第28話 ブナハリ、まいります。
※※※
ブナハリはウェスティン側から関所を覗いていた。
一見して堅気の人間とは思えないほどに着飾っている。ウェスティンで見かけることの多い薄物のローブ姿の娼婦の装いである。関所を抜けて帰国する主人を出迎えるために立っているように見せているのだ。
その豊満な美貌を通り過ぎる人たちにジロジロと見られることもあるが、化粧で別人のように顔を変えている。
正体を隠すためには、誰とも見知らぬ女の顔を見られることはかえって好都合だ。
待っていた商隊がやって来たのは夕暮れも近づいた頃だった。
御者台に二人、荷台に二人、計四人乗った、一般的な商店が使うような荷車に、穀物を入れる袋が積み過ぎなほど満載されている。
それが六台連なっている。
よほどの豪商の商隊だろうと思われるが、皆、どこかギスギスした空気を感じさせる。
先頭の荷車が関所の衛兵に小さめの布袋を渡した。関税を渡したように見える。だが、衛兵は小袋の中身をちらりと見ると、他人から見えないよう、隠すようにして、サッと胸元にしまった。
商隊は関所を通った緊張も感じさせぬまま通り過ぎていく。
ブナハリは待ち人を諦めた風を装い後を追おうとした。
「ねえさん、お待たせ」
ウコンハツの声だ。振り返り、きれいな笑顔を作ってみせる。
「おかえり。あんた、遅かったじゃないか」
「さっきの商隊がグズグズして、なかなか前に進めなかったんだよ。アルトメルト王国で積荷を買いすぎたんじゃないかい」
歩きだしながら、ブナハリがチラリとローブ姿のウコンハツに視線をやる。
「そんなに買い込んでたのかい」
ウコンハツが小さく頷く。
「そりゃあ、もう。国中の食糧を買い占める勢いさ。あんなに質の良い食糧、どこのお金持ちが買うんだろうね」
「食通の伯爵様やら、豪商だろ」
十分に関所から離れた。周囲の人とも距離が空いている。
「誰だと思う?」
「そりゃあ、食通って言って有名なのは、オオイチョウ伯爵、ヌメリスギ伯爵、ハタケ伯爵ははずせないね。それと豪商のヒカゲシビレさんは商売用じゃなくて、自分の食事のためだけに豪華な食材を買い集めてるっていうじゃないか」
「そりゃ豪勢な話だね。よっぽど金がかかるだろうねえ」
「関税を払わなくてよければ、安く上がるだろうけど」
ウコンハツはウェスティン風のローブの袖から手のひらに乗るほどの小箱を取り出した。
「ねえさん、これ。カント男爵領のお土産。ちょっと煙たいけど」
「ありがと。ああ、やっと商隊が曲がっていくと思ったら、また、あたしたちと同じ道だよ。だらだら歩くのは性に合わない。あたしは別の道から行くよ」
「あたしはこのままでいいよ。じゃあね、また後で」
「ああ。気をつけて。今夜はハタケの手入れをしよう」
大まかな情報交換は終わった。ウコンハツは引き続き、商隊のあとを追う。
日もくれて灯りの乏しいハタケ伯爵の別荘。その門が見える木陰にブナハリが潜んでから間もおかず、ウコンハツが隣に下り立った。どうやら樹上からやってきたらしい。
「入った」
ブナハリが短く言う。
「ハタケに一台、農家の倉庫を装った拠点に二台。残りはヒカゲシビレ邸」
「三台とも?」
「ああ」
その時、邸から大きな爆発音が聞こえた。ブナハリもウコンハツも、動きを止めて邸を見つめる。
「厨房付近だ」
ブナハリが短く言うと、ウコンハツは木々を渡って、ハタケ伯爵邸の裏手に回っていった。
ブナハリも木陰から飛び出し、邸の高い壁を飛び越える。
闇に目を凝らさなければ見えないほど、ブナハリは気配を感じさせない。火事で人手が薄くなった前庭をなんなく通り抜けた。
植栽の陰から覗くと、燃え盛る厨房から、わらわらと使用人たちが逃げ出してくる。どうやら火元は厨房内らしい。
建物の裏手から大勢の衛士が駆け出してきた。
「おかしいな」
ブナハリは夜風のような小声で囁く。
衛士の数が多すぎる。ハタケ伯爵は現在、登城が必要な時期だ。王城近くの本邸にいるはず。
主人がいない別荘を守るには不必要な人員を配置しすぎだろう。
わあっと人声が上がった。荷車に数人の街人らしき者たちがしがみついている。皆、ローブの袖を捲り縄で縛ってある。暴れる準備が万端だ。
待ち人たちは数人がかりで、まだ縄を外されぬままのポロが火におびえて暴れようとするのを力任せに押さえつけている。
その街人たちに向かって衛士が剣を繰り出す。にわかにポロ車の周囲は血なまぐさくなる。
街人の中にかなりの手練れが数人いる。その者たちが衛士と対峙している間に、ポロ車は裏門から通りに引きずり出された。
街人が御者台に乗り、ポロに鞭を入れる。火を怖がっていたポロは一目散に駆けだした。
「ポロ車を追え!」
衛士が街人を一人、切り伏せた。足止めは失敗だ。街人は散開して逃げ出す。衛士の何人かは街人を追おうとしたが、再びポロ車奪還の指示が走り、一斉に屋敷から駆けだしていった。
ウコンハツはポロ車の荷台にブナハリが忍び込んだことをしっかりと確認していた。屋敷の使用人たちが街人を捉えようとしている隙をつき、屋敷に侵入する。
正面から屋敷を見たときに、最も大きな窓から書棚がずらりと並んでいることを確認していた。その部屋に急ぐ。
屋敷にはもともと使用人が数人と衛士がいることは調査済みだ。ハタケ伯爵には別荘に家族を住まわせる習慣はない。それでも用心を忘れるようなことはウコンハツにはあり得ない。
目的の部屋のドアを薄く開け、中をうかがう。人の気配はない。気配を消して部屋に忍び込んだ。
「っ!」
思わず声を漏らした。そこには、一人の妙齢の女性が、猿轡を嚙まされ、きつく縄で縛られて床に横たわっていた。ぐったりとして意識はない。
ウコンハツは近づいて呼吸を確認した。安らかな寝息を立てている。
状況が変わった。しかし、ウコンハツの任務に変わりはない。書棚をざっと見渡し、不自然に書類束が迫り出している部分を見つけた。一束をどけると、奥にさらに別の書類束が隠されていた。
取り出して確認しようとすると、寝息をたてていた女性がうめき声をあげた。はっと振り返る。女性はウコンハツを見上げて、目顔で訴える。
「たすけて」
と。
※※※
太さ=美!な世界に聖女として異世界召喚された痩せ体質の私はフードファイトで無双する! かめかめ @kamekame
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