第9話 見つかっちゃった

青龍せいりゅう様。ようこそ。この間の肉饅頭はいかがでしたか?」

 にこにこと笑顔で声をかけてきたのは料理長だ。ここ聖廟殿せいびょうでんには霊獣だけでなく、司教や侍従がいる。無論、それなりの徳を積んだものや霊獣れいじゅうが認めたものでなければ出入り出来ない。

 だがここで生活をする以上、人として生きる者には食事が必要であった。そのため聖廟殿せいびょうでんのとなりの楼にはその者達の食事処、厨房があった。皇子への食事もここから運んでいる。


「肉饅頭? 何の話だ」

「おや? 白虎びゃっこ様に人の食する美味い飯が欲しいと言われお渡ししたのです。本日も水餃子をお出ししております。てっきり食の細い皇子様のおやつかなにかと思っておりました」

「白虎が人の食事を? それは知らなかった。皇子はあいかわらず食が細くてな。料理長に相談に来たのだ」

「さようでございましたか」

 皇子は私が傍に居ないと最近は情緒不安定になるようで食事どころか睡眠さえままならないらしい。これ以上痩せすぎてはいけない。なんとかせねば。

「合間に何か軽くつまめるようなものも作ってもらえないか?」

「では口当たりの良いゼリーなど用意しましょう」


 皇子といえど霊獣とつがうまでは人と同じ。食事や睡眠をとらなければいけない。

「……白虎は人の食事をどこに運んでいるのだろうか?」

 自分の知らないところで皇子に食事を与えているのだろうか? あの皇子が自分以外に心を許しているというのか? なにか胸がもやもやする。確か白虎びゃっこは普段、あちこちを飛び回っているから本殿にはあまり近寄らない。朱雀すざくが苦手だからだ。

 美麗できらびやかな朱雀すざくと年中闘いに暮れている白虎は仲があまり良くない。

 もうすぐ夕の刻、白虎が西に見回りに出る時間のはずだ。

「久しぶりに会いに行ってみるか」



 白虎の気は聖廟殿せいびょうでんの一番端から感じられる。だが近くまで来て異変に気付く。

「結界が張られてる?」

 あいつ何を隠してるのだ? 

 かすかに笑い声が聞こえる。人だ! 人がいる。侍従を付けたのか? いや、普通の人間はこの場所に近寄る事も出来ないはず。

 いったい誰を……。


青龍せいりゅうっ。そこで何をしている?」

 はっと顔をあげた瞬間、白虎が目の前に現れた。さすがは闘いになれた軍神だけはある。一瞬で戦闘態勢をとっている。

「白虎こそ、ここで何をしているのだ。厨房に出入りしてるそうではないか」

「……それは、お前には関係ない。……まだ」

 白虎が歯切れの悪い返事をするなぞ珍しい。

「まだとはどういうことだ?」



「白虎。いいよ。僕、他の霊獣と話してみたい」

 扉の中から声がした。

「ダメだ。まだ早い。こいつはなんだぞ」

「私がなんだと?」

「くそっ。夕刻に来るなんてっ。汚い真似をしやがる」

「なんだと。私がそんなことするはずがないだろう! 偶然だ」

「大丈夫だよ白虎。霊獣が人を襲う事はないのでしょ? 白虎が戻るまでの間だけでいいから僕に会わせてくれない?」


「……いいか。リンに手を出して見ろ。四神だろうがお前を許さないからな」

「っ!……リンだと?」

「ああ。ここにいるのはリンだ!」

「そんな。はふたり居たのか……」


 扉の前で話し声が聞こえる。

「白虎大丈夫なのかな?そろそろ陽が傾いてくるのに」

【こんなに早くに他の霊獣にみつかるとはね】

 返事をしたのは一麒かずきだ。僕の目の前であいかわらずふわふわと浮いている。

一麒かずき、僕はこれ以上ここにいて白虎に迷惑をかけるのはイヤだ」

【それはまず扉の向こうの相手と話をしてからにしてみてはどう?】

 見つかってしまったなら、コッソリ逃げた方が白虎の為になるかと思ったが不利になるのかな。

「そうか……わかった。そうする」

【僕も部屋の隅にいるよ。ちょっと心配だから】

「心配してくれるの?」

【もちろん。それに君と話していると本当に楽しい。私が言う前に理解してくれているのが嬉しいし、日に日に会いたさが募ってくる。君の笑顔が見れないとどうにかなってしまいそうなほどに……】

