第2話 油の木 2

 今、黒ずんだ油の実を手にし、じっと見入っているうちに、ラドゥの胸には様々な思いが去来した。(この虫食いは一体どういう事だろう?) 

 稲作については先祖代々受け継がれて来た知識や経験がある。しかし油の木に関しては、全てが未知の連続だった。このまま放置すれば油の木の収穫は壊滅的な打撃を受ける。そうすればどうなる? 農園労働者かその家族の中に餓死者が出るのは確実だ。

「少しでも使えそうなのだけ荷台へ。だめなのはその辺りにまとめとけ」

 ラドゥはオーンに声をかけた。息子は返事もせず、黙々と言われた作業をしている。昔だったらそろそろ嫁をもらってもおかしくない年齢だ。しかし今のせがれに、そんな事を考えるいとまは無い。日々の労働は脳みその汗まで搾り取るかのようだった。仕事を終えれば疲れ果てて家にたどり着くなり土間に身を横たえて眠るばかりだ。村の娘と知り合いになり仲を深めてゆく祭りの場もめっきり減った。ラドゥは息子が本当に気の毒でならなかった。

 あぜ道の向こうから、クーメイが末の娘を連れてやって来るのが見えた。クーメイは夫と息子のそばまで来ると、二人を見る事もなく地面を見下ろし、そのままくたくたと崩れるように座り込んだ。ラドゥはクーメイの横にしゃがむと、妻の持って来た袋から竹筒と弁当の入った竹籠を取り出した。弁当も、腹を満たすには全く足りず、食用虫を炒ったものと木の根を蒸したものが入っているばかりだった。米はもう随分長い事口にしてない。ラドゥはオーンに

「少し休め」

 と言ったが、息子は

「ああ」

 と言っただけで作業を続けていた。その様子は、まるで何者かによって魂を抜き取られ、勝手に動かされているかのようだった。

「これ、食べれる?」

 小さな末の娘が油の実に手を伸ばすと、クーメイは

「やめなさい! 死ぬよ!」

 と言うなり幼い子の手をピシッと叩いた。クーメイは、かつてはこんなきつい物言いをする女じゃなかった。油の木の栽培が全てを変えた。

 かつては毎晩のように開いていた「勉強会」にも集まる者は少なくなり、三日に一度から七日に一度、十日に一度、とその回数は減っていった。ラドゥはこれまで労働の後の、まるで大地に沈みこむような体に鞭打って、勉強会を続けて来た。学問だけが、読み書きを覚え、本から知識を得る事だけが、この厳しい現状を打ち破る鍵だとラドゥは信じてきた。しかし勉強会には、息子のオーンさえ参加しようとしない。彼は過酷な労働の後、勉強よりも小屋に体を横たえて休息を取る事を好んだ。他の村の若者も同様だった。そのため、村の若者達はほとんど読み書きが出来ないままだ。そして今、村長の……いや、その背後にいるカサン人農園経営者の命令により、わずかな学習の機会も消え去ろうとしている。

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