第22話 地獄の鍋 3

 突然降り始めた雨により、屋外で戦闘訓練を受けていた少年少女達が、ラドゥがうたた寝をしていた小屋に次々と戻って来た。その中にはラドゥの甥のジュカと、ナティの甥のヤヤがいた。この二人は年が近いせいか、カサン軍によって家族を失ったという境遇の近さのためか仲が良く、いつも一緒に戦闘訓練を受けていた。

「ジュカ。竹槍を振り回す練習はそこそこにしとけ。おめえはそんな事しなくていいんだ。おら達農民の仕事は、地下壕を掘る事と焼き畑を作る事だ」

「おっさん! でもジュカは結構戦闘センスあるぜ! 農民にしてはな」

 「農民にしては」という言い方にムッとしたのか、ジュカは黙って顔に付いた雨粒を手で拭っていたが、やがてこう言った。

「ヤヤ、お前、間違って俺を刺すなよ。妖人に殺されたら俺、妖怪になっちまうから」

「そんな事はねえ! そういう事は迷信だ!」

 ラドゥはとっさに大声を出してジュカを戒めた。ジュカとヤヤは互いに悪態をつき合いながらも仲が良い事は知っている。しかし偏見や差別の芽は、どんな些細な事でお摘み取っておかねばならない。

「ラドゥ、それ、ほんとかよ!? 昔からみんな言ってるぜ。妖人に殺された人間は妖怪になって永遠に森の中を彷徨うって。でもそれって嘘っぱちか?」

 かつてのナティに似て生意気なヤヤが、いつになく真剣なまなざしをラドゥに向けている。

「おめえはどう思うんだ。お前の仲間の妖人の中で、カサン兵を殺した者がいるだろう。殺されたカサン人が妖怪になって出て来たのを見たか?」

「俺は知らねえけど、見たって人はいるぜ」

「人を殺した後ろめたさからそんな気がしただけだ。いいか、ちゃんと自分の目で物を見て考えりゃ分る事だ。おめえの相棒を見ろ。ジュカとヤヤ。どこに違いがある? 目が二つに鼻と口が一つずつ。同じ人間じゃねえか。妖人と農民の違いなんて、本当はねえ。妖人が呪われた恐ろしい人間だというのは嘘だ。分ったか」

 ヤヤとジュカは、ラドゥの強い言葉を前にしてシュンと黙り込んだ。そして二人で一瞬顔を見合わせたかと思うと、きまり悪そうに視線を空中に泳がせた。

「そんなら……」

 しばらくの後、ヤヤは再び口を開いた。ヤヤはいつまでもおとなしく黙り込んでいるような子ではない。

「なあ、ラドゥ、カサン帝国軍にはものすごく強い兵士の一団がいるらしいぜ。そいつら、妖人だから強いんだってみんな言ってる。妖人に殺されたら妖怪になるから、誰も戦いたがらねえって。でもそれが迷信なら怖がる事ねえな。安心して奴らを殺しに行ける!」

「おらはそんな事のために言ったんじゃねえ! おめえはまだ子どもだ。子どもが殺し合いなんかするもんじゃねえ!」

「俺は子どもじゃねえよ!」

「子どもだ。わざわざ命を捨てる事はねえ!」

 言ってしまってから、ラドゥは「まずい」と思った。自分がこんな事を子ども達に言っているとオムーに知られたら、ここから立ち去れを言われるかもしれない。しかしヤヤは子どもの頃のナティに似てませていて、いくらかずる賢い少年だった。

「ラドゥの言った事、オムーには内緒にしといてやるぜ。もしばれたらラドゥが困るだろ?」

 そう言って少年はニヤリと笑った。

「そうだな」

 ラドゥはゲリラの頭目であるオムーが、ヤヤのような少年達にまで「命を捨てる覚悟で戦え」と説いている事を苦々しく感じていた。しかしこのカリスマ性のある戦闘の天才のリーダーと何とか妥協点を探らなければならなかった。オムーにはまた、ラドゥら農民達に舐められまいとする余り虚勢を張るような所があるように見えた。その辺りも刺激しないよう気を配る必要があった。

 雨が降り出し屋外の訓練が中止になると、さっそく部屋の中での勉強が始まった。今日はナティによる「首おばけを操り敵にダメージを与える作戦」についての講義だった。「首おばけ」とは、下半身が無く首から内臓をぶら下げた姿で飛び回りありとあらゆる汚物をまき散らす妖怪だ。

「敵が休息を取っている場所に首おばけを送り込み、連中が干した洗濯物や食べ物の鍋の中身や兵器を汚させる。それによって敵の戦意を相当挫く事が出来る」

「俺、人面獅子や火吹き象を使ってガンガン敵をやりてえよ!」

 ヤヤが柔らかい頬を膨らませて地団太を踏んだ。

「首おばけを侮るな。あれを使った戦術は地味でも効果絶大だ」

「首おばけ作戦なんてチビにやらせりゃいいんだよ! 俺はもうガキじゃねえ!」

「ヤヤ! ちょっと黙って聞け!」

 ナティは甥を制した。

(まるで昔のナティみてえだな。負けん気が強くて向こう見ずで。その甥っ子にナティが手を焼いている)

 そう思うとラドゥはおかしかった。

「ラドゥ、笑ってねえでこいつに何か言ってやってくれよ」

 ナティは困り果ててラドゥの顔を見た。

「ヤヤ、ナティの言う事を聞け。おめえはまだ若い。危ねえ事はするな」

「年寄りばっかりに戦争は任せられねえ!」

「おいおい、おら達はじいさん扱いか?」

「みんな、よく聞け」

 ナティは一度首を振った後再び顔を引き締めて言った。

「お前らは若い。若者は未熟で経験がねえから危ねえ事はするなって言ってるんじゃねえぞ。お前らが新しい価値観を知ってるからだ。お前らには命を無駄にしない義務がある。この戦いの目的は何だ。もう一度思い出せ。それはただ単に敵を倒す事じゃない。全く新しい国を作る事だ。強い奴らが俺らから何かを奪うのでもなく勝手に何かを決めるんでもない。俺達が主人になり、全く新しい国を作るための戦いだ。若い者が死ねばその夢は朽ち果てる。以前勇者エディオンの話をしたな。戦争を生き抜いたエディオンは井戸を掘り道を作り町を築いた。それこそ我々のなすべき事だ。お前らは散って潔しなどと考えるな。新しい国の柱になるべきなのだ」

 ラドゥはナティの言葉に聞き入りながら思った。

(昔、マルが話をするのを聞いた時、あいつの言葉は水みてえだと思った。人の心に潤いと活力を与える水。マルの話を聞くと、人の心は生き生きと泳ぎ出す。だがナティの言葉は火だ。人の心を燃え立たせる火。二人はまるで言葉を使う魔術師だ。それに比べておらの言葉は何だ? まるで泥だな! 俺は二人みてえにうまく言葉を使う事は出来ねえ。でも、泥には泥に出来る事はあるんだ……)

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