第26話 王女のポロ車は楽しい……♡ かな?
「アサヒ、私はまた、きみに謝らなければならない」
ヒーちゃんが急に真面目な顔になった。な、な、な、なんですか!?
「きみのメイドをひとり、ケロウジ辺境伯領付近と関所の監視のために派遣した」
「お、おぅ」
思わず漢気あふれる返事をしてしまった。
なんだ、もっと深刻なことかと思った。ウコンハツちゃんと同じように、ヒイロ王子の命に着くわけね。
「きみが選んだメイドたちは、優秀だ。さすがに聖女の目が認めたものたちだ」
いや、それは……かなり適当に決めちゃったんです。選考方法は、一生、秘密にしていきますです、はい。
「で、仕事に就いたのは、ノウちゃんですか? ブナハリちゃんですか?」
「ブナハリだ」
なるほど。大柄で力持ちで、なのに影みたいに気配が見えないブナハリちゃんなら、斥候にぴったりかも。
「きみの護衛を削ってしまった分は、私の騎士から補填しよう」
えー、そんな。大丈夫だよお。メイドさん二人がいなくても、ノウちゃんは強いし、シロハツさんがいるし、護衛についてくれる騎士さんもいるし。
「アサヒ、なにか楽観的なことを考えているだろう」
ヒーちゃんが厳しい表情で言う。なんだ、なんだ。なにか変なこと言ったかな?
「きみはアルトメルト王国の重要人物だ。きみの安全は私の命より重い」
ええ、そんな大げさな。
「これは大げさなことではない」
あれ、頭の中身を読まれたかな?
「聖女とは国より大切な存在だ。世界のためにあられるものだ」
えーっと、急にそんなにシリアスになられてもですね。困り切って視線をさまよわせると、ショーロ王女と目が合った。救いを求めて見つめてみたら、軽くうなずいてくれた。
「ヒイロ」
「なんだ、ショーロ。邪魔をしないでくれ、これは聖女様に、アルトメルト国民として私からの……」
「わたくしも、アサヒ様とお友達になりたいの。アサヒ様、どうしたらわたくしとお友達になってくださいます?」
ショーロ様のハの字に下がった眉を見たら、答えは決まってる。
「私たち、もうお友達じゃないですか! ショロちゃん!」
ショロちゃんの顔がパッと明るくなった。
「まあ! わたくしをお友達と言ってくださるのね! わたくしも、あなたをアサヒと呼んでもよろしくて?」
「もちろんだよ、ショロちゃん!」
にこやかだったショロちゃんが、急に陰を含んだような、悪役の統領みたいな笑みを浮かべた。
「では、アサヒ。わたくしとの食対戦、受けてくださるわよね。わたくしたち、お友達なんですもの」
ええー、友達だと拒否権なしなの!?
「ショーロ、アサヒをからかうようなことをするな。アサヒ、友達だからと言って、食対戦を絶対に引き受けなければならないわけではないんだ」
なんだ、そっか。ショロちゃんと対戦しなくて済むなら、それが一番。
「王族からの食対戦の申し込みを、なんぴとたりとも断れないだけなんだ」
はいいいいいいいいい?
結局、ショロちゃんにからからわれただけだとわかって、聖女、ちょっぴり、むかっぱら。それでもショーロ王女の美しい鼻梁を見ていると、それだけで癒されて、なんでもよくなってきた。
「さて。遊んでいないで、だ」
「ええ。情報を擦り合わせましょう」
王子と王女はそれぞれ大きなトランクのような箱をポロ車に持ち込んでいた。パカッと開けると、中には書類がたくさん入っている。
ヒイロ王子の方は和紙みたいなちょっと厚めの手漉きな感じだけど、ショーロ王女の方は、薄くてスルンとしている。製紙技術に差があるみたいだ。術の研究もウェスティン王国は進んでいるというし、文明先進国なのかも。
「アサヒにも知っておいて欲しいから、簡単に説明するわね」
ショロちゃんが一枚の紙を差しだした。受け取ってみると、小さな文字でびっしりと書き込まれている。なにかの報告書みたいだ。暗号みたいだけど、聖女パワーなのだろう、私には一目で意味が分かる。
えっと、『食糧の闇取引についての探索は……』。なんと!? 闇取引の話? ショーロ王女はケロウジさんが傀儡にされる前から知っていたの?
