第14話 守りたいもの。一麒SIDE

リンが襲われた。それもこの聖廟殿せいびょうでんの中で。

【ありえない。ここは私がいる限り負の感情が外から入るはずなどないのに】

 どう考えてもおかしい。

【やはり私のチカラはもう底をついているのだろうか? 】

 リンを守る事さえできなかった。そう私のリンなのに。もしまたリンがいなくなったら?

 今度こそ私は狂ってしまうのではないだろうか?


「……一麒かずき? 」

 ぐったりとした様子のリンが声をかけてきた。

【すまない。起こしてしまったか? 】

「……ん。うとうとしてたんだ」

【そうか、傷の具合が心配で来てしまっただけだ。寝てていいよ】

「心配性だね。確かにけがれ?が混じってたみたいで治りにくかったけど傷はふさがったみたい」

 リンが手をあげる。傷口が痛々しい。


【リン……すまない。最初に会った時に私が君を助けると言ったのに……守れなかった】

 情けない。私はなんて非力なんだ。

 こんなに近くにいるのに触れることが出来ないなんて。


「そんな顔しないで。どうやら僕は君のその顔に弱いみたいだ」

【え? 私の顔? どんな顔をしていた? 情けない顔だったんじゃないのか?】

「ふふ。うん。泣きそうな顔だったよ。でも、その顔が……」

【リン? なにか思い出した? 】

「うん。ぼんやりとだけど、以前もこうして話をしたような気がする」

【そうだよ! 私たちはいつも寝る前にその日あった事を話しあってたんだ】

「うん。こうしていると少しづつ思い出すよ。昔さ、この聖廟殿せいびょうでんに神官を入れるか入れないか四神達ともめたことがあったでしょ? 」

【ああ。そんなこともあった……本当に思い出してくれたの?】

 一麒かずきの嬉しそうに高揚する顔が可愛らしく見える。

 

 聖廟殿せいびょうでん麒麟きりんの住処で四神達の癒しの場所。その聖なる場所に、ある日、神である霊獣の傍でお仕えしたいと信者たちが嘆願してきたのだ。無論、四神達は反対したが麒麟きりんだけは笑顔で了承した。

一麒かずきは優しすぎるんだよ。あの後が大変だったじゃない?  」

【そうだ。人のために詰所や食堂が必要とリンに言われて慌てたんだったねえ】

「そうだよ。霊獣はこの聖なる地で休息をとると英気が満ちるが、人はそうはいかない。きちんと食事をとらないと飢えてしまうからね。そこを考えてなかったんだよね? 僕は一麒かずきがそこまで考えてるのだと思って賛成したんだけれどさ」

【いや、まったくわかってなかった】

「ふふ。後で知って驚いたよ」

【あの時はリンに叱られたなあ】

「あはは。一麒かずきは僕がいないとだめだね」

 リンが悪戯っぽく笑うのがかわいい。そうだ、リンがいないと自分は半端な事しかできない。



【リン。さきほどの事は私の責任だ。あの従者は負の心に支配されていた。ここは癒しの場所。それなのに負の感情を外から入り込ませてしまった私は、もう麒麟きりんとは呼ばれる資格なぞないのだろう】

