第24話 橋 2
やがて、不意に視界の先の霧が晴れ始めた。そして、細く煙を立ち昇らせている一軒の小屋が見えてきた。それこそが、ラドゥ達の目指す場所であった。小屋の前では一人の男が銃を膝に乗せてしゃがみ込んでいたが、ラドゥとカッシの姿を目にするとサッと立ち上がり、笑顔を見せた。恐らくこの男は二人の到着を待ち構えていたのだろう。オムーという傑出したリーダーを持ち、強い戦闘力と組織力を持つラハン団の噂は、彼の耳にも届いているはずだった。
しかし男の招きで小屋の中に入ると、そこには友好的な雰囲気などみじんも無かった。小屋の中にはニジャイがいた。ラドゥは彼を見るなり、背中に冷や水をかけられたかのよゾッとした。ニジャイの顔の下半分は笑っているが、目は全く笑っていなかった。昔から虫の好かない奴だと思っていたが、彼のまとう不可解で不気味な印象はますます強まっている。
「おめえらが俺らの金を欲しがってるのは知ってるぜ。だが俺はおめえが俺の大事なおもちゃを連れて逃げた事は忘れちゃいねえ」
「自分の妹をおもちゃ呼ばわりとはな。ヌンはこっちじゃ立派な戦士だ」
「それがお前らの女のかわいがり方か? だが女を戦士にするのとおもちゃにするのとどっちが残酷だ?」
「なに、ヌンが戦うのは自分の意志だ。下手な事を言うとやられちまうぞ。ヌンは昔のヌンじゃねえ」
ラドゥはかつての不良同級生に、かつて以上の苛立ちと嫌悪感を感じつつも、その感情をグッと腹に押し込め、なるべく穏やかに言った。
「女達を可愛がってやる必要はねえ。こっちじゃ女は自分の意志でやりてえようにやってる。金もまあ要らねえ事はねえが、それより欲しいのはおめえさん達の知恵と力だ。その代わり俺らはおめえさん達に協力する」
「へっ、貧乏人のおめえらの協力なんかこっちは必要としちゃいねえぜ」
「おめえさん達がそう思うのは無理もねえ。おら達には何の後ろ盾もねえ。だがな、それでもなかなかうまくカサン軍と戦ってるぜ。ジャングルでのゲリラ戦はお手の物だ。勇猛果敢なシャク・ジーカがジャングルを制すりゃ鬼に金棒ってもんだろう?」
シャク人はアジェンナがカサンの支配下に入る以前、ピッポニア支配下にあった時、アマン人より高い地位を与えられてきた民族なのでプライドが高い。ラドゥは彼らの誇りを傷付けないよう、かといって決して卑屈にならないよう話し続けた。途中からシャク・ジーカの頭目ユーシャンギーも現れた。ユーシャンギーもまた、ラドゥが話す間ずっと強気な姿勢を崩さなかった。ピッポニア製の高級な紙煙草の煙を吐き出しつつ、低姿勢に話続けるラドゥを見下ろしている。「自分らはお前らの協力など必要としていない」と言わんばかりだったが、ラドゥは相手の目の奥がずっと揺れているのに気付いていた。ラドゥが特に強調したのはラハン団の中の女性兵士の活躍や、ラハン団に協力する山の民の知識や能力の高さだった。シャク・ジーカの面々が決して彼らを見くびる事が無いよう釘を刺しておく必要があった。
「これは山のもんと農民が協力してこしらえたもんだ。ピッポニアの煙草程上等じゃねえが」
ラドゥはそう言って、濡れないように妖獣の皮の袋に入れていた煙草を懐から取り出し、相手に差し出した。シャク・ジーカの頭目は、驚いたように眉を動かした。煙草まで自製している余裕を見せつける事は、ラドゥの計算の内にあった。
ユーシャンギーはラドゥの話を一通り聞いた後、ついにラハン団の頭目のオムーに会わせて欲しい、と望みを口にした。
ラドゥとカッシが来た道を戻る頃には、激しい雨もすっかり止んでいた。
「ラドゥ」
カッシはラドゥの方を振り返りながら言った。
「おらはな、言葉ってのは魔法みてえなもんだとずっと思ってた。マルやナティの言葉を聞いてると、何というか、こう、うまく言えねえけど、自分が全く違う生き物に生まれ変わるような気がするんだ。この体に翼が生えて空を飛びまわったり、海の底を泳ぎまわったり、そんな事が本当に出来る気がしてくるんだ」
「うん、分かるよ、分かる」
ラドゥはそう言って微笑んだ。
「だが、ラドゥ、おめえも実際のところ、大した言葉の魔法使いだ」
「そんな事はねえ。おらはまるっきり話はうまくねえ」
「いやいやそうさ。シャク・ジーカの連中は、以前はおらの事を虫けらみたいに見てたもんだ。だが今日は違った。おめえがいい具合に話をしたからだ」
「おらは大して話しちゃいねえよ。おめえ達山のもんの良いとこは、あいつらも自然に分かったに違いねえ。だいたいおめえの案内のお陰であいつらに会う事が出来たんだしなあ」
「いんや。これはおめえの力だよ。おめえが喋ってるうちにあいつらの目の色がだんだん変わっていくのが分かった。おめえは本当に、言葉の魔術師だ。おめえが話すのを聞いてると、シャク・ジーカの連中とも分かり合えるかもしれねえって気がしてきたよ」
ラドゥが再びラハン団のアジトに戻ると、オムーに今日の仕事の成果を報告した。ユーシャンギーがオムーに会いたがっている事、女性への淫らな振る舞いや魔法の実の濫用など規律の乱れはラハン団では許されない、という事も理解してもらえた事を告げた。ラドゥの報告を聞き終えたオムーは、厳しく顔を引き締めたまま言った。
「だからといって完全に気を許せる相手ではない。特にニジャイは、いつ人を裏切るか分からん男だ。あいつの父親を見れば分かる。あくまでも戦略として、奴らを利用するのだ。我々に対する背信行為が無いか常に監視を続ける。いいか」
「ラドゥ、おめえは本当に橋だな」
腕を組んで話を聞き入りながらナティは不意に口を挟んだ。
「橋?」
「俺は昔、おめえが橋を渡ってこっち側に来て学校に通ってた頃をよく覚えてるよ。俺の家から見えた。それで、ああ、もう学校に行く時間じゃねえか! って思ったもんだ。卑しい妖人の暮らす地域にわざわざ橋を渡って来る変わり者はおめえ位なもんだ。それでな、今は思ってる。おめえは人と人を繋ぐ橋だ。まさかシャク・ジーカの奴らと繋がる日が来るとは思わなかった」
「そうか。褒めてくれてるんならありがてえ。そんで、おめえがシャク・ジーカと繋がる事に納得してくれてるんなら、こっちとしても満足だ」
「しねえ訳にはいかねえだろ。おめえがこんなに辛抱してやってくれてるんだから。俺がカッカしてぶち壊しにする訳にはいかねえさ」
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