第10話 お友達が増えたぞ♡

 まいった。どうしよう。眠い、眠すぎる。

 祝賀の儀が行われている会場は、それほど広くない。玉座の間と同じくらい。で、玉座もある。一段高くなったステージ(?)の中央に王様。ごつくて真っ黒な椅子に堂々と座ってる。王様の椅子だけ黒くて、ほかの王族のイスは白い。

玉座の左右にヒイロ王子と、名前を知らない第二王子。第二王子の隣にササちゃんと、三、四歳くらいのお姫様。


私はヒイロ王子の隣のイスに座ってあくびを噛み殺しているというわけなんだけど。


祝賀って、長い。難しい言葉だらけで漢字変換出来ない。虹レンジャーとイデキ連合国の七人ずつの祝賀士が一人ずつ、ながーい祝賀をくださる。計十四人。それぞれに趣向を凝らしたお祝いの言葉なんだろうけど……長い。如何せん、長い。


「アサヒ様」


 ヒイロ王子の小声が聞こえるんだけど、祝賀の途中で話していいの? 驚いて顔を向けそうになったけど、ぐっとこらえて横目で見てみた。


「祝賀の儀が終わったら晩餐会です。それまであくびは我慢してください」


 まったく口を動かさずに声を出してる! 腹話術師!? 王子様なのに、なんて特技を持ってるんだ。見目麗しいだけじゃない、面白い王子様だ。

 そして何より、重要情報。晩餐会ですと!


 もう目がギンギンに覚めた。普通の食事でも相当豪華で美味しいのに、晩餐会なんて言ったら、そっりゃあもう、期待しまくっちゃうよお。あくびは引っ込んで、今度はよだれが出そう。

 うわのそらで祝賀の儀は無事に乗り切った。


 長い儀式のあと、休憩時間を挟んでからの晩餐会だそうで。祝賀士さんたちはそれぞれに与えられた居室に移動した。私は部屋に戻る気分ではなく、侍女さんに先導されたササちゃんの後ろについていく。


「ササちゃん、晩餐会って、どんな感じ? ごちそうが並ぶんだよね」


「あたりまえでしょう、晩餐会なのだもの。それより、アサヒ。なぜ、わたくしの後についてくるの」


「晩餐が楽しみでソワソワしちゃって。もう走り出したいくらいワクワク」


 ササちゃんが立ち止まって振り返る。


「アサヒは走らない方がいいわ。エネルギーを発散して、それ以上痩せてしまったらどうするの」


 神妙な顔つきで諭すように言ってくれた言葉が嬉しくて、ちょっと涙目。


「ササちゃん、心配してくれるの?」


 かぁっと、ササちゃんの顔が真っ赤になった。


「か、勘違いしないでいただける? 我が国の聖女が痩せているなんて、まるでアルトメルトが貧しい国で、食に困っているように見られると困ると申していますの」


 プイッと顔を背けて速足で歩き出す。かわいいなあ。


「じゃあ、私はたくさん食べなきゃだね。外国の人に負けないように」


「ええ。ぜひそうしてくださいな。特に、ウェスティン王国は最近、食事情がよろしくなったとか。我が国も負けていられませんの」


「食事情って、食糧事情?」


「そうですわ」


 侍女さんが立ち止まったのは、真っ白なドアの前。金で縁取られて、鳥の紋章が描かれてる。侍女さんはすぐに開けないで、ササちゃんに様子をうかがうような視線を向けた。


「お兄さまに入室の許可をいただけるか尋ねてちょうだい」


 侍女さんが「かしこまりました」と言って、部屋に入っていった。


「ササちゃん、入室の許可って、どういうこと?」


 ササちゃんはまっすぐドアを見たまま、ふう、とため息を吐いてみせた。


「ここは、王族専用の居間なの。貴族でも出入りは出来ないんだけど……、アサヒは聖女様だから、お兄さまの許可があれば入れるかもしれないわ」


 ありゃりゃ。ついてきたのはまずかったのか。それなら今からでも自室に戻ると言おうとしたところに、ドアが開いて、ヒイロ王子が出てきた。


「アサヒ様、ようこそおいでくださいました。どうぞ、お入りください」


 さわやかな笑顔で招かれて、ササちゃんと一緒に部屋に入った。普段なら入れないところに特別に入れてもらうなんて、嬉しいけど、ちょっと緊張する。


 部屋の中は、やっぱり白い。私の部屋の絨毯はふかふかだけど、この部屋のは、ラーメン丼記号が細かく織り込んである織物の下に、クッションでも敷いてあるのか、ふかふかプラス歩き心地がいい。


