第27話 伯爵様はお留守だぞ♡
「でででで、でも、でも。幼いころは国政の話なんかは、してなかったんでしょう? どんな内容だったんですか?」
小競り合いを止めたくて話題をぶっこんだ。ヒイロ王子もショーロ王女も、表情をやわらげてくれた。良かったよお。
「太る方法がないか、情報交換をしていましたの。幼いころから、わたくしたち二人とも太れない体質でしたので」
それはもしや、ワンちゃんが言っていたものかな? 私にとっても素敵情報だ。良い方法があれば、ぜひとも知りたい。
「なにか、効果が出る方法は見つかりましたか?」
ショーロ王女は悲しそうに首を横に振る。
「ご覧の通り、太ることは出来ていないの」
「そうなんですね。私も太れない体質だから、有効な方法があれば知りたいです」
「アサヒも、同じ体質だったのね。てっきり、故郷の慣習で痩せようとなさっているのかと思っておりましたわ。ウェスティンの先代聖女様のように」
「もしかして、先代聖女さまって、召喚されて来た方だったんですか?」
「ええ、そうなの」
「もしかしてもしかして、故郷は日本?」
「そう聞いているわ」
私以外にも召喚された聖女がいるし、しかも日本人! これは重要情報が聞けるのでは?
「ウェスティン王国の文化は、先代聖女様が広めてたり?」
「まあ、アサヒは慧眼ね。その通りよ。もともとウェスティンは土地が痩せていたのだけれど、先代様が故郷の日本から植物の種や、鳥の卵などを召喚してくださって。それ以来、ウェスティンの食事情はずいぶん豊かになったのですよ」
「見て来たように語るね。ショーロが産まれたときには、すでに今と変わらぬ食事情だったはずだが」
ヒイロ王子がからかい口調で話しに割って入る。
「自国の歴史を語るのに、伝聞系にはいたしません。まさか、ヒイロはおとぎ話のように歴史を語るの?」
「そうだね。幼い弟妹には、そうするね」
ショーロ王女は、ぐっと言葉に詰まった。そういえば、ショーロ王女は第一王女って言われてたけど、妹さんがいるのかな?
「わ、わたくしも、妹には難しい言葉では接していないわ」
小声で言って、ふいっと目をそらす。そのまま美しい唇に言葉がのることはなく、ヒイロ王子も口をつぐんでしまった。
なんとなく居心地が悪い空気になってしまったな。二人にしかわからない問題がなにかあるんだろうけど……、聞くのも悪い気がする。話し合いも終わったんだし、あとは静かにしてればいいよね。
ポロ車の穏やかな揺れに身を任せていると、眠気が……。
カタンと小さく揺れて、目が覚めた。なんだっけ? ここどこだっけ?
「おはよう、アサヒ」
声の方を振り仰ぐと、ヒイロ王子が微笑んでいる。すごい至近距離だ。あわてて離れると、ヒイロ王子はクスクス笑った。
「よく眠っていたね」
どうやら、ヒイロ王子の肩に寄りかかって眠っていたらしい。一国の王子の前で、なんということを!
慌てていると、ショーロ王女も美しい笑みを浮かべていることに気付いた。
「愛らしい寝顔だったわ」
あわわわわ。王女様にまで、よだれを見せてしまった。手の甲で口元をゴシゴシしていると、外から声がかかった。
「ショーロ王女殿下。トンビマイ伯爵領に到着いたしました」
「では、ショーロ王女。扉を開きます」
「お願いいたしますわ」
一瞬で、ヒーちゃんも、ショロちゃんも、王子・王女の顔に戻った。さすがだ。
ドアを指一本分くらいの幅に開けて、ヒイロ王子は手を離した。あとは外から引き開けられて、ウェスティン王国騎士のツチグリさんが敬礼している。
「トンビマイ伯爵閣下ご不在のため、スギエダ子爵閣下がお見えです」
姿は見えないけど、外から、低くてぼそぼそした喋り方の声が聞こえる。
「第一王女、ショーロ様。このたびはトンビマイ伯爵領にお立ちよりいただき、真からの御礼と拝謁の……」
なんだか、だんだん声が小さくなっていく。ショーロ王女には聞こえているんだろうかと横目で見てみたけど、表情一つ変わってない。まあ、聞こえてるか、聞こえていなくても問題ない内容か、どっちかなんだろう。
しばらくモゴモゴ言っていたスギエダさんが手を差し出してショーロ王女をエスコートする。その後にヒイロ王子がついて下りると、スギエダさんが、ぎょっとして動きを止めた。
「アルトメルト王国第一王子、ヒイロ殿下ですわ。旧交を温めるため、同乗していただきましたのよ」
口をパクパク開け閉めしながら、スギエダさんはショーロ王女とヒイロ王子の顔を見比べた。なにをそんなに驚いているんだろうと思って、そうだと思いだした。未婚の男女だけで立ち会うのは、いけないことだってね。それで面食らったのだろう。
「聖女様、お手をどうぞ」
ヒイロ王子が大げさなほどに腕を大きく動かす。スギエダさんに第三者がいたことを見せるためかな。ヒイロ王子の手を借りて、ぴょんとポロ車から飛び降りた。
「アルトメルト王国聖女、アサヒ様ですわ。篤くおもてなしくださいね」
「はっ!」
スギエダさんはそれだけしか声が出なかったみたいで、あとはかなり長い時間、最敬礼していた。
トンビマイ伯爵の屋敷は、控え目だ。お城ではなくて、四階建てのお屋敷。部屋数はすごくあるみたいだけど、塀も低いし、なんだかフレンドリー。
と、思っていたら、領地の周りをぐるっと高い壁で覆っていて、兵士さんのおうちが壁沿いにあるんだって。それが変わってるみたいで、ヒイロ王子がスギエダさんの説明に感心していろいろ質問してた。
