第9話 私だって怒ってるぞ♡
「祝賀士の皆さま」
モリーユさんの声が尖ってる。
「アサヒ様のご降臨は神の御意志。それを蔑ろにされると言うのなら……」
突然、バタンと勢いよくドアが開いて、モリーユさんは言葉を切った。入ってきたのはササちゃんで、走って来たのか息を切らしてる。
「あなたが祝賀士の皆様の前に出るなんて、この国の恥だわ! 聖女には、この美しいわたくしがなるべきなの!」
ドアの外、廊下の向こうから女性が駆け寄ってきている。ササちゃんを追いかけてきてるみたい。豊満な胸がぶるんぶるんと上下に揺れる。う、うらやましい……。
いや、それより今はササちゃんだ。
「神官長どの。こちらの麗しい女性は、どなたかな」
虹藍レンジャーが目を細めてササちゃんに笑いかけてる。虹藍レンジャーの風貌だと、ササちゃんのおじいさんくらいの年齢だろう。かわいい孫状態かな。
「わたくしは、アルトメルト王国、第一王女、ササ=アルトメリーですわ!」
後ろから「ヒィッ」と小さな叫びが聞こえて、驚いてまた振り返る。
「ササ様! ご自分でお名乗りあそばすなんて、マナー違反でございますよ!」
小声でもしっかりと迫力のある侍女っぽい人に叱られて、ササちゃんは、ぶうっと頬を膨らませた。ほっぺに肉まんを四つ詰めたみたいにまるまるしている。
「だって、みんな、わたくしを応接の間に連れてきてくれないのですもの。わたくしが頑張るしかないじゃないの」
「素晴らしい」
虹青レンジャーが両手を組んでササちゃんを見つめる。虹青レンジャーもササちゃんのおばあちゃん的年齢みたいだから、かわいいんだろうな。
「王族でも自立したお考えをお持ちとは。わたくし、感服いたしましたわ」
褒められたササちゃんは腰に手を当てて、胸をそらしてみせる。なんというか、悪役令嬢っぽいかな。迫力がある。
「たしかに、ササ王女の気品あふれるお姿は聖女と言っても過言ではない」
虹赤レンジャーの言葉に、モリーユさんの目がキリキリと吊り上がっていく。けど、なにか言おうとしてるモリーユさんより早く、ササちゃんが口を開いた。
「アサヒ! わたくしと食対戦しなさい!」
「いいけど、いつ?」
「今日、今からよ!」
また「ヒィッ」という声が聞こえる。ササちゃんもなにか、とんでもないことしたんだなー。私とササちゃん、どっちがとんでもない大賞だろうか。
「ササ様。本日、食対戦は行えません」
モリーユさんが厳しい口調で断言した。ササちゃんは唇を突き出して、「ぶー」と言って不満を表現してる。
「なんでですの?」
「本日は祝賀の儀。神の恩寵、すべて王家と聖女様にくだされる日でございます。王家の皆様におかれましては、ウェスティン王国とイデキ連合国からの祝賀士の方々からの祝賀をお受けになり……」
「それは残念ですなあ」
虹赤レンジャーが、わざとらしくため息をついてみせた。悲しそうな表情を作ってみせてるけど、目が笑ってるところは変わってない。私だけじゃなくて、ササちゃんもバカにしてる。失礼すぎる!
