第11話 森のアジト 2
その時、
「ラドゥ」
自分を呼ぶ声に、ラドゥはハッと周囲を見渡した。その声は頭上から聞こえてくる。ラドゥが森の梢辺りを見上げていると、何と、巨大なフクロウのような生き物が木の枝にとまって、丸い目をピカピカさせながらラドゥ達の方を見下ろしている。
(あれは……妖怪!?)
自分の名前を呼ぶのは果たして自分にとって敵意を持った妖怪か? ラドゥの足は竦んだ。
すると、フクロウに似た生き物は木の枝と幹を伝って身軽に地上へと降り立った。
相手は自分と同じ背格好の男であった。翼と見えたものは鳥の羽を集めて作った頭からすっぽりかぶる形のマントだった。
「ラドゥ、おめえならきっと来ると思った」
ラドゥはあっけに取られて相手の顔をしばし見つめていたが、次の瞬間、頭の中に遠き記憶の中にある見知った人間の記憶が閃いた。
「おめえ、カッシか!?」
カッシはかつて、オモ・ヒサリ先生の学校で一緒に学んだ仲間だ。しかし「山の民」であるカッシは他の仲間とは距離があった。ただマルとナティだけは彼と仲が良く、よく一緒遊んでいた事を覚えている。
「おめえもゲリラの仲間なのか?」
「そうじゃねえ。ただナティは友達だ。だからあいつに頼まれりゃ協力する」
「危険だと思わねえのか?」
「危険もあるが、これから先の事をいろいろ考えて決めた。山の仲間をこれから守っていくにはどうすればいいかを考えた。おめえもそうじゃねえのか?」
「おらはまだナティに協力するかは決めたわけじゃねえ。ところでおめえをおら達の迎えによこしたのはナティか?」
「ああ」
「なるほどな。ナティの考えそうな事だ」
「これから森の中を歩くが、そのサンダルじゃいけねえ。この靴に履き替えな」
カッシは木陰から麻の袋を引きずり出し、中から何足もの立派な靴を取り出した。
「みんな死んだカサン兵の足から取って来たもんだ。嫌かもしんねえが、森ん中を歩くにゃこれを履かねえと」
「妖獣の靴ね!」
スンニがそう言って忌々しそうに舌を鳴らした。
「この靴が、散々あたし達の生活を踏みにじったんだ!」
「靴は悪くねえ。靴を履く人間の心がけ次第で、良いものにも悪いものにもなるんだ」
ラドゥは妹の方を振り返って言うと、妖獣の靴に履き替え、カッシについて歩き出した。
「カッシ」
ラドゥは目の前を行くカッシの背中に声をかけた。
「おめえは以前、おらをニジャイ達のアジトに案内してくれたな」
「ああ」
「ニジャイとナティの組織は繋がってるのか」
「つながっちゃいねえ。ニジャイ達の方はシャク人の組織で、ナティの方はアマン人でおまけに妖人ばっかりの組織だ。お互い、相手の事は良く思っちゃいねえ」
「そうだろうな。カサン人が嫌いって事だけがあいつらの共通点か?」
「そうみてえだ」
「それでおめえはナティ達の仲間に加わったってわけか」
「仲間ってわけじゃねえが、頼まれりゃ協力する。ナティは俺に親切だからな。だが他の人間が俺ら山のもんを仲間だと思ってるかっていうと、そうじゃねえ」
「そうか。いろいろあるんだな」
ラドゥはカッシの言葉を聞きながら、ナティはああ言うけれども果たして自分達農民が妖人を中心としたゲリラの仲間とうまくやっていけるだろうか、と不安を抱いた。
突如、頭上から、
「イヒヒヒヒ!」
という甲高い笑い声が降り注いだ。
「ひゃあああ!」
ラドゥの後に続く者達から悲鳴が上がる。
「猿の精のお出迎えだな」
カッシが言う。ラドゥはサッと声のする木々の梢を見上げた。いつの間に集まったのだろう! 数十ものテナガザルのような生き物が、木々の枝の間から一行を見下ろしている。ただ普通のテナガザルと違うのは、みな口に手を当てたり腹を叩いたり、人間そっくりな仕草で笑っている事だ。
「ひえええ、おっかねえ! やっぱりこんな所はごめんだ!」
「食われちまう!」
そんな声が次々と上がる。農民達は日々、いかに禍々しい妖怪を身辺から遠ざけるかを考えながら生きている。それは農民達の本能といっても良かった。こんな妖怪の跋扈する森に足を踏み入れるなど、とんでもない事だった。
「怖がるこたぁねえ。あいつら、俺らに悪い事はしねえ。ただからかってるだけだ」
ラドゥは振り返り、カッシの言葉を仲間に伝えた。回れ右してこの場から逃げようとしたところで、誰一人、カッシの案内無しに元の場所に戻る事は出来ないのだ。
「おめえは大したもんだ」
ラドゥはかつての級友に言った。
「森の中をこんなに、恐れる事も無く自由に行き来出来るんだもんな」
「なに、おらにとっちゃあ里の方が恐ろしいよ。里の人間は山のもんにしょっちゅう意地悪をする。妖怪は時には恐ろしいが、こっちがそっとしてりゃ人間みてえに俺らをいじめたりしねえ」
ラドゥはハッと胸を衝かれた。それからしばらく、黙り込んだままカッシの後について歩いた。
森の奥へと続く道は、カッシにははっきりと「道」と認識出来るようであったが、それは木と木の間の隙間に過ぎず、ラドゥ達は必死に顔にかかる蔦を払いのけ、背の高い尖った草と格闘しながら進まなければならなかった。
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