★ その日、彼は出会う

第1話

リンス・アントネッリ

彼はアントネッリ伯爵家の三男。

王都から離れた領地を治める伯爵家に生まれた。

兄が二人、妹が一人いる。

そしてサシャの友人であるが故に、今から不憫街道を直走りそうになっている弱冠17歳。

面倒見がいいのか、超弩級ブラコンサシャがそうであるとバレないようにと何かとサポート、そしてフォローにと大忙しの彼。

リンスは「まあこれもになるだろうな」と思っているようだが、残念ながら彼はこの後サシャと同じく対外関係顧問の補佐官となり、生涯サシャの超弩級のブラコンに振り回されることになる不憫な男である。

まあ、しかし彼自身は「大変だよ、本当」とか言いながらも実に楽しそうに──時に遠い目をしたり、頭を抱えたりもするだろうが──サシャとの友情を育むのだから、悪い気は一切していないのだろう。


ともかくリンスは、超弩級のブラコンが出なければ黒薔薇様──サシャの母は『社交界の』と言われており、これにちなんだものだ──なんて言われたりもする、見た目100点満点と言われているクールな男の友人である。




その彼は今、プラプラと王都を歩いていた。

三男とは言え伯爵家の子息だ。

一人で気ままに歩いているわけではなく、学園入学の際に連れてきた護衛兼任の従者もいる。

今彼がいるのは平民街と呼ばれるあたりの繁華街に近い場所だ。

リンスはほとんど王都から離れた領地で過ごしていたのと、父と領地を回るのが好きだったので領民との触れ合いも多く、こうした平民で賑わう市場も平気で歩く。

(この辺りだって聞いたんだけどな……うーん……)

平民の友人が「最高に美味しい食堂がある。看板息子さんが美人!」と教えてくれたので、せっかくだからと休日のランチをと従者と出歩いていた。

リンスは看板息子の方には興味はないが、最高に美味しいには興味がある。

ここは王都。平民向けの食堂は大小様々そして店数も多い。その中でも抜群に美味しいというのだから興味がそそられたのだ。


この話を聞いて一瞬、面白半分にサシャにも声をかけてみようかと思ったリンスだったが、ブラコンサシャの休日は基本“弟とべったり過ごす”なので誘ったところで来ないと思い至り一人であった。


だが、平民の友人としては場所を教えたようだったのだが、伯爵家の三男にはどうやら普通ではなかったようだ。

いわゆる富裕層になるようなものや貴族階級が使う店があるような場所であればずいぶん慣れ親しんでこれた──理由はブラコンのおかげである──が、貴族がいう平民街と呼ばれるような場所はまだ詳しく知りもしない。

完全に迷子状態である。

(うん、今度は連れてきて貰えばいいか)

あっさり彼は気持ちを切り替えた。


領民は財産である。

そう言って彼らを大切にする──本来はそれが当たり前のはずなのだけれど──アントネッリ伯爵家は領地の街を回ると何かと差し入れをされる。

もちろん万が一に備え毒味を経てだけれども、そういう理由で父と領地を回った時だけは、マナーがどうのと口煩い父も立ち食いを許可してくれた。

領民と同じように立って食べ、彼らの話を聞く。そんな父の横で幼いリンスも立ち食いをした思い出は数多い。

なので、最高に美味しいを諦めたリンスは、屋台を眺めてランチを決める方向にしたのだ。

「王都でなさったとしれると、旦那様に怒られかねませんよ」

「共犯にするから大丈夫」

「恐ろしい事をおっしゃいますね」

幼い時から何かと世話を焼いてくれる護衛が、案外“立ち回り”が上手であると知りリンスは彼を学園で過ごす際の従者に抜擢した。

だからリンスはこうやって近い距離の会話も楽しむ。

「肉にするか、魚にするか……」

「いっそ両方になさっては?」

とかしてくれるなら」

「そうですね、毒味を兼ねてそうしましょうか?」

「さすが、優しい」

「こういう提案をするので、旦那様に私は『お前はリンスに甘いな』と小言をいただくわけですよ」

のほほんと笑う従者は、“この件”に関する小言は右から左の様子だ。

リンスは市場の中心に引き返し、板に打ち付けられている市場の地図を眺める。

市場の中には惣菜を売る店や、それこそ軽食などを屋台で売る店もあるので、地図で確認をしようという事だろう。


「よし」

あたりをつけて歩き出し、それでも興味が尽きない市場内に視線を巡らせていた時だ。

どうにも平民らしからぬ少年が困った顔で市場を彷徨っている。

リンスだっていくら貴族然とした服装をしていなくても平民らしからぬ青年なのに、自分の事は完全に棚に上げていた。

リンスの性格上、あのおろおろとした困った様子の少年をそのままにしておくというのは無理な相談だ。

従者に声をかけ、彼をする事にして進路を変更した。


「ねえ、君、どこかいきたい場所があるの?」

最大限優しい声色で少年に問いかけたリンスは、その声に反応して振り勝った少年が半泣きなのに気がついた。

助けが来た、という顔をしているが果たして自分が彼が望むほど助けられるかは不安なリンスである。

「あの、迷子になったんです」

「うん、見ればわかるかな」

「ですよね!」

なかなかノリが良さそうな少年に従者は思う。

(リンス様と何やら“波長”が似ているような?)

従者に目だけで「この子の話を聞こうと思うよ」と訴えてきたリンスに頷いて、少年を連れリンスは市場の外に出た。

市場の入り口はいくつかあるが、そのうちのひとつは目の前が広場でベンチがいくつか置いてあり、噴水もある。

ちょっとした憩いの場のようなものだ。

小さな子供たちが、買い物を済ませた母親に見守られながら噴水の中で大騒ぎをしている姿もある。

買い物を終えた客らが、何やら噂話に花を咲かせている姿も見えた。

賑やかだけれど開けていて、二人を護衛するにあたってなかなかいい場所である。



四人が座れそうなベンチに人一人分間を開けて座った二人は自己紹介をした。

リンスは名前を明かそうかと悩んだが、その悩みは一瞬で消える。

なぜなら、少年が最初にはっきりと身元を明らかにしたからだ。

「ヘルストレーム伯爵家次男、ルヒト・ヘルストレームと言います」

これである。

少しは濁すとか少し嘘をつくとか、きっと彼はそんな事を考えもしなかったのだろう。

ここでもしリンスがを知らなければそれでも彼に多少の警戒はしただろう──リンスはこれでも伯爵家の三男であるがしかし、それでも完璧に全ての貴族の家名を覚えてはいなかった──が、彼の家名に覚えがあるのだ。


(ヘルストレーム伯爵家ってあれだ。がいるところだよね、たしか)

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