第8話 モリーユさん、ご立腹♡

 朝食は、最大速度で食べ終わった。シロハツさんが相当嬉しそうに、すっごく褒めてくれたけど、急いだのは褒めてもらうためじゃない。

 今日の予定が始まる前にクギタケさんと話すために神殿に行きたいのだ。シロハツさんが食器を下げに出ていった隙をついて、部屋を抜け出した。


 昨日、二度も往復したから、道はわかる。わかるんだけど……、人目が途切れない。部屋の前には警護の女性騎士が立っているし、廊下には仕事が始まる時間なのか、通勤ラッシュかと思うほど人の列が続いている。そして、皆が私を見て、ぺこりと頭を下げていく。

 聖女って、敬われてるんだなあ。

 それを確認して、すごすごと部屋に戻った。


 シロハツさんが戻ってくるまで、ぼんやり窓の外を見ていた。

 この国、アルトメルトはいつも気候が穏やかだそうで、日本の春くらいの過ごしやすさだ。ギリシャ風の腕が出た状態の服でも、寒くないくらいの気温。果物が豊富なのも、暖かさのおかげなのかな。


 日差しがぽかぽかで、満腹で、眠くなってくる。窓から見える景色もなんとなく春色で、遠くに見える森も花が咲いているのかピンクっぽい。

 本当に平和そのものだ。住むには良さそう。ただし、家族が一緒だったらだけど。


「アサヒ様、御召し物をお持ちいたしました」


 今日の服は白い布に金糸で刺繍が縫ってある。ちょっと豪華。布の巻き方が昨日とは違う。

 鷲か火の鳥か、そんな感じの鳥のマークが胸元にくる。肩から垂れさがる布に幾何学模様っていうかラーメン丼に描いてある龍と龍の間のぐるぐるした模様みたいな。なんだろ、神様と関係あるのかな?


 やっぱり、ふんわり巻いてくれてるから、胴体は丸く見えるかも。今日は肩も隠れてるから、昨日より太ったように見えないかな。お腹いっぱい食べたけど、体重は増えていない予感がする。

 そうだ、ここには体重計あるかな。あったら、確かめたいなー。


「おはようございます、アサヒ様」


「あ、モリーユさん。おはようございます」


 今日も変わらず、モリーユさんは神官服だ。神官長なんだから、当たり前なのだろうか。祭事には別のゴージャスな服を着たりもするんだろうか。


「いかがなさいましたか? 私になにか御用でしょうか」


「あの、体重計ってありますか?」


「はい、ございますよ」


「借りれますか!?」


 モリーユさんはぽかんとした。軽く口が開いてしまってる。そんなに驚かせるようなこと言ったのかな。もしかして、ものすごく高級なものだったりして。


「借りる、とは、このお部屋に運ぶということでしょうか」


「えっと、ダメですか?」


 きりっと唇を引き結んでモリーユさんは胸を張った。


「聖女様の御意向でございます。必ず、こちらへ運んでお見せいたします」


 なんだか、オオゴトな予感がする。私、やっぱりかなり変なことを言ったのでは?


「人手を集めますので、少々、お時間をいただきます」


 そう言って部屋を出ようとするモリーユさんを呼び止める。


「ちょっと待ってください。人手を集めるって、どのくらいの人数……?」


「さようでございますね。男手が十人もあれば」


 なんだそれ、引っ越しか!?


「いや、待って、待って、待ってください!」


 ぱたぱた走ってモリーユさんの腕を両手で掴む。あ、ふわふわで気持ち良い。じゃなくて。


「体重計って、もしかして、すごく大きいんですか?」


「はい。三属ほどの高さで、重量は五公ございます」


 単位がぜんぜんわからないけど、男性十人がかりで運ぶものが小さいわけはない。


「持ってこなくていいです! 私が行きます!」


 元気良く言うと、モリーユさんは、ちょっとほっとしたようだった。


 体重計は、それはそれは大きかった。高さはうちの床から天井くらいあるし、横にも大きくて、金属製で、なにより土台が分厚い。

 三十センチはあろうかという鉄っぽい金属の板。その上に極太のバネが九本。さらに人が乗る板も厚さ五センチはあると思う。乗ろうと思ったら、四十センチを踏み越えなくちゃならない。


「……すごく大きいですね」


「城で働いているもの全員が使用いたしますので、頑丈な造りになっております。アサヒ様、お手を」


 モリーユさんに手を貸してもらって、四十センチをなんとか上った。見上げると、ぶっとい針がメーターの左端を差している。


「モリーユさん、これって、どれくらいの重さですか?」


 針の先を指さして聞くと、モリーユさんは、さっきよりも驚いたみたいで、ぽっかーんと、口をあんぐり開けている。

 なに、なに? また私、変なことしてるの?