「違うよ。あれは……。おそらく外からではないよ」

【外からではない? じゃあどこから?】

「白虎は鼻が効くんだよ。だから気づいてくれた。あれは中から現れたものだ」

【中から? 聖廟殿せいびょうでんの中に穢れが現れたって?】

「うん。白虎が前から皇子の周辺で穢れの気配を感じてたらしい。さっきの侍従さんを連れて皇子の元へ行ったはずだよ」

【白虎が……。リンは白虎を信頼してるんだね】

「え? そりゃそうだよ。だっていつも白虎が助けてくれるから」

【そうだよね。リンが白虎に惹かれるのは仕方ないね……】


「はあ?! なんでそうなるのさ!  皆やれることをしようとしてるだけだろ!」

【だって、今の僕は何もできない。リンだってこんな僕よりも白虎のほうが……】

「あ~、もう! こんな時にイジケてるんじゃないよ! そもそも、何故僕が誰かに惹かれることが前提なのさ! 一麒かずきって僕の事を馬鹿にしてる?」

【してない! してないよ。リンは思いやりがあって僕よりも利発で機転がきく】

「うぅっ……はっ……痛い……」

【リン? 急にどうした? これはっ……】


 リンの腕が傷の辺りから真っ黒に染まっていた。


【リンっ! 大丈夫か? 癒しのチカラは? どうして使わないんだ!】

「く……使わないんじゃなくて使えないんだ」

【何故だ? 中庭では使ったじゃないか!】

「あのときはあの木が、庭自体が媒体になってくれたんだよ。僕ひとりじゃまだチカラを引き出せないんだ」

【なっ……そんなっ】

 そうだ。思い当たる。自分自身がそうじゃないか。麒麟きりんは二人で愛し合ってそのチカラを高める。それが片方だけなら思い通りにチカラを使えない。


「……大丈夫……だよ。これくらい。」

【リンっ! リンっ、しっかり!】

 何度手を伸ばしても自分の手はリンの身体をすり抜けてしまう。リンは肩で息をしながら苦しそうだ。

「また、そんな顔をする。ふふ。まいったな、その顔に僕は弱いんだ」

【リン……】

「はは。大丈夫だって。仮にも僕は四神の番のなのでしょ? だったら僕を信じて」

【あぁ、リンはこんなに可愛いのに。中身はすっごくカッコいいよ。なのに私は】


「ねえ前を向いてよ。きっと一麒かずきは僕をなくした時の感情に縛られてるんだよ。僕にはその時の記憶はないけれど、きっと愛した人が目の前で消えてしまったら僕も凹んじゃうと思う。でもね。僕は還ってきたよ? まだ完全に記憶や想いは蘇ってないけれど……僕は一麒かずきが好きみたいだ」 

【好きと思ってくれるのか? ほんとに?】

「ふふ。僕は嘘はつかないよ。はぁ、痛みがおさまったみたい……少し眠るね」


 腕の浸食が止まったようだ。だが、安心はできない。穢れがリンの体内に入り込んでしまった。一刻も早く完全に浄化してしまわなければ。だが実体がない状態では私もチカラが使えない。


【もう悠長なことはしてられないっ。リンのためなら手段は選べない】

 リンよ。私は本当はやさしくなんかないんだよ。いつだって自分とリンの事しか頭の中にはないんだ。ただ自分が傷つきたくないから遠巻きに周りを見ていただけだ。


 本当に優しく正しいのは君なんだよ、リン。僕は君に嫌われたくないからこうして振舞ってるだけなんだ。



◇◆◇



 聖廟殿せいびょうでんの奥。一麒かずきの眠る広間で朱雀すざくは佇んでいた。

 玄武と交代で朱雀すざく麒麟きりんの生命力を保たせていた。


一麒かずき。私はいつまでたってもお前に縛られている。そろそろ私を自由にしてくれないか。なんて自分勝手な言い草だな。勝手に惚れてしつこく付きまとって。リンにも妬いてしまって。本当はお前の幸せを望んでいるんだ。これは嘘じゃない」

 

 そうだ、私はいままでこの時間が長く続けばいいと思っていた。この結界が貼られている空間の中で君と二人っきりで過ごせるのが幸せだった。だけど……。それは間違ってた。

 一麒かずきが眠ってから少しづつ大地はひび割れ荒廃の変化は見て取れていた。なのに私は見て見ぬふりをしていたのだ。

 だが、あの子が中庭を蘇らせたときに私はこの身に宿る四神の役割を思い出した。


 ――――私は礼(敬意をもって他者と接する事)を重んじる四神だ。


 私利私欲をもって行動するなぞありえない。そう思っていたのに。まったく。

 恋とは恐ろしいモノよな。


 朱雀すざくはため息を一つ落として一麒かずきが眠る金で作られた棺に近寄る。

「綺麗な寝顔だな。あの子の目を見た時、確信したよ。君と対になっていた。あの子が君のリンなんだね? 今皇子と呼ばれてる子はおそらくは別のリンなのだろう?」

 朱雀すざく一麒かずきの頬を撫でる。いつものように手をとるとわずかに動いた気がした。


「っ! 一麒かずき? 気が付いたのか?」

 一麒かずきが目を閉じたまま朱雀すざくの手を掴んだ。

「か、一麒かずき? 意識が戻ったのか? 頼むもう一度私を見てくれないか?」

「……すざ……朱雀すざく

 久しぶりに聞く一麒かずきの声は少しかすれていた。

一麒かずきっ! 本当に? 目を覚ましたのか? ああっ」

 朱雀が喜んで一麒かずきを抱き起こす。澄んだオッドアイに見つめ返されて胸が高鳴る。

「もうその瞳で私を見てくれないのではと悲観していた。お前がまた元気になってくれるなら私はなんでもしてやろう」

朱雀すざく……今まで傍についていてくれてありがとう」

「当たり前じゃないか!」

 何を言っている。一麒かずきのために出来ることがあるならそれが私の喜びだ。そんな恐縮しないで欲しい。

「だが、私は眠りすぎたようだ。お前や玄武の力に頼り過ぎていた。」

「……そんな事はない。四神は麒麟きりんを守護するものでもあるんだぞ」

「だが私はこの後、朱雀すざくを落胆させてしまうかもしれない」

「落胆などはしない。私が勝手に傍にいてチカラをわけていただけだ。一麒かずきの心が誰に向いているか理解した上で行動しているさ。さあ私を使え」

「っ!……朱雀すざく

 一麒かずきの見開いた瞳に私が映っている。私を認識してくれている。もうそれだけでいい。私をみてくれているだけで充分だ。

「何年一緒に居たと思っているんだ。今まで眠りについていたのに目覚めると言う事は何かやらなければいけない事があるのだろう?」

 一麒かずきは意を決したように姿勢をただした。

「その言葉を信じてお前に頼みがある」

「ああ! なんでも言ってくれ!」

「では……お前の英気を全部私にくれないか?」

「かず……」


 一麒かずき朱雀すざくに噛みつくような口づけをした。

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