第6話 眠る麒麟

 ~聖廟殿せいびょうでん本殿にて~


青龍せいりゅう様。しばしお待ちを」

 足早に神官の一人が声をかけてきた。

「なんだ、小言ならいらぬぞ」

 声をかけられたのは眼が冴えるような青い官服を身にまとっている青龍せいりゅうだ。長髪を頭の高い位置で束めている。


「少しは私どもの話をお聞き下さいませ。麒麟きりんの皇子さまが現れたのであれば番ってしまわればおチカラは元に戻るのでしょう? 麒麟きりん様の儀式を先延ばしにされてるのはいかなるお考えでありますか?」

 なんて浅はかな考えだ。確かにこの世界の秩序を護る麒麟きりんは二対でひとつ。それを一人でこなしているのだから負担も大きい。だが相手は誰でも良いというものではない。周りを守る信者達からすれば動乱よりも安定した世界を望むのもわかるが、神の領域に踏むこむのはお門違いだ。


「番ってしまえというのか? お前本気で言っておるのか! 相手は麒麟きりんだぞ! 仁の心を持つ霊獣をお前らは自分達の私利私欲の為に無理やり犯そうというのか!」

「そんな……滅相もありません。我らは麒麟きりん様のお身体を思えばこそ……」

「まだ言うか! 麒麟きりんが甘やかすからこんな馬鹿な側近ができるのだ! あいつが心の底では泣いてる姿が目に浮かぶ。情けない」

「そ、そんなっ。いくら青龍せいりゅう様でもあんまりで……」


 ドン! と落雷がひとつ目の前に落ちる。


「ひぃっ」

「やめぬか! 馬鹿者!」

「大司教様」

 後から追いかけてやってきた大司教と司教たちは慌てて神官を捕え膝間づかせる。

青龍せいりゅう様、誠に申し訳ございません。麒麟きりん様のお気持ちは充分理解しております。このものはまだ未熟者故、口出しをしてしまいました。どうかお許しくだされ」

 大司教が膝間づき額を地面にこすり付けた。


「……顔をあげるとよい。お前の顔に免じて今回だけは許してやろう。麒麟きりんが床に入ってかなりの年月が経つ。お前達には逸る気持ちもあるのだろうが、あいつはいつも自分よりも他人を優先するやつだ。仕えるお前達もそれは肝に銘じてくれ。二度と馬鹿な事を口にせぬよう下の者を鍛え上げ、心身ともに精進しろ!」

「はっ。今よりもさらに精進いたします!」


◇◆◇


 青龍せいりゅうは長い廊下を歩きながらバチバチと放電していた。

「まったく。我らは盛りの付いた獣ではないぞっ」

 聖廟電せいびょうでんの最奥にたどり着くと扉の前でひとつため息を吐くと声をかける。

朱雀すざく。よいか? 開けるぞ」


「しばし待て」

 中からくぐもった声が聞こえる。

「これは…………盛りの付いた獣と思われるやもしれぬな」

 神官が血迷った事を言い出したのは朱雀すざくのせいかもしれぬぞと思い立った。


「待たせたな。もういいぞ」

 扉を開けると気だるげな朱雀すざくが手招きをする。赤髪で白い肌に赤い官服がよく映える。しかしその胸元は乱れていた。美麗な顔立ちをしているから黙っていたら女人と言われてもわからないだろう。歩く姿は優雅で自尊心が高いため、人によっては高飛車に見えることもあるようだ。朱雀すざくは妖艶にほほ笑んでいる。


「お前、淫らなことはしてないだろうな」

 私が睨みつけると朱雀すざくが肩をすくめた。

「まさか。いくら私にその気があっても一麒かずきがそんなこと許すはずがないだろう。少し多めに気を分けていたのだ」

「下心があるのは認めるのだな」

「ふん。今更隠すこともあるまい」

「開き直るのもどうかと思うぞ」

「何とでも言え。私の気を分ける事で少しでも麒麟きりんとしての機能が保たれるならそれでよいのだ」

「残念ながら俺には朱雀のように永遠の命も、玄武のような長寿の気もない。ゆえに、こういう時はなんの役にもたたぬ。歯がゆいものだぞ」

「まあ、そうだな」

 


 部屋の真中には金の祭壇があり、そこには金の棺があった。

 中で眠るのは麒麟きりんの片割れである一麒かずきだ。美しい寝顔に長い銀髪。黄色に金糸が混ざった着物を打ち掛けにして静かに横たわっている。

一麒かずきの声も聞けなくなって久しい。りんがいなくなってから喋る事もやめてしまったからな」

「チカラが半減したのだから仕方あるまい」


「……皇子の様子はどうだ」

「相変わらずだ。あまりしゃべろうとはしない」

「そうか。無理に儀式を進めることはないだろう」

「…………」

「そこで黙るなよっ」

「いや、お前の事を思うと儀式を進めていいのかわからなくなる」

「余計な気は使うな。私がみじめになるだろう」 

「そうだな。お前も厄介な相手に惚れたものだ」

「だが、いづれ私の役目もなくなる事はわかっていた。あの時、空から皇子が降ってきたのをお前が受け止めた時に私はいつここから離れてもいいと心に決めたのだ」



 数週間前のある朝。青龍は朱雀と共に聖廟殿せいびょうでんに向かっていた。その途中、突風が吹き上空から青年が降ってきたのだ。


「人が空から降ってくるなどと。これは吉凶の兆しか?」

「青龍、何を悠長なことを言ってる。そやつ気を失っておるではないか」

「色が白いな。見た目からすると22~23歳くらいか?」

「白いというより青白いな。ケガをしてないかとりあえず連れて行くか」

「神官でもない人間をか?」

「それもそうだな。この先は聖廟殿せいびょうでんだ。普通の人間なら中には入れないか」


「……ん。……」

「お? 気が付いたか?」

 切れ長の瞳がうっすらと開く。憂いに満ちた瞳は黒曜石のようだった。

「……お前どうして上から降ってきたのだ?」

「わからない……ここは?」

聖廟殿せいびょうでんのはずれだ」

聖廟殿せいびょうでん? っ!」

「おい、立てるか?」

 青龍が青年を立たそうと手を貸す。だが青年は立てずにしゃがみこんでしまった。


「頭が痛い……」

「これはダメだな。抱えていくしかあるまい」

「お前、名前はなんというのだ?」

「……りん……」


「なんだとっ?」

「……まさか」



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