第3話

この国の貴族の子供と優秀な平民が通う王立の学園は15歳から18歳まで。

全員が寮生活となる。

週末は自由に帰宅が可能。家の都合でのそれも同じくだ。

ただ王都にある学園なので、王都にタウンハウスがなければ帰宅は難しいところもあるが、ともかく休日は比較的自由のある学園。

15歳になったサシャも当然通う事になった。

入寮当日の朝の様子はこちらである。


「カナメ、私は毎週帰ってくるからね。あと、何かあったらちゃんとに知らせるんだよ?王城に通う時や、出歩く時はお兄ちゃんがあげたブレスレット──防犯用魔道具──を必ずつけるんだよ」

「はい!」

「精霊さんもお願いします。カナメに危険がない様にしてやってください。カナメに何かしようとする人間がいたら、やってくださって構いません」

精霊もサシャの言動には慣れたものなのか、それとも面白がっているのか、契約したカナメが可愛いのか、その辺り判断出来ないけれど「まかせて~」と言った様な風がサシャを包んだ。

「あと、これは王都の危険な場所を書いたメモ、こっちは危ない貴族が誰かを書いたメモ、ちゃんと覚えて。近づいたりしたらダメだよ。近づかなくてももし変な事があったら、マチアス殿下にちゃんと話して処理してもらって」

「はい!」

これを横目で見ているシルヴェストルとデボラは

(危険な場所にはいかないと思うぞ……)

(その危ない貴族ってどうやって調べたのかしら?)

(しかし、マチアス殿下に便利屋まがいの言い方で処理してもらえというのは……)

(カナメが言えば、しないとも言えませんけれど……サシャは、王子殿下を使な子になってしまったのかしら?)

とサシャの行動力になんとも言えない気持ちになっている。

もし今日が入学式であったら、シルヴェストルとデボラは非常に疲れた様な顔をして臨んでいただろう。

なにせ入寮一週間くらい前から、サシャはずっとなのだ。

親元を離れ生活をする長男への心配なんて、夫婦共に早々に消えた。むしろ離れた事で長男が暴走しないかと言う心配が増えている。

けれどもありがたい事に入学式は一週間後、それまでには夫妻の疲れも少しは取れているに違いない。

対してホールにいた見送りの使用人たちは両親よりはために、生暖かい気持ちでサシャとカナメを見守っていた。

週末に帰ってくると言いながら、どれだけカナメに注意事項を告げるのだというそれがようやく終わると、やっぱり二人はヒシッと抱きしめあって別れを惜しむ。

最古参の執事が「サシャ様、もう出られませんと遅れてしまいます」と言うまで、兄弟の抱擁は続いた。


15歳になったサシャは『少し冷たく見える美少年』から『少し冷たく見えるイケメン』に成長し、学園でも女生徒や一部男子生徒から羨望の眼差しを受けていた。

羨望の眼差しを受ける原因の一つが「カナメが婚約をどうするかはっきりするまで、私は婚約者を決めない」なんてとんでもない事を言って──この発言はギャロワ侯爵家の外には出ていないが──15歳のこの時も婚約者がいないというそれである。

この国の有力な一家であるギャロワ侯爵家と縁続になれれば、妻の座を得られれば、そんな気持ちでメラメラと燃え上がっている生徒もいるのだ。

当の本人はそんな事を一切無視して、箸にも棒にも引っ掛けない。

ただただ勉強のみという姿勢に、徐々に周りも遠巻きになった。それでもその座を得ようとする生徒がメラメラギラギラしていたのには、変わりはないのだけれども。

そんな中、サシャとよく話す生徒が出てきた。寮の部屋が隣の伯爵家の三男リンスである。

継ぐものがないため城で文官として働く事を目指し猛勉強の彼は成績優秀者のサシャに目をつけ、勉強を共にしたいと頼んでからの仲だ。

サシャはいくら『少し冷たく見えるイケメン』で弩級の過保護であっても、本当に冷たい人間ではない。弩級の過保護を抜けば普通の、──多分と付け加えたとしても一応──真っ当な人間である。

「文官になるために勉強をしている。理解出来ない事があるんだ。助けてもらえないだろうか」と素直に言ってきて、サシャという“一個人”を利用しようとする姿勢に興味も持った。