「ササ王女の食ならば、それはそれは美しいでしょうに。拝見出来ないとは」
純粋に褒められたと思ったらしい。ササちゃんったら、満足げにニヤリと笑ってる。素直すぎるというか、幼すぎるというか。なんだか、なにもかもバカらしくなってきた。
「もう、いいですか。お腹が空いたので食事に行きたいんですけど」
そう言うと、虹紫レンジャーが真紫に塗った長い爪を私に向けてきた。ほんっとに失礼だな、虹レンジャーは。
「せいぜい、たくさん召し上がれますよう、神に祈りますわ」
「はいはい。よろしくお願いします」
くるっと振り向いて廊下に出た。スタスタ歩いてると、ササちゃんが追いかけてきた。
「逃げるの!? わたくしと戦うのが恐ろしいのね?」
「もう、ササちゃん。わがまま言わないの。今日がダメなら、別の日にすればいいだけでしょ」
ササちゃんが真っ赤になってプルプル震えだした。
「だ、だれがササちゃんですって! わたくしを侮辱するなんて許しがたいですわ! 食対戦でギッタンギッタンに延して差し上げますわ!」
また後ろから侍女さんの「ヒィッ」が聞こえた。気持ちはわかる。お姫様がギッタンギッタンなんて口走るのは、ちょっとねー。
「アサヒ様、お待ちください」
モリーユさんが追い付いてきて、隣に並んだ。やっぱり、足が速いなあ。
「祝賀士の前で声を出してはいけませんと、昨夜、申し上げましたのに」
あ、やっぱり、マナー的なことを言われてたんだ。
「ごめんなさい」
素直に謝ると、モリーユさんは無言で頷いた。ものすごく怒ってるのかな? それにしては表情は柔らかいけど。
「神官長、もっとアサヒを叱った方がいいわ。とっても調子に乗っていますもの」
ササちゃんがモリーユさんの前に回り込んで訴えても、モリーユさんは黙って首を横に振っただけ。良かった、これ以上叱られなくてすむみたい。
「ササ、聖女様を呼び捨てにするなど。叱らなければならないのは、きみの方だ」
男性の声がしたと思ったら、廊下の向こうからヒイロ王子が足早にやってくる。ササちゃんは青ざめて侍女さんの後ろに隠れちゃった。
「応接の間に勝手に入ったそうだね。一国の王女がとっていい行動ではない。来なさい、国王から罰が与えられる」
「ヒィッ」
今度はササちゃんが小さく叫んだ。ヒイロ王子はササちゃんの腕を掴んで逃げられないように押さえつけた。というか、押さえておかないと逃走しちゃうって、どういうお姫様なんだか。
「アサヒ様、ササが大変なご無礼を働き、まことに申し訳ございません」
丁寧に頭を下げられて、どうしていいかわからない。イケメンに当てられて、ちょっと、テンパってる気がする。
「そんなそんな。私なんか呼び捨てで大丈夫です。なんなら、アサヒちゃんと呼んでいただいても……」
「呼ぶわけないでしょう!」
ササちゃんの口を塞いで、ヒイロ王子が顔を上げた。
「このお詫びは後日、必ず。今は急ぎますゆえ、御前を失礼いたします」
ヒイロ王子はササちゃんをずるずると引きずって去っていった。
部屋に帰ると、ため息が出た。それはそれは深―いやつが。
「お疲れでございますか、アサヒ様」
シロハツさんがお茶を出してくれた。一口飲んで、またため息。
「私、聖女に向いていないと思います。マナーも知らないし、生意気だし」
ついてきてくれたモリーユさんが、目の前に座って、私の目を正面から見つめる。
「痛快でございました」
「はい?」
「失礼極まりない祝賀士の口をバサリと覆うかのようなお言葉。私には到底出来ない技でございます」
「いえ、そんな、技とかじゃ……」
ないんです、と言おうとしたら、モリーユさんが噴きだした。まあるいお腹を抱えて「ほほほほほ」と上品に笑ってる。神官さんも噴きだしたりするのか。
感心していると、開けっ放しだったドアを、シロハツさんが慌てて閉めた。どうやら、モリーユさんの爆笑は人に聞かせたらダメみたいだね。
しばらくモリーユさんは笑い続けて、涙まで流した。笑いが収まったら、ふー、と息を吐いて、頭を深く下げた。
「大変に失礼をいたしました。聖女様の行いに感情を左右され、その上おのれの感情を晒してしまうなど。神官の風上にも置けない所業でございます」
「いえいえ、そんな。私のしでかしたことが面白いなら、いくらでも笑ってください。それで、マナー守らなくてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げたら、モリーユさんは優しく笑ってくれた。
「アサヒ様は、アサヒ様のお思いの通りにお過ごしくださいませ。聖女様の御意向がアルトメルトの幸福のもとでございますから」
なんたる至福。私の意向が国の幸福!? だったら、お家に帰して欲しいっていう意向があるんですけど。