驚いて顔を上げると、王女も王子も険しい表情で書類をさばいている。私が読み終わるのを待っているのかな。とりあえず早く読もう。
「……これ、やっぱり間違いないんでしょうか。会議中にケロウジさんも言ってましたけど。アルトメルト王国からウェスティン王国への食糧密輸って」
ショーロ王女は重々しくうなずく。
「残念ながら、証拠は持ち去られていたから、絶対と言い切るわけにはいかないけれど。私たちの調査で、不正の疑いがあるものが数名上がっています」
「アルトメルトでも調査は進めている。疑わしい者たちがいたが、尻尾を掴めずにいた。今回、ウコンハツが買い上げ品の集積場を発見したことで、調査がさらに進むだろう」
ウコンハツちゃんの調査はまだまだ続くそうだ。悪の組織を追い続けるんだって。危険な目に合わないようにと、神様にお願いしておこう。
前置きはここまで。ヒイロ王子とショーロ王女の討論が始まった。
アルトメルト王国内のいくつかの商会で、王の命令で全商品を献上したという証言が取れた。けど、そんな事実はないし、商会では商品がなくなったというのに困った様子は見えないという。
「商品がないと、商売にならないのに、変ですねえ」
高校の簿記の講義のときに、売り切れを出すのは赤字と同じくらいよろしくないと聞いたような気がするよ。
そんなことは常識なのだろう。王子も王女も軽くうなずいただけだ。
ショーロ王女が顔を顰めている。
「ウェスティン王国内の情報は錯綜していたのだけれど、ケロウジ辺境伯領の内紛と、ヤマイグチ宰相の根回しで踊らされていたようですわね」
してやられた感があって悔しいんだろう。でも負けたりしないという強い気持ちも、その表情から、はっきり見える。
王子と王女は検討を続けて、アルトメルトだけではわからなかったこと、ウェスティンでは状況が見えなかったことを話し合った。
「アルトメルト王国で徴収された食糧が、ウェスティン王国へと向かって、関所を超えたとたん、消えている」
ヒイロ王子がここまでのところをまとめた。ショーロ王女も賛成してうなずく。
「アルトメルト国内での食糧集積所がわかったのだから、その後、ウェスティン国内でどう移動するのか、聖女付きのメイドの報告を待ちましょう」
ウコンハツちゃん、がんばって! あなたの手腕が王国を救う!
「ウェスティン王国内ではアルトメルト王国が不作のため食料が高騰していると言って、値上げする業者が多くあるとの報告が上がっています。しかし、アルトメルト王国から、そのような話はありません」
ヒイロ王子が書類を一枚、ショーロ王女に手渡す。
「確かに、不作という事実はない。これが上半期の収穫高の一覧だ。どの地方も例年通りに安定した収穫量がある」
「なるほど、たしかに」
「これまでの調査中に、今回のような大掛かりで大人数での食糧調達をしていたという報告はない。急に大量の食糧が必要になった理由も調べておきたい」
アルトメルトでは穀物が主な輸出品なんだって。で、それはちゃんと収穫出来てる。
でも、ウェスティンの輸入業者には届いていない。
問題は、アルトメルトで食糧を王命と偽って買い叩いてるのは誰か。
ウェスティンに向かった食糧の行き先。
ふむ。ここまでは大丈夫。
だったんだけど、王子と王女がどんどんディープな話をするようになるごとに、知らない地名や、知らない穀物の名前や、知らない法律のことや、知らない行政事情やらに、ついていけなくなった。
とりあえず、一生懸命、耳だけは傾けておこう。
「……ということで。ケロウジ辺境伯領の調査に気を付けながら、引き続き、これまでの調査は継続しますわ」
「ああ。こちらもそうしよう。また、新たにアルトメルトとウェスティンで提携のある商会の調査も始める」
ヒイロ王子は眉間にしわを寄せて、ふうと大きなため息を吐いた。
「このまま事が大きくなると、人員が足りないな」
ショーロ王女もうなずく。人手不足なのか。お城の兵士さんってたくさんいるみたいに思ってたけど、いつもの業務があるんだから、外へ借り出すのは難しいのかな。
「新しく雇うわけにはいかないんですか?」
聞いてみたら、なぜかヒーちゃんに頭を撫でられた。
「そう出来れば話は早い。だが、新しく入ってくる人間が間者である可能性がある以上、出来ないんだよ」
「スパイが暗躍してるんですね」
そうか、ウコンハツちゃんもブナハリちゃんも、スパイなんだ。ううう、かっこいい。でも、危険な目には合ってほしくないなあ。
「そういえば、ヒーちゃんの側付きの男の子たちも、人数が減ってるような気がするんですけど」
「ああ。彼らも各地に散ってもらっている」
「もしかして、今回の遊学って、スパイを配置するために?」
「きみが言う『スパイ』というものが間者のことであれば、そうなる」
たしか、間者って忍者みたいな仕事だったはず。スパイ的なやつで間違いないだろう。
「じゃあ、ウェスティン城に着くまでに、かなり人数が減っちゃうんですね」
「正直、ここまで広い範囲での調査が必要だとは思っていなかった。私の認識不足だ」
ショーロ王女も同じような、赤点でもとったかのような顔をする。
「わたくしも、もっと辺境まで目を光らせていれば……。後手に回ってしまいましたわ」
「あ、でも。私たちがウェスティン王国に来たから、ヤマイグチ宰相が、いろんなところに兵隊さんを派遣したんですよね。帰ってくる兵隊さんたちがいろんな情報を持ってきてくれるんじゃないですか? 後手に回ったってことはないかもですよ」
ショロちゃんが手を伸ばして、私の手をぎゅっと握った。すべすべで気持ち良いー!
