第25話 橋 3
十人余りが車座になって座る真ん中には、カサン兵から奪ったラジオが一つ置かれていた。電波の受信状況悪く、雑音交じりであるが、それでもアジェンナ国王ヤーシーンの声は鮮やかに薄暗い小屋の中に響いていた。
「我々の生活を追い詰める敵の正体を見極めなければならない!」
皆は押し黙ったまま、ラジオから聞こえてくる声に耳を傾けていた。アジェンナ国民軍の司令官でもあるヤーシーン王が、カサン帝国の敵であるピッポニアの侵攻がアジェンナに迫っているとしてその備えを説いている。アジェンナ国民軍はカサン帝国を脅かす外敵と戦うためにアジェンナ国民によって構成された軍隊であり、ヤーシーン王によって結成された。カサン帝国軍の下部組織ではあるが、直接の支配下には無くより自立度が高いと言われている。
「カサンの犬め! こいつにアジェンナの王を名乗る資格は無い。カサンに尻尾を振ってカサンの餌で生きている男だ」
オムーが吐き捨てるように言った。
「しかし敵がピッポニアとの闘いに気を取られている間は我々にとってもチャンスである。まずはこのカサンの操り人形を焼き尽くし灰にしなければならない」
その時、ナティが不意に口を挟んだ。
「ヤーシーン王は本当に俺達の敵か? 俺には悪い男には思えねえんだが」
「いきなり何を言い出す」
オムーが不機嫌そうに返す。
「だって写真見りゃハンサムだし、いい声してるじゃねえか」
ナティはそう言ってニヤリと笑った。
「ナティ、しょせんお前も女だな」
別の一人が言った。ナティは相手を一度睨みつけてから続けた。
「俺は真面目に言ってんだよ。王はよく演説で英雄エディオンの話をするよな。エディオンは幼い頃敵国の奴隷になったけど、自分の国を滅ぼした敵に忠誠を誓うと見せかけて復讐の機会を虎視眈々と狙ってた。王がエディオンの話をよくするのはアジェンナ国民に対する隠れたメッセージじゃねえか?」
「考え過ぎだ。ヤーシーンの直接の命令で首都付近で活動する反カサンゲリラのメンバーが何人も捕らえられて処刑されている」
「それはたいがいゲリラの側に非がある場合だと思うぜ。非武装の女や子どもを襲ったとか。特にふた月前の、タガタイのカサン語教師の集会に突入して何人もなぶり殺しにしたあの事件はひどかった。殺されたのはほとんど女だっていうじゃねえか」
「カサン語教師は民間人ではない。軍属だ。そんな事はお前も知ってるだろう!」
オムーが声を荒げた。
「そりゃそうだが……」
「いいか! カサンの兵士は我々の田畑を踏みにじり、町を破壊し、富を奪った。一方カサン人教師は我々の心を踏みにじり、カサン語を植え付ける事で思考力と魂を奪った!」
「オムー! おめえ、カサン語の勉強なんかろくにしてねえくせによくそんな事言えるな。俺はカサン語の勉強はみっちりやったが、魂を無くしちゃいねえぜ」
「黙れ!」
オムーは口数は少ないが、その声には刺すような響きがあった。さらに長い前髪に隠されていない方の目でギロリと辺りを見回すと、周りはシンと黙り込んだ。しばらくの間、ランプに集まって来る虫の羽音ばかりが聞こえていた。
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