第4話 油の木 4
その時だった。高床式の家の梯子段を誰かが慌ただしく駆け上がる足音を聞いた。ラドゥは、今の会話を誰かに聞かれていたのではと慌てた。
「スンニよ! 兄さん、いる?」
「おう」
ラドゥは聞きなれた妹の声に安堵したが、それは一瞬だった。簾を上げた妹のランプの明かりに照らされた表情は。只ならぬ事が起こった事を告げていた。
「どうした!?」
「兄さん、大変よ! 村長と役人が殺されたって!」
「な……何だって!」
「どうしよう、あたし達、どうなっちゃうんだろう……」
押し殺したスンニの声と顔が震えている。
「落ち着け。落ち着いて話せ。おめえ、一体どこまで知ってる? 村長と役人は野盗にやられたのか? それとも反カサンゲリラに……」
「それが、どうもやったのはカジャリとアガらしいの!」
「まさか!」
二人共、村の善良な農民の若者だ。
「本当か?」
「オルと家族が、二人が村長の家から血まみれで出て行くのを見たって! その後どこを探しても二人の姿が見当たらないのよ!」
自分達の仲間である村の若者が村長と役人を殺した……? もしこれが事実であれば、これからどんな恐ろしい事が待ち受けている事か。
「どうすりゃいいの? ねえ、あたし達、どうなっちゃうの!?」
「落ち着け! まだあいつらがやったと決まったわけじゃねえ。俺らは何も隠し立てせず、捜査に協力するって態度をお上に対し示すんだ!」
しかし、そう口にした直後から、ラドゥの体は微かに震え出した。全身に力を込めても、その震えは止まらない。カジャリとアガは、事あるごとに村長と役人に対する不満を口にしていた。しかし村長らに恨みを抱くのは筋違いだ。真に自分達を苦しめている者は他にいる。だが若い二人にはそれが分からず、目に見える自分より豊かな生活をしている者に怒りの矛先を向け、軽率な行為に出たのかもしれない。
「あの子達がやったにしても、あたしあの子達の気持ち分る。だってあたし達の生活、地獄そのものじゃない! だけど村長も役人もカサン人に媚びへつらうばかりで何もしようとしなかった! ただあたし達から巻き上げるだけ巻き上げて、いい思いして!」
「黙るんだ!」
ラドゥは妹に怒鳴った。
「人殺しに同情するんじゃねえ! 本当にやっちまったならとんでもねえ事だ! 擁護は出来ねえ! おら達は全面的に捜査に協力する態度を示さなきゃなんねえ。一切隠し立てしねえよう、村のもんみんなに伝えるんだ」
「…………」
スンニは黙ったまま怒りのこもった視線でラドゥを見詰めている。大きく見開かれたその目玉には血の筋が入っていた。
「まさかおめえ、あいつらの行先とか、何か知ってて隠してるんじゃねえだろうな……」
「隠しちゃいないわよ、兄さん! だけどあたし、あの子達だけが罪をかぶるなんて我慢ならない! みんな村長や役人の事恨んでたじゃない! あたし達のうちの誰かがやってもおかしくなかった!」
「そんな考えだから駄目なんだお前は! 本当の敵は村長でも役人でもねえ。何度も言ってるだろう!」
「何よ! そんな事言うんなら本当の敵をこの場に連れて来てよ! あたしがそいつの首を絞めてやる!」
「今はそんな事考える時じゃねえ! このとばっちりを村のもんが受けねえようにしなきゃなんねえんだ」
ラドゥのやるべき事は数限り無くあった。まずこの事件が二人の若者の思い付による出来事であり、他の村人達は一切関与していない事を明らかにし、警察に対し申し開きをしなければならない。そのため、一刻も早く村人一人一人に対する聞き取りをする必要がある。
しかしラドゥは、妻と子の眠る家にたどり着き壁にもたれかかったとたん、自分もまた泥のように眠り込んでいた。
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