第4話 尻尾は狙うな

「ごちそうさま。美味しかったよ」

「そうか。何か食べたいものとかあるか?」

「この世界に何があるのかわからないからまかせるよ」

「わかった。なるべく身体によい暖かいものにする」


「ふふ。白虎びゃっこは優しいんだね」

「おう。俺は優しいのさ!」

 頭の上の三角耳がぴくぴく動いてる。うう、触りたい。


白虎びゃっこって顔もスタイルもいいけど耳と尻尾がモフモフだね」

「なんだそのモフモフって?」

「ん~。いやしって言うんだよ」

「だめだぞ! お前俺の尻尾を狙ってるだろ?」

 なんでバレちゃったのかな。ちょっと撫でてもみもみするだけなのに。


「ここはな……なんだ。だから……だめだ」

「え? なに?」

「だからっ耳と尻尾は性感帯なんだって!」

「せいかんたい? そっか。その。ごめん」

「いや。わかればいいんだ」

「僕、動物が好きなんだ。柔らかくって暖かくって撫でてるだけでほっこりするんだ」

「毛皮の霊獣は俺と麒麟きりんだけだからな」

「へえ。麒麟きりんって僕見たことないや」

「そうなのか。今度……機会があれば見せてもらえ」



「あのさ、ちょっとだけ僕の話を聞いてくれる?」

「お前の話? 面白いのか?」

「面白いかはわからないけど。誰かに聞いてもらいたいんだ」

「わかった。まあ俺も興味があるから言ってみろよ」

「僕さ。孤児院育ちなんだ。捨て子だったらしい。その後、里親になってくれた優しい老夫婦の元で成長したんだよ。二人が亡くなった後、大学へは奨学金で通っていた。日々バイトに明け暮れてたんだ。でもね、頑張って入った大学だったからキャンパスライフを謳歌おうかしようって思ってたんだ」


「…………」

「なのに。突然こっちにきちゃった」

「そうか……」

「うん。そうなんだよ。僕はどうしたらいいんだろ?」

 バイト三昧で心のいやしは猫と戯れる時間だけだったなんて寂しい生涯だったなあ。またポロリと涙が落ちてしまったみたいだ。白虎びゃっこは黙って僕の背中を撫でてくれている。悲観していても何も始まらない。まずはこの世界の事を知ってみよう。



「……少し前に皇子が召喚されたんだ」

 白虎びゃっこが僕に同情したのか話し始めてくれた。

「うん。最初に言ってくれたよね?」

「ああ。そいつリンって名乗っているんだ」

「そうなの!? じゃあ僕と同じ名前なんだ」


「でも、そいつは名前以外なんにも覚えてないんだ。渡り酔いがひどかったらしくて記憶を失ったって聞いた。だけど、俺はなんだかしっくりいかなくってな」

「どうして?」

「ときどき極少量だが負の匂いがしやがるんだ」

「負の匂い?」

「負の感情っていうのかな? 怒り、苦しみ、絶望、挫折とかっていう匂いだ。俺は他の霊獣よりも嗅覚がすぐれているんだ。負の感情は心が弱まってるものに連鎖するからよくねえ。そんなやつが霊獣のつがいなのか? って疑問に思ったが俺は面倒事が苦手でな。気のせいだって思うことにしてた。そんな時にお前が俺の前に現れた」


「だから マズイ事が起こったなあ って言ったんだね?」


「そうだ。よく覚えてんな」

「同じ りん って名前を持つものが同じ時期に現れたらもめごとになるってことぐらい僕にも想像はつくよ」

「そうなんだよな。だから、迂闊うかつに騒いだらお前は本当に消されるかもしれねえ」

「物騒な事言わないでよ」

「いや。マジだぜ。俺の他にも霊獣がいるって言っただろ? 皆それぞれ思惑があるみたいだぜ。ここにいる麒麟きりんっていうのは仁のチカラを持っていてお優しすぎるのさ。各々の腹の中までわかりきっているのに他者への慈しみと思いやりをもって沈黙を貫いてるんだ」


「沈黙って?」

「眠りについてるのさ。麒麟きりんは麒 《き》とりんの二匹のつがいでひとつなんだ。だから完全体でない今はその力は半減されている。そのため無駄な力を費やさない様に眠りについているんだ」

 そうか。だから肉体は置いて魂だけでうろついてるんだな。

「それにこの世界の均整を保っているのも麒麟きりんのチカラなんだ。だから周りは完全体に早く戻ってもらいたいんだろうよ。でも、現れた皇子は記憶をなくしてるせいかふさぎがちで協力的じゃないんだとよ」


「白虎はどうしたらいいと思う?」

「俺のことより、お前は今の話を聞いてどうしたいと思った?」

「それは……。僕に出来ることがあるのなら助けてあげたいと思う」

 まだこの世界の仕組みのことはわからない。だけど僕が来たことで誰かの力になることがあるのならやれることはやってあげたいと思えてきた。

「やっぱりお前って……」


「今の話って重要事項っていうやつなんでしょ? それを教えてくれたって事は僕を信じてくれてるってことだよね?」

「まあな。お前からは嫌な気は感じない。もっと清々しい気が流れているからな」

「褒めてくれてるの? ありがとう白虎」

「おう。はぁ。仕方がないな。出会ったのも縁か。手助けしてやる。だが、俺は青龍せいりゅうみたいに律儀で真面目じゃねえし、玄武げんぶみたいに冷静でずる賢くもねえぜ」

「僕は白虎としか会ったことがないのに他の人の事言われてもわからないよ」

「そっか。それもそうだな。がはは」

 本当は麒麟きりんとも会ってるんだけどね。


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