第20話 麒麟の寝床

 一麒かずきが僕を帯同して麒麟きりんとして聖廟殿せいびょうでんの中を歩きだした。

「待てっ! ここから先は麒麟きりん様の私室だ。部外者は立ち入り禁止……」

 僕たちを止めにはいった侍従は一麒かずきの服装を見て驚いた表情をしていた。


 一麒かずきは黄色に金糸が混ざった紗の着物を着ていて腰まで伸びた銀髪が歩く度に揺れている。


「その容姿は……まさか麒麟きりん様でしょうか?」

「そうですが、私が自分の私室に向かうのに何の障害もないでしょう?」

「は、はじめてお目にかかります! 」

 侍従は緊張の面持ちで儀礼にそったあいさつをした。

「申し訳ございません。麒麟きりん様はまだお目覚めになっておられぬと聞いておりましたゆえ」

「さきほど目覚めたのです。警備ご苦労様です」

「ははっありがたき幸せ」

 侍従さんは目を潤ませてた。感動して打ち震えてる様子だ。ここにいるってことは麒麟きりんを崇拝してるんだもんね。


「お、お待ちください!」

 呼ばれて振り向くといかにもって感じの司祭服を着た威厳のありそうな爺さんと取り巻き達が大勢やってきた。誰かが知らせたんだろう。

「こ、このオーラは……間違いないっ。麒麟きりん様じゃ!」

 一番威厳がありそうな爺さんがひれ伏すと周りの取り巻きも一斉にひれ伏した。


「ああ。貴方が今の大司教ですね? 長らく姿を見せず申し訳ありませんでした」

 そうか、この爺さんが大司教なのか。じゃあ、他の人と違って一麒かずきのチカラが見えるんだろうな。

「よくぞお戻りくださいました。姿は見えずともそのおチカラでこの地をお守りいただいてる事は充分に感じておりました。ありがとうございます」

「いえ、ここを整備し守っていただいていた侍従達やそなたたちの事は感謝しております」

「ありがたきお言葉……こたびは、そのお方とつがわれたのでございますか?」

 探るような物言いが不快だったので僕は先に名乗る事にした。

「……僕はリンです」

「なんと。リン様はお二人いらっしゃったのか!」

「そのようですね。何か行き違いがあったとも聞いております」

「そっそれは。……神である貴方様方に嘘はつけません。先に来られていた皇子様を麒麟きりんの皇子として崇め祀っておるものが多数おりまして……」



「そうですか。では大司教、そなたから訂正をお願いします」

「ははっ。承りました!」

「よろしくお願いしますよ」

 一麒かずきが踵を返そうとした時、大司教から声がかかった。


「お、お待ちくださいませっ」

「……まだ何か用がおありですか?」

「はい。麒麟きりんの儀式はいつにされますか?」


 なにそれ?麒麟きりんの儀式?


「すでに私のリンが決まっておるのに、させるというのか?」

 一麒かずきの声が低く唸る。それって癒しの麒麟きりんの仕草じゃないよ。

「そ、それは。しかしっこの儀式のために我々は準備を重ねてまいりました! 皇子様がいらしたには必ず近いうちに麒麟きりん様が目覚めるとそれだけを私どもは信じてここまで……」

 大司教がさめざめと泣き。まわりの侍従達もどうかどうかと床に額を擦りつける。


一麒かずきしてあげたらどう?」

「……リンがそういうならかまわないが……」

「おお! さすがは麒麟きりんつがい様じゃ!」

 大司教は満面の笑みとなった。なんだか、乗せられた気もするけど。


◇◆◇

 

