第11話 あこがれの晩餐会だぞ♡

 どうもこの人たちは偉い人だな、という雰囲気をまとった人たち、六人がやってきた。祝賀士さんたちになにやら挨拶している。王子王女は見ているだけだから、私もそれにならう。

 お偉いさんたちが席につくと、王様が悠々と部屋に入ってきて、黒いイスの前に立つ。全員起立。


「こたびは我が国の聖女への祝賀、まことに重畳」


 スイっと王様の視線が私の方に向いた。え、なんだか悪い予感。


「聖女、アサヒより御礼申し上げる」


 えええええええ!? 私が挨拶!? 聞いてないよ、聞いてないよ、聞いてないよ!

 もしかしたら、挨拶のことも部屋にいれば聞けてたの? 私のバカって思ってももう遅いよ。血の気が引いて顔色が青くなってることが自分でわかる。


「アサヒ、落ち着いて」


 ヒイロ王子の声がする。横目で見ると、口は開いていない。腹話術だ。


「先導するから、そのまま繰り返すんだ。まずは立って」


 マシュマロ少年がイスを引いてくれて、なんとか立つことが出来た。全員の視線を浴びてると、矢がグサグサ刺さってるような危機感がある。


「リアーチャー。神の御前に奉じます食を祝福し」


 そこで一旦、言葉が切れた。く、繰り返さなきゃ。


「リアーチャー。神の御前に奉じます、食を、祝福し」


 だめだ、声が震えてうまく喋れない。


「皆様とともに味わえる喜びを神に感謝いたします」


「か、神に感謝いたします」


 あああああ! 前半部分をすっとばしたあ! どうすれば、どうすれば?


「大丈夫、アサヒ。もう座って」


 ヒイロ王子の声が聞こえているらしく、マシュマロ少年がなかば強引に私のイスを押して座らされた。


 失敗した……。恐ろしくて顔を上げられない。それでも、上目遣いに正面にいる王様を盗み見ると、平然とした顔でイスに座った。私の失敗はセーフ、だったのかな?


「よく出来ました」


 ヒイロ王子が腹話術で言ってくれた。横目で見ると、微笑んでいる。心の底から安心できた。


 王様が両手を広げて、宣言する。


「リアーチャー。友よ、食そう」


 それが合図だったみたいで、ドアが開いて、大きなお盆を抱えた女性が続々と入ってくる。一人にお盆を二つずつ置いていく。


「……っ!」


 お盆を覗き込んで、感激で目を見開いた。


「和食だ!」


 どう見ても和食だ。豆の白和え、ゴマ豆腐、里芋の煮っころがし、ざるそば。そして、ナッティの天ぷら!

こっちの材料だから、味は違うだろうし、味付けもどうなってるかわからない。でも、和食の姿を見られただけで嬉しすぎた。


 もう一つのお盆には金串にお肉、お肉、お肉、野菜、お肉、お肉、野菜って構成でホカホカ湯気が上がるドでかいバーベキューが三本。熱いお肉と独特なスパイスの香りが食欲をそそる!


 も、もう食べていいのかな。顔を上げてテーブルをぐるりと見渡すと、みんなそれぞれに食べ始めていた。それぞれに好きなものを食べているようで、どの国の料理から食べないといけないという決まりはないみたい。


 左隣のヒイロ王子はアルトメルトの料理、右隣のヤマくんはウェスティンの料理から手をつけてる。それにしても、二人とも食べるスピードが速い。負けない!


 私は金串を左手で取る。和食も気になりすぎるけど、熱いものは熱いうちに。食事の基本だ。

 右手に持った二股のフォーク、モグをお肉に刺す。けっこう身がしまったお肉だ。モグをを刺すのに気合が必要だった。口に入れると、スパイスが、ぶわっと鼻を直撃する。香りの暴力、他の追随を許さない旨さ。一瞬、感激で動きが止まった。


 お肉を噛みしめると、しっかりした歯ごたえの中から、じわりと肉汁があふれ出す。スパイスをふんだんにまとったお肉は、もうバーベキューの域を超えている。これは、超高級料理だ!

