第15話 幸せだった記憶

『さて。ここまで来たが、やはりこの先は結界が厳重に貼られているな。おい、侍従達の足止めはめくらましにもならねえかもしれんな』

 おれの身体の奥から声がする。それに対して返事を返してやった。

「そうかもしれない。でも、おれのせいじゃない。あいつらが勝手におれを皇子だと祀り立てたんだ。おれにとっては良い迷惑だった」

『はーはっはっは。お前は本当に自分勝手な奴だ。だからこそ俺がつけこんでいるんだがな』


「うるさい。本当に麒麟きりんつがいになればここにずっと居られるんだな?」

『ああ。そうさ、四神の一員として認められる。今度こそお前は独りにならずに済むんだ』

「皇子になれるならなんだってする」

『ハッハッハ。その意気さ。自分勝手な皇子さんよ』



「そこで何をしているの?」

 ふいに話しかけられビクつくと、背の高い細身の青年が立っていた。銀髪で顔が隠れていて表情がよく見えない。いつの間にか奥の部屋の扉が開いている。みかけない人だ。誰だ? いったい?

「おれは麒麟きりんの皇子だ。だからつがいに会いに来た」

「へえ……つがいに会ってもいいって許可をもらったの?」

「何を馬鹿な。自分のつがいに会いに行くのに許可などいるわけがないだろう」

「ねえ、その考えは君の考えなの? それとも操られてるの?」

 首を傾げた仕草に前髪の合間から瞳が見えた。この人あの子と同じオッドアイだ!

「くっ……その瞳は? 『お前、麒麟きりんだな?』」


「だったらどうするの? あいにく君に時間を割くつもりはないよ」

「『へっへっへ。チカラをなくした麒麟きりんなど相手に足らぬわ!』」

「皇子よ。このままだとお前後悔するぞ」

「な、なにをエラそうに! おれには青龍がついているんだぞ……」

「ここで暴れて青龍が喜ぶと思の? 」

「『皇子よ耳を貸すな。所詮は片割れ。チカラのない今が……お前?』」

 一麒かずきが角度を変えると扉の奥で真っ赤な菅服を着た青年が倒れていたのが見えた。

「『お前? 本当に麒麟きりんなのか?』麒麟きりんって癒しの神じゃ?」

「うわさに捕らわれすぎじゃないのか?」

「もう、そんなのはどうでもいいよ。ほら、おれと番おうよ。身体の奥が疼いてたまらないんだ」

 おれは身体を目の前の青年にすり寄せていた。自分でも驚きだがこれはおれの中に居る奴のせいだろう。もう体もこいつの思うように動いてしまうのか?おれは、ほほ笑みながら麒麟きりんと呼ばれた青年の腰に手を伸ばす。


「お前が……リンを襲わせたんだな?」

 顔をゆがめた青年がおれの首を掴んだ。

「ぐっ、何をするんだ?」

「このまま浄化させてもらう」

「や、やめっ 『ぐああああっ……』」


 ふいうちをくらった。そのまま気を失う前におれの身体から黒い煙が抜けていったのが見えた。

「くそっ。逃がしたか!」



◇◆◇



「皇子! ……一麒かずき? どうして?」

 侍従達の異変に、もしやと思い麒麟きりんの元に駆け付ければ、目の前で一麒かずきが皇子の首を絞めている姿が見えた。何がどうなっているのだ?いつ目覚めたのだ?それに麒麟きりんである一麒かずきは殺傷事を好まないはず。皇子が何かしたのか?皇子に限ってそんなはず……。

「青龍、後は頼む。この時間、無駄には出来ないんだ」

 困惑し考えがまとまらない。それなのに一麒かずきは身をひるがえして駆け出していってしまった。


「ええ? 一麒かずき? 何があったんだ?」

「ん……ぁ。……」

 床に横たわる皇子からうめき声が聞こえた。慌てて膝をついて抱き起こす。

「皇子? 大丈夫か? 私だ。青龍だ。わかるか?何故一麒かずきがお前の首を絞めたのだ?」

 返事はない。気を失ったのか?艶のある黒髪。眠っている皇子は美しかった。  

                                 

「ふむ。これは青龍、貴方の責任でもありますねえ」

 柱の影から玄武げんぶが現れる。影と同化していたからわからなかったのだ。

「え? 玄武? お前、ここで黙ってみていたのか?」

「……まあそういうことですね」

「では何があったのか教えてくれ」


「大体の予想はつくのでは? 普通ならこの現状で皇子を庇おうとはしないでしょう」

「何を言う。皇子は……リンだぞ」

「偽名ならどうします?」

「まさかっ。この聖廟殿せいびょうでんに入れたこと自体が証拠だ」

「ふふふ。では、あの侍従達の凶行はどうなんです?」

「あれは……皇子に酔心して、皇子の事を皆心配して……」


「違うでしょう? どうやら侍従達は負の感情に支配されていた可能性が高いのでは?この子は麒麟きりんの皇子でないとここに居れないと勘違いしたのではないですか? 貴方がもっと早くにリンが自分ともつがいになれると教えてやればよかったのでは?」