「末永く、私たちはアサヒ様の幸福のために邁進いたします」
あ、やっぱり、帰してはくれないんだ。ふー、と、さっきとは違う感情のため息が出る。まあ、仕方ない。この国には逆召喚術がないんだ。一度、召喚した人は、一生面倒を見るしかないんだ。
……殺さない限り。
「ササちゃんは罰を受けるって言われてましたけど、どんなことをされるんでしょうか」
私と食対戦が出来ていないせいで突撃してきたわけだし、ちょっと気になってるところを聞いてみた。
「王はササ様に甘い方でございます。ご叱責あそばすほどかもしれません。ですが、今回は外交問題。最悪ですと……」
言いづらそうに口を閉ざしてしまった。そ、そんなにすごい罰が待ってるの? モリーユさんは私から目を逸らした。
「食事抜きの刑がくだらないとも限りません」
「えええええー! 食事抜き!?」
そんな大変な! 食事出来なかったら、死んじゃうよ! 一食でも抜いたら胃がぎゅうぎゅう言うくらい大変なのに。育ち盛りのササちゃんにとって、死活問題だよ。
「いえ、あくまでも可能性の話でございますから、どうぞ、ご心配あそばせませぬよう」
「ううん、ササちゃんが暴れたのは私のせいだもん。王様のところに行きます! ササちゃんの弁護をしないと」
いてもたってもいられなくて、部屋を飛び出した。
「お待ちください、アサヒ様!」
モリーユさんがついてきてる足音がする。待たないけど、一緒に来てくれるのは心強い。
階段をぐるぐる上って、玉座の間の巨大で真っ黒な扉の前に立つ。ぜえはあぜえはあと息切れして声も出せない。
「アサヒ様、お待ちください。招聘なく王に拝謁することは出来ません」
酸素の足りない頭に、難しい言葉が入ってこない。ショーヘイ、ハイエツ、それってなんだっけ。くそう、国語辞典が欲しい。とりあえずなんとなく、このままじゃ王様には会えないってことじゃないかと推理する。
とにかく呼吸を整えようと深呼吸していると、玉座の間の扉がギギギギギギと不穏な音をたてて開いた。ヒイロ王子に背中を支えられてササちゃんが歩いて来る。顔色が悪い、真っ青だ。
「ササちゃん、大丈夫?」
小走りに近づいていく。また強い態度で迫られるかと思ってたんだけど、ササちゃんは今にも泣きそうな弱々しい声を出した。
「大丈夫ですわ、聖女様。父王に叱られただけですから」
あー、これはこっぴどく叱られたんだな。私のこと、聖女呼びになってるし。
「食事抜きにはならなかったんだ、良かった」
ササちゃんがブルリと身震いした。恐怖で口も開けないみたい。代わりにヒイロ王子が苦笑しながら教えてくれた。
「またなにか失態をおかしたら、おやつ抜きということになりました」
「ひいいい」
食事抜きもつらいけど、おやつ抜きはもっとつらい。私も気を引き締めて、マナー違反しないようにしなくちゃ。ササちゃんも恐ろしさに震えている。
「聖女様にもご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫びいたします」
青い顔のままで無理をしているみたいなんだけど。ここはひとつ、お姉さんが歩み寄ろう。
「聖女様なんて呼ばなくていいよ、ササちゃん。アサヒって呼んで」
「でも、それでは失礼にあたります」
「お友達になろう。そしたら、かしこまらなくていいし、食対戦も必要なくなるんじゃない?」
キッと鋭い目で睨まれちゃった。おやあ? なにか怒らせるようなこと言ったかな。
「わたくしと食対戦するのが怖いから、お友達になろうなんて言うのね? そんな志の低いものが聖女だなんて……。本当に、アサヒはどうしようもないわ! わたくしが色々と教えて差し上げてよ!」
うん。お友達になってくれるみたい。良かった良かった。
安心したら本格的にお腹が空いて、王子、王女と別れて部屋に戻った。すでにシロハツさんがおやつを準備してくれていた。おやつを食べられることに深く感謝して、神様にありがとうと、心の中で伝えておいた。
「イデキ連合国の祝賀士が到着いたしました。ご挨拶にお出向きいただきたく、参上いたしました」
二メートルさんがやってきて、モリーユさんと三人で一列縦隊。さっきと同じ応接の間に行くのかと思ったら、違う部屋に通された。やっぱりラーメン丼風の白い部屋。
今度はどんな嫌がらせをされるのか、油断できない。でも、絶対、負けないもんね。
中央のテーブルにはやっぱり十脚の椅子。祝賀士も七人。こちらの国の祝賀士は全員女性だ。私を見て、目を丸くしている。どうせ貧相だと思ってるんでしょうとも。彼女たちは私の倍ほどお腹周りが豊かだ。アルトメルトの人ほどじゃないけど、ふくよかだ。