 スパイスはピンクペッパーやコリアンダーのようなクセがあるけど優しい風味だ。それなのに力強い。塩気も控えめで、こらならいくらでも食べられる。


 お肉を食べ勧めてたどりついた野菜。赤カブに似てる。四つ割りにされてる。たぶん、野球のボールくらいの大きさだろう。

 モグを刺すと、サクッと軽い手ごたえ。思ったより軽い。口に入れると、甘かった。甘い香りの香辛料と赤カブの持つ植物性の甘みが混ざりあって、とても優しい。サクサクするけど、飲み込むときにはするっと溶ける。面白い食感だ。

 

 お肉に戻ると、一旦、甘くなった口の中に、スパイスがガツンとやってくる。一口目とはまた違う感激。柔和な辛さっていうか、辛いのに尖ってなくて下に優しい。お肉も柔らかくなったように感じる。

 もう一切れお肉を食べて、金串の一番下のオレンジ色のプチトマトみたいな野菜に挑戦する。

 ……苦い。色からは想像できない苦さだ。しかも野菜の味というよりは、煙たいというか。もしかしたら、スモークしてあるのかな? それにしても燻ってる。

 でも、飲み込んでしまうと口の中がさっぱりした。お肉の脂が一掃されて、これなら何本でも食べれちゃう。

 熱いうちに全部食べてしまおうかと思っていたんだけど、これ、冷えても美味しいはず。二本だけ食べて、一本はあとの楽しみに取っておくとしよう。


 さあ、さあ、さあ。いくぞ、和食。まずは豆の白和えからだ!


「!?」


 動けなくなった。なんで? これ、完全に日本の白和えの味。パクパク急いで食べてしまって、ゴマ豆腐に手を伸ばす。これも、正真正銘のゴマ豆腐だ。たしかにゴマの香り。

 里芋の煮っころがしは醤油が使われているし、ソバは紛れもなくソバ独特の喉越しと香ばしさが匂い立つ。ナッティの天ぷらと思ったものは。


「……ナスだ」


 紛れもない、忘れもしない、加茂ナスだった。




 それから何をどう食べたのか、よく覚えていない。ショックが大きくて、アルトメルトのパンとフルーツとハムなんかをお代わりして、お箸に苦戦してるワカちゃんにお手本を見せるためウェスティン王国の和食をお代わりして、冷めた串肉は食べやすいけど、やっぱり焼きたてにはかなわないとお代わりをしていた気がする。


 湯呑で出てきたウェスティン王国の飲み物は、間違いなく緑茶だった。


 イデキ連合国の祝賀士さんが持ってきてくれたお菓子は、直径三十センチくらいの、タルトのようなものだ。果物のジャムの中に色んなフルーツの細切れが混ぜ込んである。なにがしかの粉を型で焼いた生地だ。だが上部にも生地がかぶせられて見た目はパイっぽい。

 これにもモグがついてきた。手づかみで食べるのは、アルトメルトくらいなのだろうか。


 四つに切り分けていると、虹赤レンジャーが私に笑顔を向けた。え、なに? 不気味なんですけど。


「聖女、アサヒ様の食は、まったく素晴らしいですな。優雅で力強く、けれど謙虚さも感じさせる」


 なんじゃ、そりゃ。と思いながらも褒められたと思っておこう。一応、頭を下げておいた。


「我が国のチョリをそこまで美しく使い捌くとは、どれほど練習なさったか。ウェスティン王国のものとして、御礼申し上げます」


 虹レンジャー全員がにこやかに私を見つめる。え、どういうこと。王様の前だから猫をかぶってるの?


「ぜひ、我がウェスティン王国にも御幸いただけましたら、国民も喜びましょう」


 なんだか本気で喜ばれているような気がしなくもない。


「さようでございましたら、ぜひ、イデキ連合国へも足をお運びくださいませ。本日はお持ち出来ませんでしたが、我が国は海鮮も豊富でございます」


 イデキの高齢の女性がにこやかに誘ってくれる。こちらは、どう考えても本心からのお誘いだ。

 でも、聖女って国を離れても良いものなの? どうにも返事のしようがないと思っていると、王様の右手に座っている偉い人が代わりに応えてくれた。


「国々の友好のために聖女様同士のご交流は有意義かと存じます。いかがでしょう、陛下」


 王様は軽くうなずくと、私に目を留めた。


「聖女よ、そなたの食ならばアルトメルトを代表しても問題なかろう。外遊するも良かろう」


 この国を離れるのか。ウェスティン王国に行ければ、逆召喚術について教えてもらえるかもしれないし、イデキ連合国に行ったらお刺身が食べられるかもしれない。どっちに行っても損はない。