突いてみようと「私と仲良くしたとしても、ギャロワ侯爵家は君に何かするわけではないよ」と言ってみたが、彼は「わかってます。利用したいのはサシャ様の脳みそですからね!」と一蹴。

「脳みそなんて初めて言われた」と笑うサシャに「頭脳って言った方がよかったですね」と言い直してどっちも同じだったと笑うリンス。二人はこんな形から仲良くなった。

勉強以外の事も話す様になり、いつの間にか二人は「リンス」と「サシャ」と呼び捨てになるまで仲良くなった。

「名家ギャロワ侯爵家の嫡男は、普通の青年で気のいい人間、仲良く慣れてよかった」とリンスがしみじみしていたのは、リンスに妹がいる事が判明するまでだった。

いや、判明してからも仲は変わっていないのだが、『普通の青年で気のいい人間』だけじゃないのを知ってしまって、なんとも言えない気持ちになったのだ。

そのなんとも言えない気持ちは常に味わうわけではない。

しかし“こんな時”はお腹いっぱい味わう事になる。


ある日の事だ。

「サシャ……一応聞くけど、それはなんだ?」

サシャの部屋に飾られている、立派な額の中に収まるには些か異様な四葉のクローバーの押し花に指を向け、リンスが聞く。

高位貴族は使用人を連れてくる事が可能であるため、サシャにも一人従者がいるが今は出払っていてリンスとサシャの二人だけだ。

この時もしサシャの従者がここにいたら、リンスがクローバーを気にした時点で先手を打ってくれていただろうが、再度言うが、残念ながら二人きりだった。

「あれか?あれはカナメからもらった押し花だ。の中に入れて飾る事にしたんだけれど、なかなか額がなくてね。漸く飾れる様になったんだよ」

リンスの目がスンと遠くを見つめた。

「城に上がった時、休みの時間に庭で探してくれたそうだ。やっと見つけたと、この間帰った時にくれたんだ。怒るべきか悩んだよ。分かるだろう?」

ここで「わからない」と言えば時間が伸びる。「わかる」と言っても時間が伸びる。リンスはどちらとも言えない表情を作ってサシャを見た。

「いくら護衛騎士がいようとも、地面に何か落ちているかどうかなんて、そこまで護衛は見ないだろう?何か尖ったものが落ちていたらどうするんだと、注意したくなったんだ。けれどそんな事をして、嬉しそうに差し出すカナメの顔を曇らせたくはないから……と思いとどまったよ」

「いや、城だから地面も、なんなら地中も十分気にしていると思うぞ」

「どうだか。一度、手のひらに怪我をして帰ってきた事がある。そうとも言えない。もし私が父の様に城に上り仕事をする事が出来れば、その辺りも十分対策を練らないといけない。ああ、リンスがそうしてくれてもいいんだけれど」

「……いや、そんな発言権は多分俺、持てないと思う」

「そうか。ならば私の家の力を存分に使い、リンスが発言権を持てる様に…」

「なんか権力の使い方、間違ってるよね!!?俺に発言権を持たせるより、お前が行けばよくないか?」


見た事もないカナメへの過保護っぷりを知るまで、リンスはサシャという人間は“どれほど”なのかと思っていた。

一緒にいれば、何に対しても公平である事は知れるし、人を思いやる気持ちがあるのも見れた。

侯爵家の嫡男としてのプライドは持ちながらも、決して驕らない人柄は好感しかない。

(なのにそれを忘れそうになるほどの、この過保護……いや、ブラコン?これ、ブラコン!?そうなのか……これが……これが、ブラコンなのか!)

話には聞いていたブラコンがかと気がついたリンスは領地を出る時に「素晴らしい紳士にも立派な淑女にも、があるのよ。忘れない様に。よくよく気をつけなさい」と母から口を酸っぱくして言われている。

(母上もこの方向での裏は考えていなかったでしょうけれど……)

確かにそうだった、母上。とリンスはに出会うたび、何度領地の方へ向かって心の中で言う。何度だって。


学園で出来た大切な友人は、よく出来た顔の裏にとんでもないブラコンを隠している、と。

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