第4話(完)

イチゴでいいのか、と呟き呆然──半分以上“何かも分からないモノ”を食べたカナメへの呆れもあった──としたままのマチアスを残し、カナメは父に連れられ家に帰る。

先に一報が入っていたギャロワ侯爵家では、母デボラと兄サシャが玄関ホールで待ち構えていた。


「カナメ、精霊に騙されてないか!?」

「カナメ、精霊にお菓子で釣られたんじゃないの?」


兄と母、同時にとんでもない言葉がおかえりのである。

三歳上の兄のサシャ。泣き虫で怖がりなカナメを何かと心配している彼は──別の話で触れているが──のちにこの心配性が過保護にシフトチェンジする事になる。今はそれをを知らないだろうが、心配性から過保護へと変わっていく、そんながこの日であった。

また母は自分に似て「普通の貴族でいいのに」と思うところがあるカナメを心配していたが、彼女もこの日を契機にカナメに対してますます心配性となっている。


自分に似て、というだけあってカナメとサシャの母デボラは、普通の貴族としてだなと思っていた女性であった。そんな結婚でけれどお互い貴族らしくあればいいかな、と思う様な、“夢見る少女”ではない令嬢だった。

しかしそんな彼女に一目惚れをしたというシルヴェストルの、それはもう熱烈なる求婚を前にした両家が「このままではシルヴェストルが暴走するのでは」と危惧し話し合い婚約婚姻となってしまう。

デボラは真っ青な顔で「平凡な伯爵令嬢が侯爵夫人なんてきっと大変で困るわ。わたくし、がいいのに。それにわたくしはあんな熱血で見た目のいい方より、穏やかで普通の方が心が落ち着くからいいのに……」なんてまさに“政略結婚”の気持ちで婚約し嫁いだのである。

まあそれでも一生懸命穏やかに熱心に──────なんとも不思議な言葉だが、まさにシルヴェストルは婚姻後も必死になって穏やかに熱心に愛を伝え、デボラはすっかり絆され今に至っていた。今では有名なおしどり夫婦だ。

つまり、カナメの「普通の貴族の次男坊」と言う様な感覚は、デボラが言う様に母譲り。

だからこそこの日を機に、デモラはカナメに対してだけ一気に心配性になっていくのだ。


余談であるが、デボラ曰く『見た目のいい方』のシルヴェルストルは、確かに見た目は良いかもしれないが眼光が鋭く、一般的な貴族女性からはまず「怖い」、その後に「目が怖いのを除けば素敵」と言われるタイプ。

つまり、まず「見た目がいい方」と迷わず思ったは“平凡”とは言い難く、また本人は目立つのが好きではないという理由で学園卒業まで見た目から地味にしていたが婚姻後“社交界の白薔薇”と言われるようになった見目の良い淑女。

そう、彼女はというには少し無理のある女性であった。


そんなデボラと兄、二人から「とっても心配してますけど」という視線を受けたカナメは

「えっとね、んだよ」

と、ふにゃりと困った顔で言う。当然サシャとデボラは短い悲鳴をあげ

「騙されたのか!?いや、そうじゃない。そうやって訳のわからないものを食べたらいけないでしょ!お兄ちゃん、いつも言ってるよね!?」

「まあ、やっぱり!やっぱりこの子、だめよ!あなた、ちゃんと言ってくださらないと!!このままじゃお菓子で誘拐されちゃうわ!」

サシャはカナメの体をあちこち触り異変がないか確かめ、デボラは夫シルヴェストルに縋りつき言い募っているうちに心配がすぎたのか、ふらりとシルヴェストルに倒れ込む。

「おかあさま!具合がわるいのですか?」

ええ、カナメのせいで!とサシャとデボラの心の声は一致した。

大変だとおろおろするカナメの髪がふわりと揺れ、優しい風がデボラを包む。

支えていたシルヴェストルも同時に包まれ、驚いた顔であたりを見た。

「デボラ、大丈夫だよ。ほら、カナメの精霊はこんなにもカナメを思っている。君を心配して、温かい空気で包んでくれているよ」

「優しい精霊なのですね。ですが一つだけ教えてくださいませ。カナメは本当に精霊と契約したんですね??」

「ああ、そうだよ。第一師団副団長殿のお墨付きだ」

「そうですか。優しい精霊であるなら、カナメを守ってくださいますね。悪い大人について行きそうになったら、きっと助けてくださいますね」

「お母様、精霊は護衛騎士ではありませんよ」

サシャの言葉を否定するように、デボラのまわりがまた温かい空気に包まれた。これをデボラは肯定と取り

「わたくし、カナメのことですから悪魔や悪霊の類に騙されているのではないかと、それだけが心配で心配で……本当に精霊ですのね?」

なおもカナメ並みに疑うデボラの前に、イチゴやらオレンジの氷が降る。

「まあ……なんですの?これは……」

デボラの問いにシルヴェストルはいう。

「どうやらこれはカナメと契約した精霊が『自分は精霊ですよ』としているようなんだ」

降ってくる氷が床へと落ちる前にキャッチしたカナメがまたしてもそれを口に入れようとした瞬間、それがパッと消える。


……とてもと契約出来たみたいでね。私は安心したよ」

「ええ、そうですわね。ですがカナメにも危険なこともあるという現実を自覚させるために、が必要ですわ」

「それにしても、なんているんですね。すぐにカナメを“把握”する能力の高さに感服しました。兄として、このような精霊ならカナメをと思います」


こうして若干五歳のカナメは精霊と契約したのである。

魔術魔法も使えるため天才になれると一家で喜び騒いでもおかしくないのだが、カナメの行動を諌める精霊を前に彼らは“天才になれるお祝い”なんてすっかり頭から抜け落ちていた。

カナメは「がふえたの?」と不服そうだが、親兄弟の心配を小さくしてくれる精霊はすっかりギャロワ侯爵家に受け入れられ──契約した精霊を受け入れるというのはおかしな感覚だが、彼らはこの時、本当にそんな気持ちでいた──五歳のカナメは少しだけ悶々とする事になる。

この空気が読める精霊と付き合っていくうちにそれもなくなり、カナメにとってなくてはならない大切な友人のような兄のような、そんな気持ちで接しながら成長していくのだが、当人は成長した現代の今でも「あれは本当に契約だったのだろうか?」と首を捻っている。

なにせなのだ。

しかし、今も彼のそばに精霊がいるのを思えば“あれ”が契約だったのだろう。きっと。


多分。そうだと思う。

そう信じるべきなのだろう。

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