第6話 謎の女 2

 工場の中庭にたどり着いたとたん、ラドゥは。驚きの余り声を上げそうになった。

 カジャリとアガは既に捕らえられ、工場を取り囲む鉄柵に縛り付けられているではないか……! 二人は全身を殴打されたようで、ぼろきれのような腰巻だけが巻かれた身体の至る所から赤黒い血をにじませたままぐったりしている。そして十数人の男達が二人の「極悪人」を厳重に見張っている。そのうちの半分がラドゥ達と同じアマン人の地元警察官、残りの半分は銃を手にしたカサン兵だった。

 カジャリの父親とアガの姉が座り込み、大声で泣きわめき、額を地面に赤茶色の土に擦り付けるようにしながら二人の命乞いをしている。

「おねげえだ! これは何かの間違いだ! わしのせがれはそんな子じゃねえ! 村長さまにはいつも感謝してたんだ! 殺すなんてとんでもねえ!」

「うるさい!」

 アマン人の警察官は老人の肩を蹴飛ばした。

「年寄りに手荒な事はやめてくれ! 一体どういう事だ?」

 ラドゥは大声で警官とカサン兵に詰め寄った。

「昨日の今日じゃねえか! この二人がやったという証拠はあるのか!?」

「事件が起こった後急に姿を消した。その怪しい行動が何よりの証拠だ! 現場に残っている足跡もこいつらのものとそっくり同じ大きさだった。二人共白状したぞ」

 ラドゥは努めて冷静に、怒りの感情を怒りの感情を面の皮の下に押し込めながら、カサン兵の方を向き、カサン語で言った。

「こんな乱暴な話ってありますか。怪しいからって十分な証拠もなくひっとらえてこんなひどい目に合わせるなんて。こんな事、全く偉大なカサン帝国にふさわしくねえ。こんなのは野蛮な未開の国のやり方だ。そう教わってきました。カサン帝国のような進んだ文明国はこんな事はしねえって」

 カサン兵は少しばかり驚いたような顔をした。貧しい農民の男がカサン語をすらすらと喋った事が意外だったのだろう。と同時に、「こういう奴は面倒臭い」と言わんばかりに、苛々した調子で告げた。

「お前は新しく制定された国家安全緊急条例を知らんのかね」

「聞いた事はありますが」

「その中で、帝国に対する重大な反逆行為とみなされる犯罪に関しては、テロ抑止の観点から裁判を経ず速やかに刑を執行すべしと定められている。本件はそれに該当すると判断された」

「そんなバカな事がありますか! あんな若い子らが、国家反逆だのテロだの、そんな大それた考えをするはずねえ!」

「お前は殺人犯を擁護するつもりか? 事実、二人の命が奪われているのだぞ。それが取るに足らない事だとでも言うのか?」

「いいや、そんなつもりじゃ……!」

「これから公開処刑を行う。しかし卑劣なテロリストのために神聖なカサン帝国兵士の手を煩わせ、銃弾を使うのはもったいない。お前らの仲間はお前らの手で始末しろ。鋤でぶん殴るなり鎌で切り刻むなりしろ。農民らしくな!」

 警察官の一人が命じた。

「そんな無茶な! こんな事が許されるのかっ!」

 ラドゥは声を張り上げた。これ以上、冷静さを取り繕う事など出来ない。

「家族や子どもも見てるんだぞ!」

「帝国の平和と秩序を脅かすとこうなる事を、子どもらの心にも刻み込まねばならん」

 カサン兵の冷徹な声がラドゥの叫びを圧し潰す。

「お前が見本になって最初にこいつの脳天をぶち割れ! そうしないと村人全体にテロリストの疑いがかかるぞ! ほら、農民らしくそこにある鋤を手に取ってな!」

 そう言う警察官の口髭には嘲るような笑いがうっすらと浮かんでいた。

「ラドゥよう、せがれを助けてくれ! これは何かの間違いだ! せがれはこんな事しねえ! カサンの兵隊に言ってくれ! どうかお願いだ!」

 老人の声が耳をつんざく。ラドゥは立ち尽くしたままだった。ザラザラした砂がしきりに顔に叩きつけるのを感じた。

(こんな事が許されていいのか? いや、いいはずねえ! 神聖なカサン帝国ではこんな野蛮な事は決して許されねえはずだ。そうでしょう? オモ先生……)

 ラドゥは心の中で必死に、かつてカサン語や様々な知識を教えてくれた恩師に呼びかけていた。

 ラドゥの全身はブルブル震えた。その額に、唇に、肩に激しくぶつかる砂の一粒一粒が熱を帯びている。二人の村の若者を殺せと示された鎌や鍬を手に、逆に警官やカサン兵に躍りかかりたった。

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