関係に両親はますます喜ぶ。これにまたフォヌアの心が波打った。
貴族の家に生まれあの環境にあるフォヌアも、さまざまなことを飲み込んで生きてきた。
もう家族や周りのせいで感情が波立つこともないと思っていたのに、それなのにまだ彼には波打つ場所があるのだ。
もうずっと前から何があっても苦しいと思うだけだけ、あとは何もないと思っていたフォヌアは、自分にはまだ自分の知らないそんな場所があることに驚いた。
そして気がついたのだ。
きっとこれが自分でも気がつかないうちに捨てたと思った、今では名前も思い出せないような感情なのではないかと。
「……フォヌア?」
窓の外を眺めたままぼうっとしていたフォヌアが呼ばれハッとすると、『
「どうかしたか?何か体調が良くないとか?ああ、そこで休憩したらどうだろう」
捲し立てるカナメの顔は確かにそう、世間が言うようにクールビューティーだろう。
(そう、両親も妹も、誰もがそう思っている)
けれどこのどこかそうなのだろうか、とフォヌアはある日考えを変えた。それまではフォヌアだってそう思っていたのだ。
何を感じ取ったかとあるパーティでカナメは兄であるサシャに「兄様、彼は私の友人。兄様と同じ次期当主なんだよ」と彼の兄様サシャだって知っているだろう情報を加えてお節介にも紹介し、こんなふうに人を心配する。
マチアスもそうだが、きっとこのカナメもまだ多くの顔を持つのだろうと想像ができた。
──────きっと世間が思うようなクールビューティーなんかではない。どうして周りはそれに気が付かないのだろう。
彼は真逆の人なのに、いまだに多くの人々は彼を顔や表情と同じ性格のように捉える。
「いや、殿下をお送りして、ああ空が綺麗だなと思って立ち止まっただけだ」
「へえ……確かに」
フォヌアに倣ってカナメも窓の外を見る。ふんわりと風が入り込んで、フォヌアはその優しい冷たさの風に目を細めた。
「そういえば……」
カナメはつぶやいて後ろを振り返る。
そこには当然のようにアーネがおり、アーネはさっと取り出した封筒を一礼してフォヌアに手渡した。
特徴もない白い封筒。名前も何もない。まっさらな封筒だ。
「兄から預かったんだ。次にあったら渡してほしいと言われていて。会えてよかった」
「ポートリエ卿から?」
『ポートリエ』というのはサシャの儀礼称号であるポートリエ伯爵の名だ。
封筒を裏返してもそこにはその名前も、サシャの名もない。
封筒を見つめるフォヌアにカナメは
「今度、よかったら週末うちに来ないか?母が『たまはお友達をたくさん連れてきてもいいのよ』というから」
「ギャロワ侯爵家に?」
「他に私の家はないよ」
「ああ……、ああ、知っている」
「考えておいて」
言ってマチアスがいる部屋に入っていった。
(お友達を連れてこいと言って、私を選ぶのか?いいのか?)
カナメの周りにはクールビューティーの彼とは毛色の違う友人がいる。
一人は薬師として長く王家を支えている家に生まれたジェルバ・ウルレマンス、もう一人は田舎貴族──もちろんこれは所謂悪口としてだ──と言われている領地貴族ルヒト・ヘルストレーム。
彼らがカナメの友人であることは周知の事実だ。
それに引き換え自分は友人とは言い難いとフォヌアは思っていた。
もちろん他の学園生よりはかなり近い距離にある関係だとは自負しているフォヌアだが、家にきてと言われるほどの距離だとは考えてもいなかったのである。
不思議な気持ちで次の授業の教室へと向かう。
(友人……友人でいいのか?)
フォヌアの中で学友と友人の間には大きな隔たりがあると感じていた。
学友というのは乱暴な言い方をすると今いっときだけ、この学園内だけのなんとなく付き合いがある程度のような軽いもので、友人というのはそれこそこの先も続く付き合いのようなもののような、隔たりが。
だからこそフォヌアにとってカナメは学友であるし、マチアスとは畏れ多くて学友止まりの意識だ。
(しかし思えば、そう……)
サシャは言った。『カナメの友人だから』と。
マチアスも言った。『友人として言っておく』と。
「そうか……友人だからこそ、いまだに両親の言葉で私の心は波を打つのか。私は、友人だと思っていたのか」
子供のつながりは全て家の繁栄、己の野心のためにある。
貴族としてそれを全て否定するつもりはフォヌアにはないが、それでもフォヌアにとって実の両親のそれはどうしても受け入れ難いものだった。
しかしずっとそれが当然で、自分の何もかもを両親が全て決めることにだって『貴族に生まれたのだから当たり前だ』と苦しい一言で胸にしまっていた。
あの時、初めて反抗した直前に生まれた波は、友人の人生全てを否定する両親への怒りであったのだ。
(お互いを信じ戦い続けているだろう、二人の友人のための怒りだったのだ。私にはまだ、人を思うからこそ怒りを感じる、そんな心があるのか)
制服の内ポケットにそっと入れた封筒に、服の上から手を当てる。
彼は決めた。
友人のためも、自分のこの先の人生のためにも、最高のいい子でいようと。
それくらいできなければ、二人の友人ではいられないと、そう思ったフォヌアの足取りは軽やかであった。
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ちょこっと『セーリオ様/カムヴィ様』メモ。
『六華の聖人様』
この世界にいた実在の人物で、遠い昔、死の土地となった場所を巡り、命を削ってまで祈りを捧げ死の土地を甦らせた偉人。
この『六華の聖人様』は光の加減で時折色を変える美しい《《
お約束のように、本人はそれを後に知り「かんべんしてくれえええええ」と崩れ落ちている。
こちらもお約束だが、シェシュティンは「当たり前です!!皆様、よくわかっていらっしゃるわあああ(うっとりしながらの雄叫び)」と歓喜している。
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