第11話 おれは皇子じゃない
「皇子よ。今日は私と散歩に出てみないか?」
昨夜、
翌朝のご飯は美味しく感じていつもより多く食べれた。朝は青龍が東方の偵察に行く。でも昼からは庭の散策に連れ出してくれると言う。
「ここに来て楽しみが出来るなんて」
「皇子よ。待たせたな」
あまり表情がでない青龍だが、今日は少し微笑んでるように見える。
「今日は食事を沢山とってくれたと侍従から報告があった。私も嬉しいぞ」
「昨日、青龍が外へ連れ出してくれたから気晴らしになったのかも。ありがとう」
「そうか! 気分転換になったんだな! もっと体力をつけたらいろいろ連れて行ってやるぞ」
精悍な顔立ちが微笑むとかっこいいな。
「青龍も笑うんだね?」
「……同じ言葉を言うんだな」
「え?誰かに言われたことあるの?」
「ああ。白虎のところにいるもうひとりのリンに」
「え?リンって二人いるの?」
「そうだ。ほら、そこに」
青龍が指差した先には可愛らしい男の子が枯れ木に手を当てていた。
徐々に枯れ木が青々と実り桜の花が咲き乱れていく。
「っ……!」
「ほぉ。すごいな。。」
隣にいる青龍が感嘆の声をあげた。
「そ、そうだね」
彼はおそらく本物のリンだ!
ホンモノが現れたならならおれはどうなる? また、役立たずと罵られるのだろうか? またって……?
「どうした? 顔が真っ青だ。やはり、外に出るのは早すぎたか?」
「だ、大丈夫だよ。少しめまいがしただけ」
「どうしたの青龍? ねえ、君大丈夫? 君って皇子さんだよね?」
リンと呼ばれる子がこちらに気づいて駆けつけてきた。
「こっちにベンチがあるんだ。少し座ると良いよ」
ああ嫌だ。こういうところもこの子は完璧じゃないか。自分以外の人間に心を砕くことが出来るなんて。それに引き換えおれは何もできやしない。
足元から崩れ落ちるような感覚にとらわれると、ふらついた身体を青龍に抱きとめられた。
「皇子よ。疲れたのか?散歩に連れだして悪かった」
「謝らないで。青龍と外に出れて楽しいんだ」
青龍にもたれかかるようにしてベンチに腰をおろす。
「つらそうだね? 手を出してみて」
リンが近づいてきて片手を掴んできたが、思わず払いのけてしまう。パシっと音が中庭に響いた。
「皇子? 」
青龍が驚いたように目を見開く。
「……ぁっ。ご、ごめん……」
「てめえっ。リンに何しやがるっ」
白虎が唸った。こっちを睨みつけて飛びかかってきそうだ。すぐに青龍が立ち上がり白虎と睨みあう。
「やめなよ! 急に掴んだ僕も悪いんだ。白虎は気が短すぎるよ! 僕が言うまでこっち来ちゃだめだよ」
「……リン……」
この子、見かけは幼いのに中身はしっかりしている。こんなに恐ろしそうな霊獣を叱り飛ばすなんて凄い。
「で、でもよぉ……お前の手を叩いたんだぞ」
「白虎、ありがとう。僕を
にっこりとほほ笑むと再度おれの手を取る。硬直したがもう払いのけれない。
青龍も何も言わず、硬い表情のまま様子を見守っている。
リンは目をつぶり、何かを唱えると暖かいものが手のひらから流れ込む感じがする。身体が軽くなり卑屈だった心が少し洗われた気がした。
「ふぅ……どうかな? 少し
「え? ぁあ。ほんとだ。身体が楽になった。凄いなあ君は」
身体が軽い。それになんでおれはマイナス思考になってたんだろう?