「はい。ぜひ」


 おっと。ここで返事をするのはマナーとしてどうなんだ!? と思ったけど、王様は軽くうなずいただけだった。よ、よかったあ。


 聖餐の間を出ると、シロハツさんが待っていた。小走りに近づいてきて、心配そうな顔で「大丈夫でございましたか?」と囁いた。なにが?

 小首をかしげてみせると、シロハツさんが「とにかくお部屋へ」と急ぎ足で歩き出した。


「アサヒ!」


 ササちゃんに呼ばれて振り返る。


「やっぱり、わたくしと食対戦なさい! 負けないんだから!」


 晩餐会の席で、ササちゃんが私をチラチラ見ていたのは気のせいじゃなかったんだ。敵情視察ってやつかな。


「うん、私も負けないようにがんばるよ」


 手を振ると、ササちゃんも小さく手を挙げてくれた。友達っていいね。




 自室に戻るとすぐに、シロハツさんはドアを閉めた。深々と頭を下げられた。なんだなんだ。


「申し訳ございません。私のご説明不足で、講義のことをうまくお伝え出来ておりませんでした。祝賀士両国の食事情もおわかりにならないでしょうに……」


「あ、それなら大丈夫でした。どっちの国の食器も、日本と変わりなかったので」


 ぱっと顔を上げたシロハツさんは泣き出しそうだった。


「本当でございますか! なんという奇跡でございましょう。さすがアサヒ様。余るほどの神の御加護をお受けなのですね」


「そうなのかな。そうだといいですね!」


 私が勝手にうろついたらシロハツさんに迷惑かけちゃう。しっかりしよう、私。

 というわけで、明日の予定を確認したら、一日中、お勉強だって。聖女の心構えとか、信仰の書の熟読とか、マナーとか。よし、がんばるぞ。これでマナー違反にビクつくこともなくなるぞ。




 お風呂で両手足を伸ばしてぷかぷか浮いていると、シロハツさんが飛び込んできた。


「アサヒ様、国王陛下からの招聘でございます! お早くお支度くださいませ」


 すごい勢いに押されて、あわてて浴槽から飛び出ると、有無を言わさず体を拭かれた。白い布をぐるぐるとまとわされて頭からすっぽりと長い布をかけられた。髪が濡れてるからだろうか。


 シロハツさんがドアを開けると、二メートルさんが待っていた。私専門の呼び出し係なのかな。


「応接の間までご案内いたします」


 あれ、玉座の間じゃないんだね。シロハツさんはと振り返ってみると、一緒に来てはくれないみたいで、部屋の前で見守ってくれている。行ってきますの意味で手を振ると、びっくりした様子で固まっちゃった。

 これは、マナー違反だな。明日はしっかり勉強しよう。


 案内されたのは、祝賀士と会ったのではない、初めて入る応接の間だった。両開きのドアは黒くて、金色で鳥の紋章が描かれている。私をドアの前に立たせると二メートルさんは壁にピタリとくっついて立った。


 黒い扉の両脇にいる騎士さん二人が声を合わせる。


「聖女様、お参じあそばしました」


 一拍おいてドアをぐいぐい押し開ける。やっぱり、かなり重そうだ。


「入れ」


 王様に呼ばれて部屋に入る。室内も黒い。灯りもいくつかのランプだけで、なんだか肝試しにでも来たみたい。ドアがギイイイと不穏な音を立てて閉まる。

 黒いフロアソファーが五台。一番大きくて背もたれが高いのに王様が座ってる。床は王族の居間と同じ、踏み心地のいい織物。暗くてよく見えないけど、ラーメン丼模様なのかもしれない。