ヒイロ王子が熱心過ぎて、スギエダさんが話す領内の説明を聞きながらトンビマイさんのお屋敷に入った。どうやらマナー違反のようで、スギエダさんの周りの人は冷や汗をかいているし、ヒイロ王子の執事さんはなんとかヒイロ王子を止めたいみたい。目くばせを送ってるけど、ヒイロ王子はまったく気づかない。
ショーロ王女はと見てみると、穏やかに微笑んでいるように見えたけど、唇がふるふる震えている。ああ、噴きだしそうなんだな。幸せそうで良かった良かった。
アルトメルトの一団にとっては、ここは休憩させてもらうだけの場所だけど、ショーロ王女にはお仕事があるらしい。私たちが通された応接室で軽く挨拶すると、別室に移っていった。
「ヒイロ様、先ほどのような行いは、謹んでいただきとうございます」
応接室のドアが閉まった途端、執事さんがヒイロ王子にお小言をくりだした。
「すまない。だが、実りのある時間だった」
ホクホクと嬉しそうなヒイロ王子は、延々続く執事さんのお小言を聞く気がないらしい。懐から筆記具を取り出して、メモを書きだした。
知識欲に夢中なヒーちゃんを放っておいて、シロハツさんに聞いてみた。
「みんな胸元に荷物を入れてますけど、どこに入るんですか?」
「聖女様のお衣装は、特別な巻き方でございますから、お荷物は入りません。一般的な巻き方ですと、胸元にふところという袋状のドレープが出来るのです。そこに身の回りの小物をしまっております」
へえ、巻き方の違いなんだ。そういえば、私は自分の持ち物ってなにもないなあ。ハンカチ一枚、持っていない。必要なときはシロハツさんがふところから取り出してくれるから。
でも、このままショーロ王女のポロ車に乗っていくなら、ハンカチは欲しい。よだれ拭き用に。
私にもふところをくれ、それはなりません、くれ、なりませんと、シロハツさんと押し問答していたら、お茶とお菓子が運ばれてきた。
わーい、おやつだ。たっぷりあるぞ、和菓子が。ようかん、どら焼き、みたらし団子、おかき、柏餅みたいなやつ、イチゴ大福みたいなやつ。
たぶん、柏の葉っぽいのとイチゴっぽいのはこの世界のものだろう。お茶は煎茶だった。クヨウにも茶畑があるってことだね。一口すすってみる。懐かしい緑茶の味。しみいるー。
和菓子に馴染みがないヒイロ王子に一つずつ解説しながら、もりもりといただく。ウェスティン王国では近侍も食事を共にすることがあるということで、別のテーブルだけどシロハツさんと執事さんも同じお茶とお菓子を食べている。
シロハツさんがなにか食べているところを見るのは初めてだ。上品できれいに召し上がるなあ。目が合うと、シロハツさんはあわてて口の中のものを飲み込んだ。
「いかがなさいましたか、アサヒ様」
「シロハツさんの食は美しいなと思って」
私の言葉に、シロハツさんは真っ赤になってうつむいてしまった。
「もったいないお言葉、いたみいります」
ん、かわいいから、今後もどんどん褒めちゃおう。
おやつも平らげて、ヒイロ王子が語る、よくわからない建築講義を聞き流していたら、お屋敷の人(たぶん執事さん的な人)がやって来た。
「虫押さえ程度ではございますが、お菓子はまだご用意がございます」
うーん、お菓子はもう満腹かな。ヒイロ王子を見ると、同じなようだ。小さくうなずいてみせると、上品な笑みを浮かべて「素晴らしい食、堪能しました」と伝えてくれた。
「ショーロ王女のご用件は順調にお進みでしょうか」
執事さん的な人は深く腰を折る。
「長らくお待たせいたしまして申し訳ございません。ショーロ王女殿下におかれましては、王城への道中で行き違われたトンビマイ伯爵閣下からの答申をお読みいただいております」
「なんの答申なんですか?」
つい聞いてみたけど、執事っぽいさんはぐっと言葉を飲んだ。一瞬だけだけど。
「聖女様の御耳にお届けするほどの用件ではございません。どうぞ、お気遣いくださいませぬよう」
ああ、なんか政治の話なのかな。あんまりよその国の話に首を突っ込んだらダメみたいだね。ヒイロ王子も黙って聞いてるだけだし。
「午餐はショーロ王女殿下より、ぜひご一緒くださいとのお言葉でございます。お待ち願えますでしょうか」
うん、小さくうなずく。
「もちろん、私どもも、ショーロ王女と卓を囲みたいと思っております」
執事っぽいさんは滔々と色々と様々と深々と御礼を言って部屋を出ていった。
「ものすごく丁寧。執事さんって大変なお仕事ですね」
ヒイロ王子の執事さんに言ってみたら「恐縮です」と短く返された。長々とは喋ってくれなかったよ。お国柄かな、それとも性格の違いかな?
ヒイロ王子が本格的に建築に関する記述を始めちゃったから、ヒマを持て余して、シロハツさんとしりとりをして遊んだ。
「しりとり」
「リカンチョ」
「それ、なんですか?」
「山鳥の一種でございます。鳴き声が非常に美しく、愛玩されることが多うございます」
「えっと、じゃあ、チョリ」
「リシリー」
「それ、なんですか?」
「リシリーは……」
ぜんぜん先に進まない。けど、けっこう勉強になったと思う。
ノックが鳴って、執事さんがドアを開けた。ドアの向こうでは、このお屋敷の執事っぽいさんが深々と頭を下げている。
「大変お待たせいたしました。午餐にご案内いたします」
わーい、お昼ごはんだ!
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