第8話 謎の女 4

「おめえ、もしや、ナティか!?」

 かつてオモ先生の学校で一緒に学んだチビの悪ガキ。女の子のくせに男のようにふるまう変わり者。先生にすぐ口答えする天邪鬼のナティが、今やすっかり成熟した女になってラドゥの目の前に立っている。

「生きてたのか」

 もうずっと長い事行方をくらましていた。ゲリラの仲間になったという噂もあったが、ラドゥは信じていなかった。口は悪く喧嘩っ早いが心根は優しい奴だという事を、ラドゥは知っていた。

「馬鹿野郎。簡単に死んでたまるかよ」

「人面獅子に今また襲われたらおめえも死ぬ。すぐ逃げねえと!」

「その必要はねえ」

 ナティはきっぱりと言い切った。

「あの人面獅子は善良な村人は襲わねえ。あれが襲うのはカサン兵と、カサンの手下になって我々をいじめる連中だけだ」

「なんでそんな事が分かる!?」

「ラドゥ、昔、田んぼを荒らす人面獅子を俺らみんなで協力して退治した事があったな。あの頃から俺はだいぶ成長したぜ。俺は人面獅子を操る事を覚えた。人面獅子は今じゃ俺達の武器だ」

「ナティ、おめえ、まさか!」

「ラドゥ、おめえの言いてえ事は分かるぜ。『お前は悪逆非道なゲリラの一味になったのか』って、顔に書いてあるよ。だがな、悪逆非道なのはどっちだ? カサン人のせいでどれだけ俺らの仲間が死んだ? 奴らはみんな奪って行ったじゃねえか。あんたたちの土地も、くらしも、命も、俺達の歌も……」

 ナティの言葉を聞くラドゥの心に、様々な思いが過った。病によって倒れた弟や妹、仲間達、腹が減ったと泣きじゃくりながら死んで行った幼い子どもや老人……。「仕方が無い、これも運命だ」と、土に埋め込むように忘れ去ろうとしていた記憶が、ナティの言葉と共に次々と蘇る。

「人面獅子はただの猛獣じゃねえ。妖獣だ。この土地で、カサン人に恨みを持って死んで行った者達の怨念が憑りついてる。俺は長い年月をかけて、あの妖獣をカサン人と戦うための武器に変えた。ラドゥ、俺らの仲間になる気はねえか?」

「おめえは、それを言いに来たのか?」

「そうだ。はっきり言っといてやるが、おめえ達はもう元には戻れねえよ。カサン人は人面獅子の存在を知らねえ。犯罪者を処刑しに行ったカサン兵が戻って来ねえとなると、もう『これは土人らに殺された』って奴らは思うだろうよ。必ず奴らは報復しに来る。俺らに協力するか、それとも殺されるのを待つか、どっちかしかねえんだ」 

 ラドゥは黙ったまま立ち尽くしていた。ナティは一体いつからこんな大それた事を考えるようになったのか。

「おっと、もっといい話を聞かせてやろう。俺達の隠れ家は森の中にあって、『ムラ』って呼んでるんだが、そこには病院もあるし学校もある。バダルカタイ先生も俺らに協力してくれてるんだ! もしおめえ達が仲間になる気があるなら、川を渡った向こうの森の入り口まで来てくれ。覚えてるか? 昔マルが森の中に入り込んで行方が分からなくなった時にみんなで探しに行って集まったあそこだ」

 その時だった。クーメイの

「ラドゥ! ラドゥ!」

 という狂ったような叫び声が聞こえてきた。人面獅子が襲って来た時他の者と一緒に逃げたけれどもいつまでたってもラドゥが戻って来ないので心配して戻って来たのだ。

「兄さん! 兄さん!」

 スンニの太い呼び声も聞こえる。

「それじゃ、俺は行くぜ。俺らにゃお前の力が必要だが、お前らにも俺らの力が必要なはずだ。……おっと、奴らが残した銃も必要だぜ。象ワニ姉さん、みんな集めてくれ」

 ナティがピュイイッと口笛を吹くと、顔は象、体はワニの姿をした妖獣が現れ、地面を素早く這い回りながら鼻で次々地面に散乱した銃を巻き付けて背中に乗せ始めた。

 ラドゥは妻と妹が走って来る方向に向かって歩きながら大きく両手を振った。

「この通り、大丈夫だ!」

 二人と抱擁を交わした後、再びナティの方を振り返ったが、既に彼女の姿は無かった。まるで風が連れ去ったかのようだった。

(おらは、夢でも見てたんだろうか……)

 しかし、口の周りのしょっぱい汗を舐めているうちに、それが夢でないという思いが確信に変わって行く。スンニがギャッと悲鳴を上げ、クーメイが怯えた表情でそこに立ち尽くしている。食いちぎられた者達の肉片は、まだそこらじゅうに散らばっていた。そして黒々とした血が、灼熱の太陽の下でじりじりと地面に沁みてゆくのであった。

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