 フロアソファーっていうのかな。脚がなくて床にぺたんって置いてあるソファが四台。第二王子と第二王女がソファで寛いでる。突然やってきた私を、きょとんとした目で見てる。驚かせちゃったよね、家族以外立ち入り禁止の部屋に侵入者が来て。


「わあ、聖女様だあ」


 第二王女が、たたたたっと駆け寄ってきて私に抱き着いた。くりんくりんの巻き毛が肩のあたりで揺れる。ふっくらした頬に満開の笑みを浮かべてる。大歓迎されちゃった。


「ワカクサ、はしたないですわ。淑女は、ご紹介いただく前にお話ししてはいけません」


 ササちゃんがそう言ったけど、私と初対面のときは、問答無用で話しかけられた気がするなあ。

 第二王女、ワカクサちゃんは、しゅんとして私から離れた。うなだれて両手を背中で組んだ姿が、もう愛らしい!


「ササ、聖女様に王子と王女をご紹介して差し上げなさい」


 ヒイロ王子が言うと、ササちゃんは目を輝かせた。なんだろ、紹介するのって特別な役目なのかな。大人扱いとか。


「聖女様、こちらは第二王子のヤマドリでございます」


 いつの間にか側に来ていたヤマドリ王子が左手を背中に、右手を胸に当てて、優雅に頭を下げた。お、このお辞儀は見たことがあるぞ。ヒイロ王子が初対面の時に見せてくれた丁寧なお辞儀。

 まだ十五、六歳くらいのヤマドリくんでも、ぴしっと姿勢よくてかっこいい。柔道家みたいなどっしりした姿だからかもしれない。


「聖女アサヒ様にご挨拶申し上げます。我が国への御降臨、深く感謝いたします」


 なんと応えていいかわからん。とりあえず、頭を下げておこう。ぺこり。ヤマドリくんは一歩下がって、ワカクサちゃんがおずおずと前に出た。


「第二王女のワカクサでございます。まだ三歳という年の端で、失礼がございましたこと、お詫び申し上げます」


 ササちゃんは急に大人になったみたい。言葉遣いも違うけど、気品とか人格とか、そういうものがレベルアップしてる。


「さ、ワカクサ。ご挨拶申し上げなさい」


「ワカクサです。聖女様、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ!」


 おっと、思わず返事しちゃったけど、マナー的にどうなんだ? と思ったけど、ワカクサちゃんはニコニコだし、ササちゃんも怒った様子はないし、ヤマドリくんは手持無沙汰そうだし、ヒイロ王子は……、手ずからお茶を淹れてくださっている。


「アサヒ様、どうぞこちらへ」


 ヒイロ王子に手招かれて部屋の奥に向かう。


「どうぞ、ソファへ」


 勧められて座ったけど、ソファは兄妹四人の分しかない。第二王子、第一王女、第二王女と三人はソファに座ってる。ということは。


「ヒイロ王子、私はソファなんていいです、床でいいです」


 慌てて立ち上がると、ヒイロ王子は私の手を取って、もう一度ソファに座らせた。


「聖女様に席をお譲りできないなど、王族としての沽券に関わります。どうぞ、助けると思っておかけください」


 ありゃあ。またマナー知らずで、すみません。という気持ちを表すために、小さくなってソファの隅に座った。

 それがおかしかったみたいで、ヒイロ王子にくすっと笑われた。ありゃあ。聖女っぽさが足りなかったかな。


 ヒイロ王子が淹れてくれたお茶を飲みながら、おしゃべりタイムが始まった。


「聖女様は、何用でこちらへ?」


 ヤマドリくんに聞かれたけど、とくに用事はないんだよね。と、困っていたら、ササちゃんが助け舟を出してくれた。


「晩餐会が初めてだから、どういった様子なのかお知りになりたいそうなの」


 そうなの! 出来たら、晩餐会でのマナーも知りたい。誰に聞けばいいのかときょろきょろすると、ワカクサちゃんが教えてくれる様子だ。


「あのね、聖女様。晩餐会は美味しいものが、たーくさん食べられるの。それでね、外国のお客様がいらしたときは、外国のお料理も、たーくさん食べられるのよ」


 なんと!