「座れ」


 王様に一番近いソファーを指さして命令された。すごく不機嫌そう。叱られに来たんじゃないだろうか、私。

 そっと移動して、そっと座る。もちろん、正座。


「そんなにかしこまらずとも良い。くつろげ」


 くつろげ、というのも命令形。そんな言われ方じゃ、くつろげないよお。


「今日の食、見事であった」


 王様は私がまごついていることなんかお構いなしに、マイペースで話し出した。


「あれだけの美しき食をもってしても、そなたは太れぬのだな」


 ううう、なんか悔しい言われよう。どうせ私は痩せ体質ですよ。なんなら子供服だって着れちゃいますよ。


「ヒイロも同じだ。あやつも美しく食す。だが、どれだけ食そうとも太ることが叶わぬのだ」


 そういえば、晩餐会の食事もぺろりと平らげてたよね、ヒイロ王子。それでも太れないなんて、親近感湧くなあ。


「遺伝的体質によると言われておるが、痩せ体質は病ではないかというものもおる」


「病気ですか?」


 王様はこくりと頷いた。


「遺伝であればどうしようもないが、病なれば治療も出来よう。だが、我が国の医療技術では病であるかどうかの判断もつかぬ。そこで、頼みがある」


「なんでしょう」


「外遊先で医療を研究しておるものを探し、尋ねてくれぬか。王国として他国の技術を探ることは出来ぬ」


 そうか、産業スパイになっちゃうもんね。


「だが、そなたであれば、病を癒すために治療方法を探しているという名目で探索することが出来よう」


 それって、私にもいい情報じゃない? もし痩せ体質が病気の一種だったら、私も太れる体になれるかもしれない。


「頼まれてくれるか」


「もちろんです。頑張って探します」


 王様はゆっくりと笑った。おお、笑うと途端に良いおじいちゃんって感じになったぞ。これならくつろげる。ちょっとほっとして、肩から力が抜けた。


「ところで、そなたは王子たちを友としたそうだな」


 んんん? もしかして、まずかった? と思っても後の祭りってやつだ。正直に言っとけ。


「はい。居間に遊びに行かせていただきました」


「ほう、では、そなたのためのパロも居間に用意させよう」


 パロ。たぶん、ソファーのことだろう。


「王女たちには親しき友もおらん。貴族の女子に年の近いものがおらぬのだ。好きなように居間に立ち寄れ」


「ありがとうございます」


 良かった。せっかく友達になれたのに会えなかったら寂しいもんね。それにしても、王様って意外と子煩悩なのかな。


「さて、もう一つ。外遊についてだが。聖女教育が終わったら、早速出向いて欲しい」


 ヒイロ王子を放っておけないんだね。わかりました。お医者さん探し、がんばりますよお。


「明くる年、ヒイロの戴冠式が行われる。それまでに美丈夫にしてやりたいのだ」


「戴冠式、ですか」


「王位を譲ることになっておる。それまでに、どうか、頼む」


 真摯な表情に愛の深さがうかがえる。王族だろうが平民だろうが、家族が愛おしいことに変わりはないんだ。


「おまかせください」


「ありがたい。話はこれで終わりだ。戻って休め」


 正座もつらくなってきてたし、ちょうど良かった。立ち上がってペコリとお辞儀してみた。


「そうだ、アサヒよ」


 顔を上げると、王様はもう重々しい雰囲気ではなくなっていた。もしかして、王様も緊張してたりしたんだろうか。


「そなたは友を特別な呼び方で呼ぶそうだな。ひとつ、儂にも特別な名をつけてくれぬか」


「え、えっと……」


 王様にあだ名? そんなこと言われても、失礼な名前にしたら怒られるかもしれないし、そもそも王様の名前なんてしらないし。白髭じいちゃんとか、そんなのダメだろうし。

 えー、王様、王様、王様、王様……。


「ワンちゃん?」


 なに言ってるんだ、私―! 一番ダメなやつじゃないか! 打ち首になるー!


「はっ! はっはっはっは!」


 王様がお腹を抱えて笑う。ウケた。まさかの大ウケ。


「気に入った。今日から儂のことは、ワンちゃんと呼べ。良いな?」


「は、はい。そうしますです」


 上機嫌になった王様、おっと、ワンちゃんに見送られて、部屋を出た。

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