9時、ジェルバ・ウルレマンス:後編

「ジェルバ、最近はどう?」

「まだも同じ効果を持つ魔道具もできてない」

見えなくなる薬透明人間の薬も魔道具も色々と面倒なことが増えそうだから、開発はしないでほしいな」

「お化けになる薬じゃないから、危険はないよ?お化けになる薬だったら、やばいね。ようは死ぬ薬ってことだから。ただの毒じゃん」

「笑顔で『死ぬ薬だね』じゃないからね。それにね、消えようがお化けになろうが、見えなくなったら同じことだよ」


いくつかある選択制の授業でジェルバもカナメもお互い同じものを取ったから、三年になってもこうして週に一度だけ教室で顔を合わす。

けれども決して二人は近くに座らない。


正確に言えば今日のように、ジェルバはカナメの少し後ろに座るのだ。

自分の契約している精霊が、なんとなくだけれども、遠くから見ていたいと思っているような節があると感じるから。

幼い頃に契約したこの雷属性の精霊は、子供の遊びのような形で召喚し契約をした。

冗談で契約をしたらできてしまい、流石にこれは怒られると思ったジェルバだが、両親は大笑いして「大切にしないとね」と言って面白いことを教えてくれたのだ。

──────契約した精霊を常にそばに置くことができるほど信頼関係を構築できると、、精霊の感じたものを感じることができるそうだよ。

ジェルバ少年は面白そうだと精霊研究に夢中になった先祖の日記などをひっくり返し、独学で精霊を常にそばに置ける方法を見つけた。

問題はその方法がこの精霊にしか効かないことで、けれどもおかげで学園入学時からこちら、自分と契約した精霊が思っているような感じているようなことが分かるような気がしている。

本当にそうなのかは、精霊が自己主張でもしてくれない限り難しいのだけれど、ジェルバは確かめる術がないと理解した時に「まあ、いいか」と割り切って「分かるような気がしている」ということにしようと思った。

その感覚で分かったのだ。自分が契約している精霊はどうやら、カナメの契約している精霊を見ているのが好きらしい、ということ。

好きというのか、好ましいというのか、その辺りはよく分からないけれど、だとも感じるし、もっと強く感じることがある日は若干の崇拝のような気持ちさえ持っているような気がしている──ジェルバも「なぜ崇拝?」と思いはしたが、そう感じたのでそう言うことにしている──ので、ジェルバは授業を受ける時は必ず、カナメを見るにちょうどいい数列後ろの斜めの席を選んでいる。

終わればこうしてどちらかがどちらかの席へ行き、時間があれば話をしていた。


今日はジェルバがカナメの席まで行っている。

ジェルバは近くの椅子を引き寄せ、カナメが使っていた机を挟んで向かい合っていた。

窓際の、風が心地よく入ってくる席。

ジェルバは長時間ここにいたら眠くなるかも、と思った。


「今度、面白いことを考えたら教えてほしいな」

「面白いかは別として、今、特定の人物が近づいたら音を出す装置を考えているんだ。今は便宜上『警戒音発生器』と呼んでる」

「それって、たとえば、私がジェルバに近寄ったら音が出るみたいな装置でいいのかな?」

「そうそう。距離を指定して、それよりも近くなったら警告音を発するみたいな感じかな」

「警告音って……それ、どんな時に使うの?」

小声になって顔を近づけ話すカナメに、ジェルバは眉間に皺を寄せ

「俺の、特大級で苦手なやつが近づいてきた時のためだよ。いるだろ?苦手意識がある相手とか!二度と関わり合いたくない相手とか!一歩間違えると殴りたくなるような相手とか!」