「じゃあ、ウェスティン王国とイデキ連合国の料理が!?」


 思わず出た大声をたしなめるように、ササちゃんに厳しい目で見られてしまった。


「ウェスティン王国はアルトメルトより少々気温が低い国です。珍しい薬草や野鳥を使った料理がよく知られていますわ」


 厳しい視線の中にも親切が加わった。友達って、温かいな。


「イデキ連合国は、こちらは少し暖かい国ですわ。香辛料が多く採れるので、香り高いソテーなどがあるんですのよ」


「ササちゃんは、どっちの国の料理も食べたことがあるの?」


 ふふん、と鼻を鳴らして胸をそらしたササちゃんは、得意げに言った。


「もちろんですわ! 食外交は王族の務め。わたくし、優雅に美しく食しましたわ」


「あの……、聖女様」


 ヤマドリくんが申し訳なさそうに口を挟む。


「妹のことを、なんと、お呼びになられましたか?」


「ササちゃん、ですけど」


 困惑した様子のヤマドリくんは、ササちゃんに視線を向けた。じっと見つめ合ってから、私に視線を戻した。


「ササは、怒りませんでしたか?」


「お兄さま、わたくしとアサヒはお友達ですの。お友達は特別な名前で呼び合いますのよ」


「ワカクサもお友達になりたい!」


 膝を乗り出したワカクサちゃんに「じゃあ、ワカちゃんって呼んでもいい?」と尋ねると、元気にうなずいた。


「私のことはアサヒって呼んでね。アサヒちゃんでもいいよ」


「アサヒちゃん!」


 ヤマドリくんが恐る恐るといった感じで小さく手を挙げた。


「私もお友達にしてもらえますか」


「もちろん! ヤマくんって呼んでいい?」


 ヤマドリくんはなぜか真っ赤になった。


「そうしてください、……アサヒちゃん」

 

 むむむ。照れてるところがかわいらしい。うちの弟と同じくらいの年だろうなあ。山都、どうしてるかなあ。


 家のことを考えて、ちょっとぼーっとしていたら、ヒイロ王子がすぐ側に座って、ニコニコしてる。なにかな?


「アサヒ様、私とも友人になっていただけますか?」


 え、第一王子も? な、なんて呼べば。大人相手に『くん』はないよね。


「ええっと、ええっと。お兄さま?」


 ヒイロ王子はくすくす笑い出した。


「それでは、きみは友人ではなく、私の妹になってしまうよ」


 ううう。笑われた。じゃあ、他になにか。なにか……。


「ヒーちゃん」


 ヒイロ王子は肩を揺らして爆笑した。大人相手に『ちゃん』はないだろう、私!


「ぜひ、そう呼んで欲しい、アサヒ。とても気に入った」


 笑いが止まらないヒーちゃんは、王子様然としていたときとは違って、ちょっとかわいい。




 ヒーちゃんが笑いやむまでに、ササちゃんから晩餐会のマナーを聞けた。


「晩餐会で大切なのは、なによりも美しい食を見せることですわ。アサヒは聖餐会で国民に認められた実力者。まあ、わたくしの次くらいには美しく食せるのではなくて?」


「そうだといいなあ」


 ほかの人が食事しているのを見たのは、離婚調停の食対戦のときだけだからなあ。

 美しい食がどんなものか、まったく理解していないって言ったら、ササちゃんに叱られそうだから、秘密。


「それと、ウェスティン王国もイデキ連合国も、独特の食器を使うわ。それも美しく使いこなすこと」


「ええ! なに、それ。聞いてないよお」


 ヤマくんが私以上に驚いて口を開く。


「もしかして、食器の説明を聞かぬまま、こちらにいらしたのですか?」


「説明とかあったの?」


「祝賀の儀のあと、アサヒちゃんのお部屋に講師がうかがったはずなんですけど」


 ショック! やっぱり部屋に戻るべきだったのか! どうしよー……。


「ちょっと待ってくださいね」


 ヤマくんがドアを開けて、外で待っていたらしいササちゃんの侍女さんになにか言ってる。すぐに侍女さんの姿は見えなくなった。


「食器を持ってきてもらうから、ここで練習しましょう」


「ヤマくん、ありがとう!」


 照れてるヤマくんはかわいくて、頼りになって、私の天使だ!