 一麒かずきが切なさそうに苦笑する。


――――とくん。

 ああ、まただ。胸の奥が揺れ動く。この顔に僕は弱いのか……? 胸の奥の奥でそうだよと僕に訴えかけるようにまた、とくんと鼓動が揺れた。


「なんだよそれ。一麒かずきってモテるでしょ? 口説かないでよ」

 

 照れ隠しに憎まれ口をたたくと扉が開いた。


「りん。念のためマーキングさせてくれ。ついでに結界もかけなおす」

「へ? 」

 白虎にがばっと抱きつかれぐりぐりと鼻をこすりつけられる。

「あっははは。くすぐったいよ!」

「よし! 行ってくるぞ」

「……いってらっしゃい」

 にかっと笑うと白虎はあっという間にいなくなった。はあ。くすぐったかった。笑い自ぬかと思ったよ。


「……入っても良いか?」

 開け放された扉の前には目の冴えるような青い衣を着た青年が立っている。

 髪を高い位置でくくりあげ、目鼻立ちがくっきりした騎士って感じ。

 これって確かポニーテールって言うんだっけ? 長い黒髪が馬の尻尾みたいに歩くと優雅に揺れる。……この人は耳や尻尾は生えてないのか。残念。


「本当に貴方がもう一人のリンなのか?」

 僕を見るなり疑うような目で尋ねてきた。なんだその態度!


「僕はりんです。貴方は誰ですか? 人に名前を聞く前に名乗るべきでは?」

「……失礼した。私は青龍だ」

「ああ。じゃあ貴方が、律儀で融通が効かない青龍さんなんですね?」

 ちょっと厭味ったらしく言ってしまった。

「ぐっ。それを誰が吹き込んだかは想像がつく。……白虎めっ」

「ぷっ。ふふふ。なんだちゃんと感情が出るじゃない? 堅物すぎて表情がでないって聞いてたけど?」

「表情を出すのはあまり得意ではないのだ」

 見るからにそんな感じだな。でも龍って麒麟きりんの派生のはずだから仁の心を持ってるはず。仁って人を慈しみ愛する心のはず。いきなり攻撃してきたりはしないよね。


「しかし……こんな子供がリンだなんて。渡ってくる時期が早すぎたのか?」

「失礼な! 僕はもう19歳です!」

「なんと成人しているというのか? いや、申し訳ない。……すまなかった」

 なんだよまったく!まあ、いつもの事だけどさ。

「…………」

「…………」

 会話が続かないや。どうしようかとしばらく無言で向かい合うとぽつりと青龍が口を開いた。

「……私の元にもリンがいるのだ」

「そうなんだ。じゃあ、もう一人のリンは青龍さんが面倒見てるの?」

「面倒を見てるのは侍従だが、私が後見人だ」

 後見人って身元引受人みたいな事かな?じゃあ青龍に言えば会わせてもらえるのだろうか?

「僕、その人に会いたい! 突然ここに来て僕も戸惑ったけど、白虎がいてくれたから今は楽しく過ごしてる。だけど、同じ世界から来たのなら会ってみたいんだ」


「皇子はあまり体調が良くないのだ」

 そうか、そっちのリンは皇子って呼ばれてるのか。

「どうして? 病気なの?」

「食事をあまりとらないのだ。心身が疲弊ひへいしてると医師が言っていた」

「皇子が食事をしないのは不安だからなんじゃない?」

「何故わかるのだ?」

「僕もそうだからだよ」

「……っ。そうか。どうすれば食事をとってもらえるだろうか?」

「食事を美味しいって感じるには、心も身体も健康でないといけないってじいちゃんから教えられたよ。人は適度な運動や陽に当たったりして気分転換も必要なんだよ」

「なるほど」

「まずは散歩してみるってのはどう? この聖廟殿せいびょうでんの中でも庭くらいあるでしょ? 木々や花をみるだけでも癒されたりするものだよ」

「そうか。散歩か。足を動かすのもいいかもな」

「できれば青龍が一緒に散歩して話しながら楽しませてあげてよ」

「私が? そうだな。警護もかねて一緒にまわってみるか」


「うん。僕も白虎に頼んでみようかなあ」

「白虎か……ずっとここに隠されてたのか?」

「隠すって。まぁそうだね。なんかややこしくなってるからもう少しここにいろって言われてたよ」

「皇子が現れてバタバタしてたからな。そこにもう一人現れると混乱したかもな」

「今はどう? 今ならもう出て言ってもいい?」

「皆に話してみようと思う」

「皆って四神にってこと?」

 思わず一麒かずきのほうを見る


【…………】

 一麒かずきは無言のままだ。


「まずは白虎に了承を得てだがな」

「そうだね。出来ればケンカしてもらいたくないから」

「ふふ。そうだな」

「……青龍も笑うんだね」


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