「すごく嫌な相手がいるんだね……」

とこちらも小声で返す。

「そう、殴らない俺の心の広さに感激するよ。でさ、一定の範囲に入ると警報音が鳴るのは難しくなさそうなんだけど、個体を特定する方法に悩んでるんだ」

カナメはなるほど、と頷いて

「その対象を自分がこっそり、そう、設定できるのなら、私もほしい」

「え?教育係とかから逃げる時に使うとか?」

に決まってるでしょう」

「恐ろしいものって……え?カナメ、マチアス殿下が恐ろしいの?」

「そうではないけど、真実のところは黙秘する」

二人は顔を見合わせて「ふふ」と笑い合った。


に何かを作る。

今までのウルレマンス家のように『家のため』でも『人のため』でも『王家のため』でもない。

を作ろうと思いを巡らせても、カナメは「ウルレマンス家っぽくないね」とは言わないし、やっぱり今もどんなものに対しても「無理だよ」なんて言わない。

こうして話に付き合って、笑ってくれる。

不思議と、なんだかできる気がする時さえあるほどだ。

そういう不思議な魅力があるからこそ、カナメは王子殿下の婚約者になったのかと、最近のジェルバは思っている。


面白いと思った相手を観察して、相手のことを頭の中でメモしていく。

好きそうなもの、嫌いそうなもの、色々と見て思ったことをメモしていくのだ。

カナメのメモはもうずいぶん長くなったかもしれない。

このままもっと先まで付き合いが続けば、カナメの取り扱い説明書ができるのではないかなんて密かに思うほど。


「あ、カナメの従者さんがきた」

「ん?本当だ。じゃあ、またね!」

ジェルバが教室入り口でこちらを伺うアーネを見つけた。

相変わらずピシッとした青年で、どこからどうみても真面目な従者の形だ。

聞くところによると、この学園卒業生でなんでもとか。

それを聞いた時にジェルバは「確かに、モテそう。でも興味ありませんとか言って切り捨ててそう」と思った。

素晴らしい。ご明察である。

「ねえ、もし、その警告装置?の試作品ができたら教えてよ。私も実験に立ち会いたい」

もちろんだと言いかけたジェルバは、アーネを視界に入れながら

「従者さんと、殿下がよしって言ったらね。流石に俺、殿下に内緒で殿下の婚約者を実験に誘えないわ」

「うーん、分かった。いっそマチアス殿下も呼ぶよ」

「殿下、俺の研究の後援者になってくれるかな?なってくれそうならぜひ連れてきて!!!絶対に連れてきて!!!」

「後援者、かあ……聞いてみる。でも本気で交渉するなら自分でしてね」

「神!!!」

「でもさ、研究のお金、家からは出ないの?研究に関してはって言ってたじゃないか」

「今後もし、実家のお金じゃ賄えないような研究しようとしたら、後援者が必要になるだろ?実家よりも大きいって考えたら、やっぱり王家だと思うんだ」

「ジェルバは結構不敬上等なところがあるんだね。じゃあ、またね!」

楽しそうに笑う顔を見送って、ジェルバはこういう顔を大盤振る舞いしないなんて勿体無いなあと、自分も教室を移動するべく立ち上がった。

(いや、でも、王子殿下の婚約者だからな。側近って噂の時もそうだったけど、そういう立場だとじゃいられないよな。普段の自分が弱みになったらまずいもんな。ほんと、大変だよ)

自分と話すようになってもなお、彼の評価はクールビューティーだ。

どうやらよりもの方が他者にとって当たり前だからのようだ。

そして彼がそう見せるのが上手いのだろう。と言うのもジェルバの考えである。


概ねそれは正しくて、社交界の白薔薇デボラの血は一度決めた外行の顔を、外では決して取り外さずに生きていけるらしい。

一種の遺伝だろう。

何せサシャもまさにその遺伝的影響と、友人リンスののおかげで、超弩級のブラコンという顔を悟られることなくという評価のまま生きている。



次の教室へのんびりと移動しているジェルバは、麗しきマチアス王子殿下と美しい婚約者カナメを、渡り廊下の向こうに見つけてつぶやく。


「殿下を観察なんてしたら……さすがに首が吹き飛ぶのかな。カナメが殿下ではない男の前とかで、普通の顔してる時とか、笑ってる時とか、そういう時に、殿下にどういう思いがあるのか、どんなふうに見ているのか、そういうの観察してみたいんだけどなあ。嫉妬するのか興味もあるんだけど……うーん、無理だろうなあ」

その場から離れ、歩きながら顎を触る。

彼の従者はそばにはいない。

従者について回られるのが苦手で、入学当初から撒いて撒いてとにかく撒いていたら「わかりました!ぼっちゃまに悟られぬよう、護衛いたしましょう!」とジェルバには全く理解できないスキルを鍛え、陰から見守るようになったのだ。

もとよりおかしな従者だとは思っていたけれど、おかしさに拍車がかかって若干理解不能になってきていた。

だから正しくはそばにいないのではなく、どこにいるか全く分からない、である。

今考えているものが形になったら『従者発見機器』に応用できると思い、さらに撒いてやるべくそれも作ろうと思っていた。

なんだかかわいそうな目に合いそうな、どこにいるか不明の従者を引き連れ、ジェルバは目的の教室に到着した。

「しかし、カナメは何を回避したくて『警戒音発生器』がほしいんだ?本当に王子殿下じゃないよな?謎だ……」

首を傾げて教室に入る。


いつか、それを教えてもらおう。

それとも観察して自分が気がつくのが先か。


考えるジェルバの顔は楽しそうであった。

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