第13話 無人の部屋
昨夜遅く皇子は部屋に戻ると悪夢にうなされているようであった。
侍従達は気になり、何度も皇子の様子を覗きに行った。
朝になり食事を準備する前にまたうなされている皇子を目にしてしまう。
「皇子様っ!皇子様?どうなされたのです?」
あまりに心配で布団に潜りっぱなしの皇子に恐れ多くも声をかけてしまった。
「……誰……だ?」
まさか声が返ってくるとは思わず、その場にひざまずいた。
「侍従のズーハンです。昨夜、夜半にお戻りになられてからずっとうなされておいででした。そろそろ何かお口に入れていただけねば……」
「何も食べたくなどない……もう生きているのが嫌だ」
「なっ。何をおっしゃられるのです! 皇子よ。何を悩まれているのです?どうぞお聞かせくださいませ」
「うるさいっ!おれは皇子ではないっ。皇子はあいつだ……あいつこそが皇子だ」
「あいつとは中庭に花を咲かせたお方のことでしょうか?」
「……お前はあいつを知っているのか?」
皇子が布団の隙間から少し顔をだした。憔悴し、目じりがほんのりと赤い。泣いていたのであろうが、それが逆に
「中庭でその姿を見かけたものがおります。まだ少年だったと」
「そうだ、可愛らしい子だ。あの子が花を咲かせた。それに引き換えおれは何のチカラももちあわせていない。そんなおれに皇子の資格などあるはずがない」
「そっそんなことはありません。皇子様はお身体が弱いだけです。私ども一同、
「はっ……おれが美しいなど……お前、おれが美しいと思うのか?……」
「もちろんです。皇子の美しさに皆が見惚れております。私は皇子に仕えることが出来て幸せです」
「……ズーハンと言うたな?もっと近くに来い」
「皇子様?……かしこまりました」
皇子は起き上がると妖艶に微笑し、ズ-ハンの手を取った。
「み、みこ??」
「ズーハンよ。おれは怖いのだ。
「……皇子はあなた様だけです」
ズ-ハンは皇子の手を握りしめ意を決した顔をした。
「私があなたの憂いを払って差し上げます!」
「……ズ-ハン?」
◇◆◇
「おい、リン。嫌なにおいがするぞ」
きょうは中庭まで白虎と散歩に来ていた。あのあと桜の木がどうなったのかなど気になっていたからだ。
「へ?そういえばしばらくお風呂に入ってないかも」
「そうじゃねえ。ここは神聖なる場所だ。匂いが付くほど汚れるはずはねえんだよ。そうじゃなくて。得体の知れねえ負の感情の匂いがする」
「負って前に白虎が言ってた、怒りや憎しみや挫折の匂いってやつ?」
「そうだ。俺が皇子に感じていた匂いだ。ごく微量だったはずなのに?そこかしこに溢れ出るような匂いがする。」
「皇子が近くにいるってこと?」
「わかんねえが偵察に行ってくる。お前はあまり遠くに行くなよ」
珍しい。白虎があんなに焦るなんて?
「失礼ですが、あなたがリン様ですか?」
朱塗りの柱の影から侍従が一人顔を出した。
「はい、そうですが?」
僕の声に反応してか何人かの侍従が現れた。どこから出てきたのだろう?今までいなかったはずなのに?
「こんなに幼い子が
「そうだ。ニセモノだ」
「皇子様を害する奴だ」
刃物を持った侍従がリンへと突進してきた。
【リン!危ないっ】
りんと侍従の間に飛び出してきたのは
「リン!」
侍従達を跳ね飛ばしたのは白虎だった。
「【リンっ。大丈夫か!】」
「ぐっ……。ちょっとかすっただけ。たいしことないよ」
「くそ。リンを狙うなんてどうなってるんだ」
侍従達は足元で気を失っている。様子がおかしかったことはすぐに分かった。
「この人達、なんか変だったよ。目の焦点が合ってないみたいだったし。罰したりしないてあげて」
「そういう訳にはいかねえ!ここは殺傷ごとは禁止なんだ」
「うっ……
「リン?大丈夫か?これは……
白虎がリンの腕を見るとどす黒い傷が出来ていた。慌てて侍従の手にしていた刃物を確認すると刃先が黒く染まっている。
【リン……】
「大丈夫だよ。このくらい。心配しないで」
「はは。四神をたぶらかすニセモノめ!」
一人の侍従がよろよろと起き上がった。リンを襲った侍従だ。
「何を言う!お前?」
侍従の目には光がなかった。それより視点が定まっていない。
「お前、これは皇子のせいだな!」
「うるさい!皇子様を侮辱するな!私の身も心も皇子のものだ!」
白虎が尻尾で侍従を叩きのめした。
「だめだっ!白虎。相手はここの侍従だ!それ以上は手を出しちゃだめ!」
「くそっ。」
リンが止めたのには訳がある。侍従であるという事はこ