「あ、アサヒ様」


「はい」


「計測不能でございます」


「はい?」


 それって、もしかして、もしかすると。


「体重計の最小数値より、アサヒ様は軽くてございます」


 痩せすぎ判定、体重計よりくだされる。


 精神的な負荷により、気持ちは重くなるのに、体重計は動かない。そうだよね、この国の人って、みんな体重すごそうだもん。日本仕様の体重計だと、大きな人は計れないかもしれないよね。だけどさ、最小数値がもうちょっと小さくてもいいんじゃないかな。赤ちゃんだったら、私よりは軽いでしょ。


「申し訳ございません、アサヒ様。この体重計は大人用でございまして。赤子用のものはもう少し小さいのですが」


「……私、声に出してました?」


「はい、お言葉をうかがいました」


 考えが勝手に口から出るくらいのショック。さらに、赤ちゃん用の体重計じゃないと計れないくらい軽い体重と知って、さらにショック。

 もう、運動しない。お城の階段は、誰かにおんぶして運んでもらう。


「お取込み中に申し訳ございません、聖女様、モリーユ神官長」


 呼ばれた。誰だろ。四十センチ高くなった身長で見下ろしてやろうと思ったのに、その若い男性は私より二十センチは大きい。二メートルくらいあるのか……。筋肉の上に脂肪が乗った固太りだ。体重もさぞや重たかろう。


「ウェスティン王国の祝賀士が到着いたしました。ご挨拶にお出向きいただきたく、参上いたしました」


 シュクガシ。なんだそりゃ。


「わかりました。アサヒ様、どうぞ、お下りくださいませ」


 モリーユさんが手を差しだす。また手を借りて、体重計からぴょんと飛び降りた。


「応接の間にご案内いたします」


 二メートルさんが歩き出す。モリーユさんが私の後ろに立ったから、おそらく私が先に行かなきゃならないんだね。三人で一列縦隊になって歩いていく。そんでもって、階段を上るんだけど、二メートルさんなら私くらい軽々持ち上げてくれるだろう。

 けどさすがに、本当におんぶしてくださいとは言えなかった。乙女心ってやつかな。


 しかたなくフウフウ言いながら階段を上った。王様がいた部屋から二階下くらいの階だ。壁にそって騎士さんたちがズラリと並んでいる。お揃いの鎧の胸のあたりに鳥の紋章。私の服の刺繍とそっくりだ。国の紋章とかかな。

 私が前を通ると、騎士さんは左手に持っている槍を少し上げる。なんだろう、敬礼的なことなんだろうか。騎士の作法には詳しくないんだよね。日本人だから。


 廊下をぐいぐい進むと、一番奥に白いドアがある。ラーメン丼のみたいな金の模様がドアの周囲をぐるっと取り囲んで、まさにラーメン丼のようなたたずまいになっている。ああ、ラーメン、食べたいなあ。

 

 二メートルさんがドアをノックして、少し待ってからドアを引き開けた。軽く頭を下げて動かなくなった。入れって意味かな。

 ドアを開けてもらって突っ立っててもしかたないから、入ってみた。


 部屋の中も白くて金のラーメン丼状態だ。広―い部屋、たぶん、二十畳くらいはあるんじゃないかな。家のおじいちゃんとおばあちゃんの部屋が十二畳。その倍くらいはあるはず。


 その部屋の真ん中にラーメン丼風のテーブルがあって、おそろいのマークの椅子が十脚置いてある。使われているのは、そのうちの七脚。と言っても、座ってるわけじゃない。椅子を引いて立っている。全員、ドアの方を向いて、ということは私と真っ直ぐ向き合ってるわけだけど。


 四人の男性と三人の女性。全員、カラフルな服を着ている。アルトメルトとは違って、ローブみたいな衣装だ。長い裾と手先に向けて膨らんでいく袖。布の量が多くて、少し暑そう。

 七人それぞれ別の色のローブなんだけど、その色が、なんと。七人そろって虹色になる。赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍、紫。七人そろって虹レンジャー。なにと戦ってくれるんだろう。


「ウェスティン王国の皆さま、お待ち申し上げておりました。遠路のお越し、まことに感謝に堪えません」


 いつの間にか隣に移動していたモリーユさんが挨拶し始めた。


「私はアルトメルト王国、神官長、モリーユと申します。僭越ではございますが、降臨された聖女、アサヒ様をお連れいたしました」


 えーと。紹介されたけど、私はどうしたらいいの?

 モリーユさんに助けを求めて視線を送ったけど、しっかり前を向いているモリーユさんには見えていないみたい。えー、どうしたら?


 虹色レンジャーを見ると、全員が顔を顰めて私を見てる。えー、こっちはこっちで、どうしたら?

 名乗ったりするべきなの? もしかしたら、昨夜、説明されてたりしたのかな。ぜんぜん聞いていなかったから、わからないよう。


「その女性が、聖女様ですと?」


 虹赤レンジャーが、ふん、と鼻で笑った。


「よほど小食であらせられるのでしょうな。神の御加護でも救えないほどに」


 虹レンジャーが揃ってクスクス笑う。痩せ体質を笑われて、猛烈に怒りが湧いた! なにものか知らないけど、怒鳴りつけてやる! そう思って息を大きく吸い込んでいる間に、モリーユさんが毅然と言い返してくれた。


「アサヒ様は神の篤い御加護を受けた方。その食のすばらしさ、アルトメルト随一でございます」


 クスクスは収まったけど、虹レンジャーの目は、やっぱり笑ってる。


「それはぜひ、拝見したいものですわね」


 虹黄レンジャーが優雅にイスに座った。えっと、だから、私はどうしたら?

 モリーユさんを盗み見ると、微笑が少し引きつっている。お、怒ってるのかな?


「祝賀士のみなさま、聖女様へのご挨拶はお済ですか?」


 虹赤レンジャーが鼻で笑った。


「ご降臨、まことに喜ばしく、ウェスティン王国祝賀士一同、深くお祝い申し上げる。さあ、みんな。挨拶も終わったし、移動しようか」


 虹レンジャーがドアに向かうみたいだから避けようかなーと、足を動かそうとしたんだけど、モリーユさんからピリピリした雰囲気を感じる。虹レンジャーを通す気がないみたいなんだけど……。だからいったい、私は、どうしたら。

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