「それは、どの口が言うのだ? 今まで散々、麒麟きりんつがいだと教えてきたのに」

「馬鹿ですねえ」

 玄武げんぶがあざけりに近い笑みを返してきた。だが言いかえすことが出来ない。


「ぐ……そうだ。私は馬鹿だな」

「ではしばらくの間、その子は私が預かりましょう」

「な?! 何故だ? 皇子は、この子は……」

「リンは四神の皇子です。貴方のものではないでしょう? 貴方はちょっと頭を冷やした方が良いでしょう」

「…………」

 玄武げんぶが皇子を横抱きにして抱えなおす。


「それからそこに転がってる朱雀すざくの手当てをしてあげてください」

朱雀すざくの手当て?」

 奥の扉を除くとそこには朱雀すざくが転がっているのが見える。

玄武げんぶ、これはいったい……?」

 ふりむくと玄武の姿は皇子と共に消えていた。

「ああっちくしょう! 」


 仕方なく扉の奥に入るとそこには朱雀すざくが幸せそうに眠っていた。



◇◆◇



「うっ……痛っ。腕が熱い……はぁ」

 リンが目を覚ますと部屋には誰もいなかった。

一麒かずき? 白虎? どこに行ったのかな?」

 普段なら決して結界の部屋から一人で出ることはないのに、何故か身体が部屋の外へと向かっていく。

 ふらふらと部屋を出た途端、黒い煙に覆われた。煙は腕の傷の中に入り込んでいった。

「うわっ、なんだこれ?!」


「うっ……苦しい。腕が痛い。ここは? どこ?」

 リンが目を覚ますと見慣れた天井が見えた。 四畳半の学生寮の部屋だ。

「あれ? 僕って確か、聖廟殿せいびょうでんにいたはずだけど?」

 夢だったのか? 今までのが全部? 長い夢だったなあ。


 けたたましい目覚ましの音に飛び起きた。

「いっけない! 二時限目の授業に遅れちゃう!」

 いつもと変わらぬ風景。すれ違う同級生たちに挨拶をし授業に出る。

 ひさしぶりの大学は新鮮だった。よし学園生活を謳歌するぞ!


 昼は女子大生に人気のロココのパン屋に行った。

 焼き立てほかほかのパンは最高においしかった。

「ロココのパン。買いすぎちゃったなあ」

 ああ、幸せだ。好きな勉強もできるし……でも、何か大事なことを忘れてる気がする。

 なんだっけかなあ?


「リン。しばらく見ないうちに大きくなったな」

「じいちゃん? 本当にじいちゃんなのか! ああ懐かしいなあ」

「ほっほっほ。わしはまだまだ若いモノには負けぬぞ」

「はいはい、わかってますって。長生きしてね」

「おう! リンの花婿姿を見るまでは長生きするぞ」

 大好きなじいちゃんにまた会えた。なんて素敵なんだ。



◇◆◇



「『ふう。間一髪だったな。始めからこうしとけばよかったんだ。元の実体を意識下の底に閉じ込めてしまえばよかったんだな。そうすれば思いどうりに動かせるってわけだ』」


「……リン。大丈夫か? 寝てなくてもいいのか?」

「『え? びゃ、白虎? い、いや、もう大丈夫さ。それよりなんでここにいるんだ?』」

「何を言ってるんだ。もともとこの部屋は俺の部屋じゃねえか。さあ中へ入ろうか?」

「『い、いや、今から水を飲みに行こうとしてたんだよ。は、はは』」

「水なら俺が取りに行ってやるさ。それより結界だらけの部屋には入れないってことはないだろ?」


「『くっ。いや、おれは麒麟きりんに会わないといけないからさ』」

「へえ。麒麟きりんにねえ……リンは自分の事を俺とは言わないのにどうしたんだ?」

「『な、なにを言うのさ、ちょっといい間違っただけじゃねえか』」

「うるさいんだよ! リンはそんなに臭いにおいさせねえんだ!」

「『なっ? この身体はもうおれのもんだ。もぉこいつは夢の中から出てこないぜ』」



◇◆◇


 じいちゃんに会えたって? じいちゃんは目の前にいるのに、この違和感はなんだろう。


「にゃあん」

「ん? シロ? どうしたんだい? そうだ美味しいパンがあるんだよ」

 この白猫は最近大学の周りでよく見かける子だ。僕はカバンの底からロココのパンをとりだした。

 小さくちぎって手のひらの上に乗せてやると匂いを嗅いだ後にはぐはぐと食らいついた。


 あれ? この光景どこかでみた気がする?


 ふいにシロがこちらを見つめた。じっとその目に見つめられてるうちに違和感が大きくなる。

 これは僕の記憶だ。幸せだった僕の記憶。

 そうだ、じいちゃんはもういないんだ。その悲しみを乗り越えて僕は志望大学に合格したんだ。 


「僕は今、夢の中にいるってこと?」

 シロに話しかけてみると、白猫がニヤっと笑った気がした。


「はあ~い。また会ったね?」

 チリ―ンと鈴の音が聞こえる。白猫だったシロがいつの間にか白い衣装を着た青年になっていた。

「貴方は、確か前にもあったことが?」

「そうだよ。君ったらまたこんなところで彷徨っているんだもん」

「貴方は誰なんですか?」

「ぼく? ぼくは白澤はくたくだよ。麒麟きりんのお友達さ。ねえ、君。早く戻ってあげてよ」


麒麟きりん? ああ、そうだ。僕は麒麟きりんだ!」

「ふふ。おやおやもう自覚があるんだね? だったら一麒かずきに伝えておくれよ。慣れないことをして傷つくのは自分だよってね」




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