「この
【…………】
「リン。俺の事を考えてくれてるのか……」
白虎が嬉しそうに返事をした。
◇◆◇
堕ちていく……。闇の底に。足掻いても誰も助けてはくれない。
『そうとも、
会った事すらないのに。襲うなんて。無理だ。
『大丈夫さ、ほら、内側からちょっと手を貸してやろう』
な、なに? この感覚? ぞわぞわとした感覚が身体の中で蠢く。
「ぐぁっ。何これ? うぁ……」
あぁ。なんだこの感覚。気持ちが悪い。身体の中で虫がはいずるような感覚に鳥肌が立つ。
『どうだ、言う事を聞くようになったか? 』
やめろ。やめてくれ。気持ちが悪い。
『そうだな。でもそのためには麒麟とあわないとな……くくく』
◇◆◇
「なに?皇子が目覚めないだと?」
青龍の元に侍従の一人が駆けつけていた。
「はい、それが皇子は最近塞ぎがちで、どうやらもう1人皇子が現れたせいではないかと」
「お前、それをどこで知ったのだ?」
バチバチと青龍の周りが、放電し始める。
「皇子様がおっしゃられてまして……な、中庭で見かけたものもいるらしく」
「そうか……」
「皇子さまは自分は皇子にふさわしくないとたいそう悲しまれておりました。
侍従が青龍を睨みつける。今まで
「何を言ってるのだ? リンはリンだぞ? お前たち、リンという存在をなんだと思っているのだ?」
「
「その答えは是であり否だ! リンは確かに
「どういう意味でしょうか?四神すべての相手をせよと言われるのですか?我が皇子を……貶めるつもりですか?」
ドン! と落雷が落ち侍従が腰を抜かした。
「たわけたことを!我が皇子だと?!皇子はお前だけのものではないわ!」
怒りと共に青龍の身体にうろこが現れる。一部が竜化してしまった。
「ひぃっ!」
普段は人型を取っているが本来の姿は青龍。霊獣としての威圧が侍従に向けられる。
「お、お許しくださいませっ……お許しを」
がたがたと震えながらその場でうずくまってしまうのを見て気まずくなってしまった。
「……深呼吸して、息を整えてみろ! 冷静になりお前が何故ここにいるのかを思い出せ」
それは怒りにまかせそうになったら、
「私がここに来たのは……四神に仕えるため……あ……あれ? 私は何をしていたのでしょうか?」
「正気に戻ったのか?」
「せ、青龍様? 私は何をしていたのでしょうか?」
「お前、今自分が話した内容を覚えていないのか?」
「あ、わたしがですか?」
なんだ? そういえば以前、神官の一人が口出しをしてきた時もこんな様子だった。皇子のまわりに何かが起こっているのか?
「皇子は今どこにいる?」
「皇子様はお部屋にいるはずです」
「いるはずとは? お前は皇子が目覚めないと言いに来ていたが?」
「そ、そうです。青龍様にお知らせしなければと……」
「今から皇子に会いに行く!」
何がどうなっているのだ! 皇子よ無事なのか?
◇◆◇
「ダメですっ! お帰りくださいっ」
「なんだとっ! リンにケガさせたのはお前のところの侍従だぞ」
皇子の部屋の前では大勢の侍従が白虎を取り囲んでいる。皆様子が変だ。
「どうした? 何があったのだ?!」
「青龍、今頃来やがったのか! 遅いぞ。お前が甘やかすからだ」
「白虎がどうしてここに? リンがケガをしたのか?」
「皇子の侍従に襲われたのさっ」
「はあ? そんな馬鹿なっ!」
「青龍様っ。皇子に危害を加えるモノを排除してくださいっ」
「なにをぉ! お前らっ……」
「待て! 何かがおかしいっ。侍従よ。皇子に合わせてくれ」
「だめですっ。皇子様は臥せっておいでですっ。誰にもお会いになりません」
「お前達……なにか勘違いしているのではないか?! 神官が神である霊獣に対する礼儀がなっていないではないのか!?」
青龍の声が低く響き渡るとその身体は人型から竜に変化した。落雷が周りで起こる。
「ひぃいっ」
「うわぁあっ」
「ちっ、俺が獣体になるのを我慢してるのにさっさと本体現しやがって」
「早くその扉を開けなければお前達など、ひとひねりにするぞっ!」
青龍が言い終わる前に白虎が扉を尻尾で破壊していた。
「み、皇子様には暴力はおやめくださいませっ」
「皇子様は我らが……」
侍従達はベットの前にひざまづき霊獣たちに頭を下げた。
「お前たち、目を覚ませっ! しかと自分の目でみるがいい!」
「……えっ?」
侍従達がふりかえるとその部屋には誰もいなかったのである。
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