 食器はすぐに現れた。大きなお盆に何枚もの器、そして……。


「お箸?」


 細い木の棒、二本。どう見てもお箸、チョップスティック。


「もしかして、アサヒはチョリを見たことがあるの?」


 ササちゃんにうなずき返す。


「日本で使ってる、お箸にそっくり。というか、同じものだよ」


 あとは、お椀と湯呑と小皿と……、豆。


「アサヒ、チョリを使ってみせて。豆を摘まめる?」


 ひょいと豆を摘まみ上げると、王子王女から「おおお」という賛嘆の声が上がった。


「完璧だよ、アサヒ」


 ヒーちゃんに褒められた。みんなのお兄さまのお墨付きだ。一安心。


「チョリはウェスティン王国の食器なのよ。ワカちゃんは少し苦手」


「そうね。ワカクサはもう少し練習が必要ね。アサヒを見習って練習しましょうね」


 ササちゃんは良いお姉ちゃんだなあ。ワカちゃんも大人しく「はい」って答える。いい子だ。


 お椀の持ち方、湯呑の使い方、小皿を取り皿に使うこと。日本のマナーと完全に同じだ。助かった。


「こちらがイデキ連合国の食器です」


 ヤマくんが指し示したのは、二股のフォークと、金串。


「こちらのキヌグに食材を刺して焼いたものが運ばれてきます」


 キヌグ、と言って金串を差す。


「キヌグから食材を抜き取るときにモグを使います」


 フォークはモグ。金串とフォーク。つまり、バーベキュー的な食事なんだね。

 キヌグに存在しない幻の食材を、モグで取り外して口に入れる。一連の動きにも合格をもらった。

 これなら、なんとかなる。


「ヤマくん、ありがとう」


「いえ、そんな」


 再びのテレテレを見られて、ホッと安心した。




 ワカちゃんと豆摘まみ競争をしていると、ノックの音がした。


『晩餐会の時間でございます』


 ドアは開いてないのに、声が聞こえた。インターフォンでもついてるのかな。


 ヒイロ王子がすっと立ち上がると、手を貸して立たせてくれた。ひい、王子様は紳士だ。私なんか淑女じゃないのに。緊張するう。


 ドアの外にはアミガサさんと、二メートルさんが待っていた。


「皆様、聖餐の間にご案内いたします」


 アミガサさんが先導して、王子王女は歩き出した。最後尾にわりと小柄な騎士がついていく。護衛は二人で足りるのか。というか、廊下にずらっと騎士さんたちが並んでるもんね。心配ないのかな。


「聖女様、聖餐の間までご案内いたします」


「はい」


 返事をしたら、二メートルさんが驚いた顔になった。おっと。また声を出したらいけないシーンだったのね。聖女は基本、無口なものか。ふむふむ。




 聖餐の間はそれはもう、すさまじく、豪華だった。ぴかぴかに光る白い床。まばゆい金色の壁。天井はやっぱり白くて、ラーメン丼模様だ。

 二十五メートルプールくらいの広さがある部屋に『ロ』の形にテーブルが配置されている。テーブルを囲んでイスが置いてあるけど、イスとイスとの距離が広い。一人分の席が二メートルはある。

 そこに、目もくらむばかりのごちそうが据えられてる! よだれが、よだれが垂れそう。


 部屋に入ったのは王子王女と私だけで、アミガサさんたち騎士さんは、部屋の外でかしこまってる。部屋の中で控えている数人のふっくらマシュマロみたいな少年がやってきて、席に案内してくれた。

 席につくと、正面に真っ黒なイス。王様があそこに座るんだろうね。そこから左右のテーブルに三席ずつ開いてるのは、誰が来るんだろう。アルトメルトのお偉いさんかな。

そのあとに七席ずつ、まだお客様はいない。祝賀士が座るんだろう。

 

 王子王女は祝賀士より私の席に近い。というより、私、王子王女に囲まれてる形。こちらが下手、とか王様が上手、とかそういう概念はないのかな。

 うちはおじいちゃんが上手。これはどうあっても覆らないルールだ。


 しばらくすると、祝賀士の十四人がやって来た。虹レンジャーは私たちのことを完全にスルーして席につく。

 イデキ連合国のみなさんは私たちに深々と頭を下げてくれた。王子王女が立ち上がってお辞儀を返すので、あわてて私も立ち上がった。

 応接の間でアイコンタクトを取った女の子が、また小さく笑いかけてくれた。私も、そっと微笑んでみた。

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