第8話 玄武の独り言

 私は玄武げんぶ。北の大地を護る四神だ。年中冬の過酷な環境に置いてどうすればこの地に安住がもたらせれるかを日々探求し続けている。

 私の闇は宇宙であり冥界であり、常に黒の中に身を置いている。


 ある日麒麟きりんが眠りについてしまった。私とはまるっきり正反対の霊獣だ。

 おだやかで慈悲に満ちて愛にあふれた霊獣。何故か皆が彼を好きになる。

 私からすれば年中お花畑の頭が湧いてる奴にしか見え……。まあそれはさておき。

 なにせ、彼はこの世界の中心となる霊獣だ。彼がいることで五行が安定する。居てもらわないと困る要なのだ。もう彼が眠りについてかなりの年月が経つ。

 片割れ候補らしき存在も現れたそうだし、そろそろ起きてもらわないと。


「ふぅ。英気を分けるのはかまわないが移動が面倒だな」

 私は白虎と違い早く移動するのが苦手だ。

 目の前に青い衣がチラチラと見える。あれは青龍せいりゅうか? 柱の間を行ったり来たりしている。柱が赤く衣が青いせいかかなり目立つ。

 こういう時は厄介ごとが多い。知らぬふりをして通り過ぎてしまおう。

 玄武げんぶが音もなく柱の間を通り過ぎようとした途端。


「待っていたぞ。玄武げんぶっ」

 がっしりと首の後ろを掴まれた。こっそり逃げようとしたのがバレたか。

「ぐっ。苦しいぞ。青龍、あらての挨拶だな」

「これは、すまん。お前は音もなく消えてしまうからな、焦ってしまった」

 見つかったからには仕方ない。話くらいは聞いてやろう。


「久しぶりだな。元気そうでなによりだ」

「ええ。青龍も息災のようでなにより。それで、私になんの用です?」

玄武げんぶよ。単刀直入に聞くが、その、お前どうやって気を分けているんだ?」

「……どうって普通ですが。それがどうしたのです?」

「いや。朱雀すざくがいつも気だるげで服も乱れて出てくるのでな」


「ぶっ! くくくく。あ~ははははっつ」

「ど、どうしたのだ?何がおかしい?」

「いやいや。なんでも。くくくく。気の与え方はいろいろな方法があります。相手にふれるのが一般的ですね。手を繋ぐだけでもいいですし額を合わせるだけでもいいですし」

「そ、そうか。淫らな事をしなくてもよいのだな?」


「それは与える気の多さにもよるでしようね。例えば麒麟きりんの目をさまさせるには番と契らせないといけないでしょ? そういう時は密着度は高めですよね?」

「気の多さ? そういえば、少し多めに気を与えたとか言う時があるのだが、何をしたと思う?」

「さあ、そればかりは本人に聞いてみてくださいな」

「まさかあいつ。寝ている麒麟きりんに手を出してはおるまいな」

「いくら眠りについてても麒麟きりんとて霊獣です。身に危険を感じれば撃退するでしょう」

「そ、そうだな……」


「ふふふ。大丈夫ですよ。そのために私も気を分けているではありませぬか。朱雀 一人に任せて暴走しない様に。私と交代にすることであやつが何か悪さをすれば次に来る私にすぐにわかるようになってますしね」

「なんだ、そうだったのか。それを早く言ってくれよ……ぁあよかった」

「青龍は心配性ですね。貴方は生真面目なところがありますから」

「いや、麒麟きりんの信者たちが朱雀すざくとの仲を勘ぐってるようでな。麒麟きりんの貞操が心配で」

「おやおや、朱雀すざくも大変ですね。くくく」



「ところで青龍。貴方のところで麒麟きりんの片割れ候補がいると聞きましたが」

「うむ。私のところで皇子を預かっている」

「その後、どうなのですか?」

「まだ精神的に不安定だ。何かに怯えてるような感じもする。恐らくこの世界にまだ馴染んでないのだろう。時間の問題だとは思うがな」

「……そうでしょうか。麒麟きりんは仁の霊獣。すべてを愛でいつくしむことはあれど怯えるのは少し変ですね。それに一麒かずきが眠りについたきっかけはりんが御霊を飛ばし消滅したからであって。現れるのならりんの御霊をもっているはずなのでは?」

「……それは。おそらく渡り酔いがひどかったせいだろう。落ち着けば思い出すはずだ」


「ずいぶんと皇子に肩入れされてるように見受けられますね」

「当たり前だ。私が後見人になっているのだ。気にならないわけはないであろう」

「そうでしたね。失礼しました」

「だから私としても皇子と番われる前に麒麟きりんの貞操が気になってるのだ」

「まるで子供を嫁にやる親のようですね」

「ははは。そうかもしれない。皇子は大事に守ってやらねば」

「……青龍。なぜ貴方はその皇子が麒麟きりんつがいだと思うのですか?」

「皇子は霊獣とつがう為に渡ってくると言うではないか。今一番、つがいが必要なのは麒麟きりんだ! これほど明らかなことはないであろう?」

「そうでしたか」

麒麟きりんが目覚めれば各地の争いごとも減るだろう。さすれば五神うーしぇんは安泰だ」

「……」


五神うーしぇんと言えば、最近白虎をみかけましたか?」

「いや。あいつはじっとしてないからな。またどこぞを走り回ってるのだろう」

「……この聖廟殿せいびょうでんでよく見かけると聞きますが?」

「誠か? ではあいつも自分の立場を考えているんだろうな」

「え? なんですって?」

「いや、やはりあいつも一麒かずきが気になるのだろうな」

麒麟きりんに会いに来てると?」

「そうであろう? 他に用事はなかろうて」

「そうですね。では私は英気をわけに中に入りますので」

「ああ。呼び止めて悪かった。よろしく頼む」




 青龍と別れ、玄武げんぶは扉を開け黄金の棺の傍に寄る。

一麒かずき。おかわりありませんか? まったく、貴方の周りは相変わらずですね」

 中で眠る一麒かずきは微動だにしない。

「きっと貴方の事だから私の声は聞こえているのでしょう? 青龍は生真面目すぎますね。物事をまっすぐにしか捉えない。優先順位にばかり目を奪われてせっかく手元に落ちてきた自分の獲物を差し出そうとしてる。かたや朱雀は自分の気持ちに早く切りを付けたくて、きっかけを待ち望んでいる。……果たしてあの皇子は本当に麒麟きりんの皇子なのでしょうか? ふふふ。面白いですね」


 玄武げんぶ一麒かずきの手を握る。

「この手を使って朱雀すざくは何をしてるんでしょうかね。あの高慢ちきでナルシストな朱雀すざくが。くくく。青龍は朱雀があなた何かするのではと心配してますが、朱雀すざくはあなたの手を使って勝手な妄想をして自分を慰めてるのではないのですか?ふふふ。」

 朱雀すざくはよほど麒麟きりんに執着しているらしい。かなりこじらせた想いを引きずってるようだが麒麟きりん自身を汚すことは出来ないだろう。それこそが神の領域。

「実に面白い……」

 そう私の中の蛇が笑う。

 

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