 一麒かずきにつれられて聖廟殿せいびょうでんの奥へ行くとそこは麒麟 《きりん》寝床と呼ばれる広間だった。

 大きな広間の中心に金で出来た棺があり、そこに絹のような布団が引かれてあった。


「この中で眠っていたんだ」

「寂しい思いをさせてごめんね」

「うん。リンがかえってくるこの場所を守りたかったんだ」


 ここは聖廟殿せいびょうでんの中でもかなめとなる場所らしい。


 ここは二人で守る場所だ。自分が麒麟きりんであるという事は理解している。だが、本来の力の使い方やつがいであるという感覚がまだつかめてはいない。

「何かがつかめそうで……掴めない。もどかしいよ」

「焦らなくてもいいよ。君の心のままに動けばいいんだよ」

「まだ思う様にチカラが使えない。ごめんね。もうちょっとこの身体が馴染むまで待って」

「もちろんだとも。ゆっくりでいい」


 一麒かずきがいうには今も昔も僕の見た目はそう変わってないそうだ。

「ってことは僕は以前も背は高くなかったってことなのか。ちぇっ。がっかり」

「ははは。見た目じゃないんだよ。リンは中身がカッコイイんだ」

 からかわれてる気もするけどまあいいか。


 ぐるりと部屋を見渡して角の柱の傷を見つけ、ふいに懐かしさで胸がいっぱいになる。よく見ると見覚えがある箇所がところどころ。ああそうだ。この穏やかな空気で包まれている空間……。


「ここって僕らの寝室だった?」

「そう! そうなんだよ。リンと僕の寝室だったんだ!」


 リンが金の棺に触れると脳裏に部屋の壮観が現れる。かつての寝室は赤褐色の天蓋付きのベットだった。ベットの柱には細かな透かし彫りが細工されており麒麟の姿が彫られていた。

「この部屋はもう少し明るい方が良いはず……」

「そうかもね。麒麟きりんの寝床は本来、癒しが溢れる場所なのだよ。ここで疲労した四神を活性化したり、チカラを取り戻してもらう場所なんだ」 


「癒しの場所……。ならばもう暗い広間は必要なく、光あふれる場所にしなくては……」

「え? リン?」

一麒かずき、手を貸して……」

 

 一麒かずきの手を掴むとザァッと僕の足元から力が湧き出た気がした。なんだこの感覚? 前にも似たようなことがあった気がする。これって中庭の時と同じ……?

 顔をあげると僕と一麒かずきのまわりを中心として光が舞っている。天井には麒麟きりんを中心とした四神の絵が現れ、壁紙は金糸のまざったアイボリーに。寝床は中央の壁際に。そして4つの透かし彫りの椅子が置かれた。

 透かし彫りの模様はもちろん四神だ。どこからともなく暖かな風が吹き花びらが舞う。


「あれ? れれれ? これって麒麟きりんのチカラ?」


「リンっ? リンっ! 凄いよ! ぁあっ私のリン!」

 一麒が飛びつくように抱きついてきた。逞しい胸に顔をうずめる格好になり、心臓が踊りだす。わわわ。ちょっと待って。何が起きているんだ? ちゅっちゅと一麒が僕の顔中にキスを落としていく。

「か……かず……一麒っ!」

 思いっきり僕は腕を伸ばし一麒の身体を突き離した。

「く……苦しいよ。……恥ずかしいし」

「ぁあ、そうか。そうだね。つい、興奮して」

「興奮? どうして?」

「だってこれってチカラが戻ったんじゃないのかい? 」

「ま、待って。まだ自分で自発的にしたって感じじゃなくてこの部屋の空気と一麒かずきの中にあるチカラに反応したみたいなんだ」

「わたしのチカラに?」

「うん。今の僕はどうやら、何かを媒介としてチカラを使えるみたい?」

「私のチカラなぞ全部使ってもいい。こんなに早くリンが以前のように私と共にこうしてチカラを使えるなんて! ……あ。……君に焦らなくてもいいなんてカッコつけておきながら……本当は自分が一番待ち望んでたなんて。突然抱きついてごめんよ」


「いや、えっと。僕も……い……嫌じゃなかったよっ」

「え?……」

「き……キスが……」

「ふっ……ふふ。ありがとう。そっか。リンはキスが好きなのか」

「なっ! 好きとか言ってないし!」

「私はリンとのキスが好きだよ。いつでもしたいと思っている」

一麒かずきは意地悪だ」

「リン……愛してるよ」

 一麒かずきが優しく抱きしめて口づけをした。

「もっと私に甘えて欲しい」

 耳元で甘く囁かれてドキドキする。一麒かずきったら自分の声が良いってわかってやってるのかな?

「ばか……」

 一麒かずきが僕の言葉にニコニコと締りのない顔になっていく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る