その豊かな体を覆っているのは、一枚布を巻き付けるタイプの服。全員同じ、カラシ色。アルトメルトとほぼ同じ形だけど、生地がだいぶ薄いみたいだ。寒くないんだろうか。
「イデキ連合国の皆さま、お待ち申し上げておりました。遠路のお越し、まことに感謝に堪えません」
おお、ウェスティン王国の祝賀士に言った挨拶と同じことをモリーユさんが繰り返してる。
「私はアルトメルト王国、神官長、モリーユと申します。僭越ではございますが、降臨された聖女、アサヒ様をお連れいたしました」
そうそう、黙っていなくちゃいけないんだよ。でも、ただ立ってるだけでいいのかな。マナーを聞いておくの、忘れてた。
「聖女アサヒ様、拝謁をお許しくださったご厚情に御礼を申し上げます。我らイデキ連合国からご降臨を祝し、菓子を持参いたしております。晩餐の席にてご賞味ください」
口を開けるのはなんとか堪えたけど、驚いてぽかんとしてしまった。ウェスティン王国の祝賀士との違いったら、ものすごい。本来の祝賀士って、この人たちみたいな挨拶をしてくれるのかー。感激だ。そして、持参のお菓子は出来れば今食べたい。
祝賀士の皆さんは深々と頭を下げて動かなくなった。モリーユさんを横目で見ると、前を向いていて、私の視線には気づいてくれない。これは、このまま直立で良いってことだよね。
「皆様、祝賀の儀まで、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
モリーユさんが締めると、祝賀士さんたちは顔を上げた。七人の中で一番若そうな、たぶん、私と同い年くらいだろう女の子が、そっと微笑みかけてくれた。私も少しだけ口角を上げてみた。なんだかちょっとホッとする。
「アサヒ様、どうぞ」
モリーユさんに先導されて部屋を出た。
「ご立派でございました」
小声で褒めてもらえた。突っ立っているだけだというのが正解だったみたい。ああ、緊張した。
イデキ連合国の祝賀士さんたちは良い人そうだし、モリーユさんに迷惑もかけなかったし、今の私はかなり成績優秀なのでは? 聖女試験満点なのでは?
いや、聖女が満点でも、家に帰るために使えない成績だもん。宝の持ち腐れってやつだよね。
モリーユさんは神殿に戻っちゃったし、祝賀の儀っていうのは夜だというし、三時間ほど空き時間が出来た。今朝の目標をもう一度、試してみるか。部屋を出ると、女性の騎士が槍を少し掲げるやつを見せてくれた。やっぱり敬礼なのかな?
「どうかなさいましたか?」
騎士さんに聞かれた。大きな体にゴツイ鎧を着ているので、勝手に豪快な人かとイメージしてしまっていたけど、声が高くてものすごくかわいい。アイドルとか声優とかにいそう、こういう声。
「えっと、暇なんですけど、神殿までお散歩に行ってもいいものでしょうか」
騎士さんは厳しい表情で首を横に振る。
「なんでダメなんですか?」
「本日は厳戒態勢で警備を敷いております。ですが、外国からの人品には気を付けても万全と言い切ることは出来ないのです。御身のご安全のため、お部屋でお過ごしください」
「はーい……」
と、いうことは、平常運転のときなら、散歩も出来るってことだよね。よしよし、また別の日に……。
「って、うわ!」
部屋に戻ってドアを閉めると、そこにクギタケさんがいた。
「い、いつの間に?」
「侵入いたしました無礼を深くお詫びいたします」
床に手をついて深々と頭を下げられたけど、侵入って言ったよね? 言ったよね? それって犯罪なんじゃ?
「ど、どこから?」
クギタケさんは右手でそっと窓を指し示した。窓は開いていて、気持ち良い風が吹き込んでいる。いや、待って。ここ、三階以上の高さはあるんだけど。
「少々、体術を嗜んでおりまして」
この世界にはすごい体術があるらしい。
「それで、えっと、今日はなに用で?」
なんだか驚きすぎて口調がおかしい。ということはわかるんだけど、じゃあ、普段はどんな喋り方してたかピンとこない。
「は。本日の祝賀の儀におかれまして、お勧めしたき案がございます」
「案とは?」
「ウェスティン王国の祝賀士と交友関係を築かれますよう、進言いたします」
えええええー。虹レンジャーと?
「無理」
「ウェスティン王国はクヨウにおいては術の大国。召喚術にも長けております。もしや、帰還の術もあるやも……」
「仲良くします! お友達になります!」
憎き虹レンジャーといえども、家に帰るためなら我慢する。なんとかして懐に入り込むぞ。決意を胸にこぶしを握ると、窓が閉まる音がして、クギタケさんの姿が消えた。
私からクギタケさんに聞きたいことがなにかあった気がするんだけど。まあ、次の機会でいいか。
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