第12話 森のアジト 3
しばらく行くと、草木の刈り取られた広場にたどり着いた。そこには高床式の小屋が二軒並び、その間に人の背の二倍程の高さの「長おばけ」が立っていた。恐らく、外から怪しい侵入者がやって来ないか見張っているのだろう。
突然、空気を切り裂くような鋭い鳥の泣き声がした。さらに、それに応じるかのような、かん高い鳥の鳴き声。ラドゥはすぐにそれが鳥の鳴き声ではなく、カッシの口笛とそれに対する応答である事に気が付いた。
程なく、ナティが小屋の中から姿を現した。
「やあ、ラドゥ、お前ならきっと来ると思ってたよ」
「まだ仲間になると決めたわけじゃねえ」
「分かってる。ところでせっかく大変な思いをしてここまで来たんだ。まずは体を洗って飯でも食わねえか。全員いっぺんじゃ、ここは手狭だから半分は、ここからもうちょっと奥に行った所の小屋に分かれて。カッシ、案内してやってくれ」
「分かった」
カッシは答えた。スンニ、ヌン他五人がカッシの後について森のさらに奥へと進んで行く。
「さてと、あんた達みんな、一刻も早くその靴を脱ぎてえって思ってる事は知ってるさ。さっさと脱いで足も体も洗い流したらいい」
ナティはそう言って、高床式の小屋の床下に置かれた腰程の高さの水がめを指差した。
各々、体を洗いさっぱりすると、小屋の中に入った。小屋の茣蓙を敷いた床には、農民達が久しく目にしていないような食事の皿がいくつも並び、湯気を立てていた。ラドゥは仲間達がいっせいにズズッと唾を飲み込む音を聞いた。
「この中に汚らわしい妖獣の肉はねえから心配いらねえよ」
「でもカサン人から奪ったもんがあるんじゃねえか」
「それはある」
ナティは頷いてニヤリと笑った。
「盗んだ飯を食ったからには、おら達もゲリラの仲間になるしかねえってわけか」
「そういう事は言わねえ。心配せず食えよ」
ラドゥは、もう限界、といった様子で食べ物につんのめりそうになっている仲間達に、食べるように促した。背中と腹の皮が引っ付くかと言う程飢えている農民達は、無我夢中で木の皿や籠に盛られた肉や果物や木の実を手でつかみ、かきこみ始めた。
やがてナティが口を開いた。
「なあ、ラドゥ、よく考えてみろ。なんでこの国じゃずっと土地を耕してきたもんが飢えて、後からのこのこやってきたカサン人が主人面してたらふく食っていい気になってんだ?」
「そういう話は後からゆっくり聞かせてもらおう」
再び、食べ物をかきこむ音と咀嚼音だけが部屋に響く。
この時、突然部屋の扉が開き、二人の男が飛び込んで来た。それは昨日、村長と役人を殺した罪で門に縛り上げられてたカジャリとアガであった。
「兄貴! すまねえ! 俺らのせいでみんなをこんな目に合わせちまって!」
カジャリはラドゥの足元に来て、額を床になすりつけて謝った。
「どうしても我慢出来ねえで、気持ちのおさまりがつかねえでやっちまった!」
「本当にお前とアガがやったのか? それは確かなのか?」
ラドゥは素朴で善良なはずの若者の顔を見詰め返した。いつの間にか、カジャリの背後にはアガの姿もあった。アガの方はというと、達観したようなどこかふてぶてしい表情でそこに立っている。
「どうなんだ、お前達!」
返事をしない二人に代ってナティが口を開いた。
「二人はもう俺たちの仲間だ。元には戻らねえ。だがな、言っといてやる。二人は悪くねえ。村長も役人も、カサン人の手先になって俺らから搾取する犬だ。殺されたのは自業自得だ」
「そんな事はねえ! 話の分かる人達だった!」
「そうか? あの人達と話をして、ちょっとでも暮らしが良くなったか? おめえは俺みてえに喧嘩腰でまくし立てたりはしねえが、粘り強く何度も話したに違いねえ。だがそれで、事態はちったあマシになったか?」
ラドゥはそう言われるとぐうの音も出なかった。
「飯が不味くなる話はよそう。とりあえず今はくつろいで、満足いくまでたらふく食えよ」
ナティはそう言うと、小屋の奥に移動し、ドサッと座り込んだ。代りにカジャリが、ひょうたんに入った透明な飲み物をラドゥの前の木で出来た杯に注いだ。
「兄貴、妖人ってのは俺らが考えてた程おっかねえ奴らじゃねえ」
「分かってるさ。俺の方が妖人との付き合いは長いんだ」
「黙って上の言いなりになっても、俺ら飢え死にするばかりじゃねえか。おら、じいさんやガキが腹を空かせて弱っていくのをこれ以上見ちゃいられねえんだよ!」
ラドゥは黙ったまま、苦い酒を口に含んだ。自分の知っている酒の味ではない。恐らくカサン人からの略奪品だろう。非常に強い酒のようで、早くも首から上がカッと熱くなってきた
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