第24話 玄武の番契約

「何を言ってる?玄武、悪い冗談はよせ」

 白虎が玄武に対してぐるるとうなり牙を見せる。だが玄武は飄々とした態度で話し続ける。

「冗談ではありませんよ。皇子はけがれに毒されて精神的に不安定でしたし、体力も減退しておりました。私は全身全霊を懸けて皇子を看病し、私達は結ばれたのですよ」


 青龍は唖然としたまま顔面蒼白になった。

「う、嘘だろ?何かの冗談では……?」

 力なく青龍が呟いた。僕もそう思ったよ。玄武って何考えてるかわかんないところがあるもの。

「皇子はそれでいいのか?」

 一麒かずきに尋ねられうつむいていた皇子が顔をあげた。

「はい。おれは居場所を探していたのです。前を向いて生きていける場所を」

 あ。以前と違う。皇子から迷いや恐れがなくなっている?前から綺麗な人だとは思っていたがりんとした空気をまとうようになった。そういえば玄武のつがいの「リン」は凛という字を書くらしい。

「その場所が玄武の元であったというのか?」

 眉間に皺を寄せた青龍せいりゅうが皇子に詰め寄ろうとした時、玄武が間に入った。


「私は最初からりんをきちんと見定めてましたよ。一生大事にして他の誰にも渡すつもりはないです。その覚悟があります」

 あちやー。玄武、今のは青龍にはそれらがなかったって聞こえるよ。

「ありがとう玄武」

 皇子が苦笑してみせた。やはり、この人も選ばれたリンだったんだ。僕とは違う空気感がある。

「……無理やりではないのだな?」

 青龍がいまだに信じられないといった風に玄武を睨みつける。

「青龍っ。それは聞き捨てなりませんね。この私が四神のつがいをないがしろにして襲ったとでもいいたいのですか?」

 部屋の温度が一気に下がった。玄武から冷気が発せられている。いつもの張り付いたような笑顔じゃない。本気で怒っているのか?玄武らしくない。

「それは違うよ。青龍はおれを心配してくれてるんだね。その気持ちは感謝している。だけど合意の上なんだ。無理やりではないよ」

 皇子がまっすぐに青龍を見つめて答えた。

「ほんとう……なんだな?」

「ああ。青龍にはいろいろ世話になったのに報告が遅れてすまなかった」

「そうか……ならばもう何も言うまい」

 青龍が目を伏せた。皇子の手が震えている。その手を玄武が掴む。

「……りん……」

「大丈夫だ。玄武」


「気になるだろうが、つがいの話は後にして。今は結界にほころびが出来た緊急事態だ。俺たちが四神だと言う事を思い出してくれ。邪神の狙いはこの世界の中心で聖域であるココだ。だが、東西南北を護る俺たちの領地も油断は出来ねえ。朱雀が居ねえ今が狙い時だと思われている。強化策を考えなくては」

 白虎が話を変えてくれてよかった。一麒かずきの視線を感じて皇子を連れて少し離れる。

「僕、皇子と向こうでお茶を飲んでるよ。五神でしか話せない事もあるでしょう?」

 何か言いたそうな青龍たちをよそに僕は部屋の隅に椅子を動かし皇子と共に座った。ここなら彼らから姿は見えるし大声を出さない限りは話声も気にならない。今は大丈夫だが、仮にもけがれに乗っ取られかけた二人だ。視界から消えるとつがいたちが心配するだろう。


◇◆◇


「さて、そろそろ僕には本当のことを言ってくれるかな?」

 小声で皇子に話しかける。

「やはり貴方には気づかれてましたか」

「うん。なんとなく。だって玄武を愛してるって言うんじゃないんでしょ?」

「そうですね。おれ達は利害関係が一致してるんです。だから番契約をした」

「契約?なあにそれ?」

「ええ。つがい契約です。青龍がかなりダメージをくらっていると聞き、さすがにおれにも関連していると理解しました。だが、今更彼の元へ戻れないこともわかっていました」

「でも貴方は青龍にもかれていたんじゃないの?」

「……ええ。惹かれていました。手放されたらどうしようと思うぐらいに。だけど、彼はおれ自身を見てくれようとはしなかった。彼にとってはおれは麒麟きりんつがいでしかなかったのです。それがわかっていたからおれはあんなにも必死になってしまったんでしょうね。青龍の傍に少しでも長くいたいとなりふり構わなくなってしまったんです」


 そうか。青龍がしたことは全部裏目にでていたのか。青龍が守ろうとするほどに皇子は不安になり麒麟きりんつがわない自分を卑屈ひくつに感じていったのか。

「ねえ、玄武げんぶ青龍せいりゅうとどこが違うの?」

「玄武は最初からおれをりんとして扱ったんですよ。リンとは四神の番になれるものだ。だから自分のつがいとして扱うと言い切ったのです。あれはズルい聖獣せいじゅうですよ。弱っているおれにつけこんできて。でも、ああ見えて寂しがりなのですよ」

「玄武が?寂しがり屋さんなの?」

「しぃっ。内緒ですよ」

 微笑む皇子をみて。この人は吹っ切れたんだなって思った。この短期間に何があったのかはわからない。だけど、聖廟殿せいびょうでんにいたときの皇子ではなくなっていた。

「玄武からは無理に自分を愛さなくてもいいと言われました。ただずっと側にいてくれればいいのだと。たとえ青龍の事を気にしていたとしてもそういうおれ事すべてを包み込んで護ってやると。まったくもってズルい奴ですよ」


 本当にそうだ。僕もそんなふうにいわれたらぐらっとくるかもしれない。


「玄武は長寿の象徴だけど朱雀のように不死でないらしいです。一麒かずきさんに英気をわけることで徐々に不調も増えていたけれど、それを他の四神に知られたくなくて隠していたみたいですね。だからつがいが必要だった。番がいれば精気もチカラも安定する。それで居場所が必要なおれと安定したチカラが必要な玄武と利害が一致したというわけです」

「そうだったのか」

 いやあ、それだけじゃないだろう。皇子は騙されてないのかな?玄武ってそんなに弱いようには見えないけどな。皇子の前では違うのか?傍から見たら青龍の手元にある番候補つがいこうほを横からかっさらったようにしか見えないけど。


「ぷっ。はは。りんはすぐ顔にでますね?」

「え?そ、そう?」

「おれが玄武に騙されてるって顔になってますよ」

「違うの?」

「あはは。少しは当たってるかもね。くくく。でも、それでもいいかと思ったのさ」

 皇子の口調が砕けた。そのほうが話しやすいからいいな。

「わかっててつがったの?」

「まあね」

 え~?ぜんぜんわかんない。なんで?

「ふふ。大人の駆け引きってやつだよ。りんもそのうちわかるよ」

 なんだか僕とは違う。ああ、そうかこの感じ……。

「……皇子……ううん。りんさん?なんかちょっと玄武に似てきた?」

りんでいいよ。そっかあ?似てる?」

「うん。笑顔がなんか大人びてると言うか胡散臭うさんくさいよ」

「あはははっ」

 凛が笑い転げた。





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