「僕、りんって言うんだ。仲良くしてくれないかな?」
「おれもりん。皆からは皇子と呼ばれてるけど、本当の皇子は……きっと君だよ」
青龍が少し悲しそうな顔をした気がした。
◇◆◇
あの子が
おれが皇子でないとおれの事を皇子だと大事にしてくれるあの人達はもうおれにかまってくれなくなるのだろうか? あの子がおれの代わりになるのか? おれに代わって皆に大事にされるのか? イヤだ。イヤだ。そんなことはイヤだ。こんなことならこの暖かな場所を知らなければよかった。
――――あの子が居なければおれが皇子だ……。
皇子としてここに居れるならおれは……。あぁ、なんて浅ましい事を考えるんだろうか。こんな自分は嫌いだ。あの子みたいにチカラがあれば、あの子が妬ましい。
侍従達はいつもどおりに、おれの世話を焼いてくれる。そんな清潔そうな手で触るな。こんな汚い感情にまみれたおれに触らないでくれ。どうせおれの事なぞ見ていないくせに。
そうだ、こいつらは皇子に仕える者達だ。おれにではない。
きっとおれが皇子でないとわかった途端に手のひらを返すのだろう。皆一緒だ。おれの外見だけを見て、おれ自身を誰も見てはくれない。
おれの外見はあの人に似たんだ。だから兄も父親も……。あの人って?
「うっ。頭が痛い……」
「皇子様っ。大丈夫ですか?」
すぐに侍従達が駆け寄ってくる。
「ほっといてくれっ……ぁ。すまない。かしづかれて息が詰まりそうなんだ。悪いけど一人にしてほしい」
「……かしこまりました」
侍従達が青い顔をして部屋から出て行った。
「はあ。少し横になろう」
夜中に目が覚め、何気なく扉を開けて外に出てみた。
あれから中庭までなら自由に動き回っていいと青龍から言われている。侍従にもたまには一人でいたいときがあるのだと了承してもらった。侍従達にも感謝をしているのに一人になりたいのだ。
一人にならなければいけないからだ。……でもそれはなぜ?
中庭まで出ようとして、見たこともない場所にいるのに気づいた。
辺りに黒いもやが広がる。咄嗟に青龍を呼ぼうとするが声が出ない。
胸の奥からぞわぞわとした感覚が沸き起こる。不快で吐きそうだ。
『やっと話せるようになったか』
「……誰だ? お前……。おれの中にいる?!」
『そうだ。なんだ忘れたのか?あのときからオレ達は一緒じゃねえか』
「あのときってなんだ?……うぁ……頭が痛い」
『少し思い出させてやろう。お前が自らの意思で、トラックで突っ込んだ時だよ。お前が突っ込まなければあの子は死なずに済んだのになぁ』
「何を言って……ぐぁ……」
ぁあ。そうだ、あの時おれはトラックを運転していてあの子を轢いたんだ!
「お、おれがあの子を?」
『そうさ。思い出したか?もともとお前の中にはどす黒いものが溜まっていた。怒りや
「おれの……中にいるのか?」
『そうだ。オレはお前の負の感情の中で育つ。あのりんって小僧に触れられた時は焦ったぜ。癒しと浄化のチカラをもってやがる。消えちまう前にお前が嫉妬心を燃やしてくれて助かったぜ。いいか。このままお前が
「な、何を言うんだ。あの子が
『そうさ。あいつが
「で、出来るわけないだろうっ……そんなひどいこと……」
『お前、あの子を轢いたんだぞ。自分が生きていくのが嫌で誰でもいいから道連れにしようとしてな。そんな身勝手な魂が皇子なはずないじゃないか』
「ぁ……そ……んな」
『お前の記憶をなくさせてたのは下手に動揺してオレがお前の中にいるのがバレるとまずいからだ。せっかく見つけたタネだ。お前はオレらの
ひ~っひっひと
『このことが四神達にバレればみんなにお前はさげすまされるだろう。お前の家族のように。あのお前をかくまっている青龍様もお前を冷たい目で見るだろう。ほれこんな風に……』
目の前に、黒いモヤが現れ、その中に青龍の姿が浮かび上がる。青龍は冷たい目でおれを見ていた。それはまるで自分を捨てた家族のようだった。心の奥が氷の棘で刺しまくられたようにじくじくと痛む。
「ダメだっやめてくれ! 何でも言うことを聞くから。頼むから」
『ひっひっひ。そうだそれでいい。お前は俺の手駒になるんだ』
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