第23話 ほころび

 その日は朝からバタバタと騒がしかった。

「ん~……?」

「ああ。ごめんよ。起こしてしまったね」

 一麒かずきが僕の頭を撫でる。撫でながらももう片方の手で手紙を読んでいた。珍しい。僕と居る時は仕事は持ち込まないようにしていたはずなのに。

「どうしたの?何かあったんだね?」

「リンはさといね。結界にほころびが見つかったようだ」

「……そうなんだ」

 やはりか。僕や皇子を襲った穢れがそう簡単になくなるとは思ってなかった。

「驚かないんだね」

「うん、まあ。そうなるかなって思ってはいたよ。穢れってさ。元は妬みや恐れや憎しみから生まれるのでしょ?」

「そうだ。邪神の栄養みたいなもんだな」

「ぷっ。邪神のご飯だったのか」

「ふふ。リンが言うとおいしそうに聞こえるね」

「……邪神には美味しそうなモノなのかもしれないね」

 この聖廟殿せいびょうでんには侍従や警備に人間を置いている。元々は必要なかったのだが、熱心な信者たちの気持ちを汲んで僕たち麒麟きりんが傍に仕えることを認めたのだ。だが、人間がいる限り、邪神のごちそうとも思える負の感情が産まれる可能性が高くなる。もちろんここに来れるのだから元々は聖者であるには違いない。だが、今回は皇子の周りにはかなりの侍従や世話係がいた。

 どれだけの者が影響を受けていたかは計り知れないだろう。


けがれって増幅するよね?」

「そうなのか?」

「たぶん。僕は今、麒麟きりんだけど、まだ人間らしさが残っているんだと思う。ヒトの感覚がわかるんだ。皇子の側近たちは皇子を崇拝していたはず。自分が仕えていた人が急にいなくなって虚しさや、やるせなさに心が弱くなってしまったら邪神たちに付け込まれてしまってもおかしくはないよ」

「……ありえるね。では、中からほころびが始まったと言えるということか」

「おそらくね」

「ここは私達の浄化の気で聖なる廟と化している。しかし万全ではない。結界の領域付近に負の感情を持った者が長時間居続けると浸食される確率が高くなる」

「僕が穢れにあったのは傷つけられた箇所からだけど、人の心の中に小さな種を植え付けることによって不信や疑心を育てあげて操ろうとしてるのかもしれないね」

「四神の統制がとれていないこのタイミングを狙ってきたという訳か」

 朱雀すざくはまだ起きない。青龍も統治の里から出てこない。僕は半人前だ。

「玄武はどうしているの?」

「そうだな。皇子と一緒にいるようだが早急に白虎と連絡をとってもらおう」

「今、自由に動けるのは白虎だけなの?」

「そういうことになるな」


◇◆◇


「虎使いが荒い」

 ふんすっと鼻息が鳴るのも仕方がない。なんだかんだと呼び出されることが増えたのである。それでもリンと会えるのが嬉しく尻尾を振ってやってきてしまう自分が否めない。


「白虎!」

 リンが笑顔で駆け寄ってくる。ボフンっと俺の身体に抱きついた。可愛い。

「飯は食ったのか?」

「うん。今日は粥を食べたんだ」

「そうか。そうか。沢山食べろよ」

「もう、子どもじゃないってば」

「はははは」

 わかってはいる。リンは成人してるし、俺の番じゃねえ。でも可愛いものは仕方がない。

「白虎。早くからすまないな」

 一麒かずきがリンの背後に立つ。目が笑ってねえじゃんか。俺を牽制してるのかあ?いくらなんでも他人のつがいを横取りとかしねえぜ。

「ああ。結界にほころびが出来たんだろ?やはり、一旦人間を排除したほうがいいんじゃねえか」

「それも考えたが、余計に混乱させるかもしれない」

「ん~。面倒くさいなあ。お前達が人間と直接かかわりたいって気持ちはわかるけどさ。今はそういうのは俺たち四神に任せちまったほうがいいんじゃねえか?」

「その四神も今はバラバラだよ」

「……それもそうだな」

 はあ。と三人同時に重たいため息が部屋に流れた。


 ドドンッと雷が落ちるような音と共に青龍がやってきた。

「すまない。少し遅れた」

「え?青龍なの?」

 髪も結わず、ばさばさのままの長髪にげっそりとやつれた青龍を見てリンが駆け寄った。青龍が後ずさるが、キツイ調子でリンが睨む。

「逃げないで!治癒を流すからじっとしてて!」

 へえ。ちょっとは麒麟きりんらしくなってきたじゃねえか。


「余計なことはしないでくれ……」

 青龍の強がりにバシンっとリンが背中を叩いた。

「馬鹿言わないでよ!貴方は青龍でしょ!四神なんだよ!毅然とした態度で居てよ。なんだよこの髪!僕、青龍のポニーテールすごく似合っているって思ってたんだよ」

「ぽにいてる?」

「ああ、もぉっ。ちょっとくし貸して!僕が結い上げるよ!じっとしてろよ!」

「ははは。リンには勝てねえなあ」

 こんなに凹んでいる青龍を見るのも初めてだし。リンに叱られてしゅんとする姿は普段から想像もできなくて面白い。


「いいなあ。リン、あとで私にもしてくれないかい?」

一麒かずきはそのままでいいよ」

「ええ~。なんか投げやりだなあ」

一麒かずきの髪は風になびいて綺麗じゃん」

「そう?そうかな。じゃあいいや」

 すげえなリンの奴。一麒かずきの扱い方が上手くなってる。いや一麒かずきがチョロすぎるのか?



 急に冷たい空気が流れ込んできた気がして部屋の入り口を見ると。

「やあ。皆さんお揃いですね」

 張り付いたような笑顔の玄武げんぶがやって来た。皇子を連れて……。


「玄武?……凄いおちついた気が流れているね?」

 リンが玄武に何か言いたそうな視線を投げかける。なんだ?どうした。

「ええ。つがいましたので」

「はあ?」

「ええ?」

「…………」

「おいっ。つがったって相手はまさか」

「はい。皇子は私のりんとなりました」


 玄武め!さらりと爆弾発言を落としやがった。


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