第5話 欠けたピースのような存在

「ふっふふー。モフモフ」

 りんは白虎びゃっこにくるまっていた。

「ったく。俺を毛布がわりにするなんて良い度胸してやがるぜ」

 白虎に尻尾と耳以外で触らせてくれと頼んだらなんと獣体になってくれたのだ。


 あれからいろいろとこの世界のことわりを聞き、白虎と意見を交換した。

「白虎ってとっても素敵な毛並みだね。艶があってしなやかでモフモフで癒される~」

「そうだろう。そうだろう。だが、俺が獣体になった事は秘密だぞ。やたらと本体を見せるべきではないと他の四神どもがうるさいのでな」

「へえ。そうなの? じゃあ僕の前では本来の姿に戻ってくれてもいいよ」

「なんかお前、上から目線のような気がするが」

「気のせいでしょ? 僕より白虎のほうが大きいじゃん」

「いや、背の高さとかじやなくてだな……まぁいいか。お前と話してたら調子が狂うぜ」

「ふふふ」


「不思議なやつだぜ。一緒にいるとおだやかな気持ちになる。くそっ。一麒かずきに似てやがる」

「え? その一麒かずきってどんな人なの?」

「どんなって、そうだなぁ。掴みどころがないやつだな。そしてお人好しだ。優しすぎる。庭を歩くときも雑草を踏みたくないからって浮遊しながら歩く程だぞ」

「浮遊って」

 なんだ、今と変わらないのか。


「皆、あいつが好きなんだ。一麒かずきは思いやりに満ちた霊獣なんだ。だからあいつが眠りについた時は皆かなり落ち込んださ」

「そうなんだね。でも案外、一麒かずきは傍に居てそんなに落ち込まないでよって言ってたんじゃないのかな?」

「はは。あいつなら言いそうなセリフだな」


 ん~。実際今僕の目の前でぷかぷか浮いてるんだな。一麒かずきが。

【しぃ。内緒だよ。リンにしか見えてないんだからね】

「白虎。お腹が減ったよ」

「おっと、そうだな。なんか厨房からくすねてくるぜ」

「うん。ごめんね」

「かまわねえってばよ。それより悪いな。こんなことろで閉じ込めちまって」

「うん。でも、いつまでも閉じこもっても居られないと思うんだ」

「そうだな。お前を連れて行くタイミングを今考えてるんだ。もう少し時間をくれ」

「うん。わかってるよ。白虎を信じてるよ」

「……おう」


◇◆◇


一麒かずき。僕に話があるんだろう?」

 目の前でふわふわ浮いてる一麒かずきに声をかけるとクルリと一回転してみせた。

【うん。昨日は急に消えて悪かった。白虎に話してた生い立ちも聞いてしまった】

 すとんと目の前に降りると頭を下げる。

「いいよ。僕も感情的になりすぎた。ごめんよ」

【ふふ。リン。やっぱり君は素直で素敵だ】

「何言ってんだよ。夜中に覗きにきてただろ?」

【うん。バレてたんだ?】

「そりゃそうだろ、暗闇でぷかぷか浮いてるのって一麒かずきぐらいなもんじゃないか! 驚いて声も出なかったんだからなっ」

【あはは。驚かしてごめんよ】

「いいよ。心配してるんだなってわかったから」

【うん。リンに会いたかったんだ。そしたら無意識にここに飛んできてた】

――――とくん。


【リンの寝顔だけでも見たかったんだ。じっとしてられなかった】

――――とくん。とくん。

水面に波紋が出来るように僕の心が揺らぐ。低く優しい声が胸に沁み込む。



「……一麒かずきはいつ目覚めるの?」

【わからない。私は少し眠りすぎてるみたいだ。そろそろ起きないといけない。今は朱雀すざく玄武げんぶにチカラをわけてもらっているんだ】

「チカラって分けれるものなの?」

朱雀すざくは永久の命、玄武げんぶには長寿というチカラがあるんだ。その気を分けてもらって麒麟きりんのチカラを維持しているんだ】

一麒かずきの周りには君を大事にしてくれる人がいるんだね」

【そうだね、ありがたいよ】

「それで? 一麒かずきはどうしたいの?」

【誰も傷つけたくはないんだ。争ってもらいたくない】

「うん。僕も。でも、それって傲慢だと思うよ」

【……そうか。そうだね。……それでもリンに会いたかったんだ】

 なんでだろう。不思議だ。こうしていると一麒かずきが言いたいことがわかる。

 一麒かずきは自分の周りにいる人間を巻き込んだり傷つけたくないんだろうな。だけど生きている限り妥協も必要だし、時と場合によっては決断も必要だ。



【リン。もう一度君に会えるなんて。嬉しくてじっとしていられなかったんだ。】

 またそんな歯の浮きそうな言葉を言う。このイケメンめ!

【君がこの世界に来てくれただけでもう私は胸がいっぱいで張り裂けそうなんだよ】

「もぉっ恥ずかしいったら!ドキドキするからやめてったら!」

【ふふふ。可愛い】

「……そんなこと言って、一麒かずきが目覚めないのはなぜ?」

 僕が一麒かずきの片割れならすぐにでも番おうとしてくるんじゃないのか?

【リンは私の事を覚えてるかい?まだ目覚めてないだろう?】

「……うん。僕はどうしたらいい?」

【無理強いはしたくないんだ】

「それはありがたいけど。でも、それだけじゃないんでしょ?」

【うん。君より先にここに来たリンが皇子としている。その身の回りをする侍従もいる。侍従達は自分が使えてる相手が麒麟きりんになることを望んでいる。皇子の世話をする青龍もいる】

一麒かずきが目覚めたらそれを受け入れないといけないの?」


 僕は疑問に思ってる事、いや確信に迫る事を一つ口にした。

「……一麒かずきつがいって結婚と同じことなんでしょ? この世界は愛がなくても番えるの?」

【それは……】

「……番えるんだね?」


【リンという存在は霊獣にとっては欠けたピースのような存在なんだ。つがいになる事で円になれる。円になればチカラも安定する】


「それは僕でなくても……この世界に現れたリンであれば良いという事なの?」

【そうだ。さすがだね。君は賢い。……りん。五神うーしぇんはリンと番になれるんだ】

五神うーしぇんと……?」


【そうだよ。君は私でなくて白虎と番う事もできる】

「白虎と? どうして? 僕にとって白虎は癒しなんだよ」

【嫌いではないのだろう? 好ましく思っているはず】

「うん。嫌いじゃないよ。でもそうしたら一麒はもうひとりのリンさんとつがいになるの?」

【そうなってしまうんだろうね】

「そのリンさんは一麒かずきの事が好きなの?」

【さあ、どうだろうねえ】


「そんなのおかしいとは思わないの?!」

【リン? おかしいとかでなくこの世界のことわりはそういうものなんだよ。私は何年もこの世界を見てきた。私を心の拠り所にしてくれてる人達の気持ちに応えたい。私を支えてくれて好いてくれてるものを大切にしたい。だから決められたつがいと番わなくては】

「僕はいやだ。自分の相手は自分で決めたい。もちろん相手の気持ちも尊重するよ。でも一麒かずきは?この世界に来たリンならいいの?そんな考えは身勝手だよ」

【身勝手? 私が?】

「そうだよ。あっちの気持ちもこっちの気持ちも無下にできない。だから自分は流されたままでいいなんて。僕だったらふざけるなって思うよ」

【リン……】

「どっちつかずで答えがもらえないままのほうがツライって知ってるの?」

【ふっふふふ。あぁ、やっぱり君はリンだ。私に足りないものを君は持っている】


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