「ありがとう、アサヒ。そうね、気落ちすることばかりでは、なかったですわね。気を引き締めなおしますわ」
「書簡では伝わりにくかった心情的な部分も、よく理解できたしね」
「そうですわね」
悪事の捜査の心情的な部分って、どんな部分だ? どちらに聞いてみようかと顔を見比べていると、ショーロ王女が「ふん」と鼻から息を吐いた。うわあ、女王様みたいでかっこいい。あの、お城にいない鞭が似合う方の女王様。
「ヒイロはあいかわらず、レディに対する心配りが出来ていないことが、よくわかりましたわ」
「おや、ショーロがレディだったとは。初めて知ったよ」
えええ、なんか小競り合いが始まったよ? 何年も文通してるのに、仲良しじゃないの?
交際疑惑に嫌そうな顔をしてたけど……。そこまで嫌がらなくても。
「こんな失礼な男の側にいたら、大変でしょう、アサヒ。この後もずっとわたくしのポロ車で移動しましょう」
「え、ええ? あの、別に大変なことはないですけど」
「そうだよ、ショーロ。アサヒは立派なレディだからね。誠心誠意をもって仕えているよ」
「あら。それなら安心だわ。アサヒは素晴らしい聖女様だから。アサヒ、なにか不満があったら、わたくしに言ってくださいね。いつでもヒイロをこらしめに行きますから」
二人がヒートアップして、ずいずいと距離を詰めてくる。美男美女の顔が近い、近い。話しを自分のことからそらそうと、話題を探す。
「あのお」
「なんだい、アサヒ」
「お二人は、ケンカするほど仲が良いっていう間柄ですね」
ヒイロ王子は額を手で覆って大きなため息を吐き、ショーロ王女は貧血でも起こしたかのように背もたれにぐったりと身を預けた。
えええ、大きすぎるリアクション!?
「アサヒ、わたくしはヒイロは世の女性全員にとっての敵であると思っておりますわ」
「敵ですか? どうして?」
「先ほども申しましたが、レディに対する態度がなっていない!」
ショーロ王女がギロリとヒイロ王子を睨み据える。
「私も先ほど言ったが、レディには誠意ある態度であたっている。ショーロをレディだと認められないというだけの話だ」
ヒイロ王子が見たことのない冷たい視線をショーロ王女に向ける。二人とも迫力があって怖いよう。
「でででで、でも。何年も文通してたんですよね? 嫌いなら、止めちゃうのでは」
ショーロ王女は、にこやかに私の手を取った。
「初めて会った時からヒイロは虫が好かない相手でしたから。それがわかっていれば、なんということもないのですよ」
んんん? どういうこと?
「私も同感だ。ショーロが冷たい人間だと知っていたから、書面から立ち上る敵意も当然と思えた」
「て、敵意って。なんだか大げさじゃないですか?」
「ショーロは十枚の文書を寄越すと、そのうち七枚は私に対する悪口雑言だ」
ひょえええ。本当に? と、ショーロ王女を横目で盗み見ると、まったくその通り、みたいな余裕の笑みを浮かべてた。
世の人がラブレターではないかと噂していた手紙には、長年のケンカ上等な思いが詰め込まれていたんだね。
「ラブレターじゃなかったんですね」
残念。ちょっと、人様のラブレターって覗いてみたかったんだけど。
「わたくしはヒイロみたいな不真面目な男性はご免こうむりますわ。誠実な方を見つけます」
「私もショーロのように冷たい人は嫌だな。心根の温かな人物を好むよ」
ショーロ王女の目が、また鋭く厳しくなる。
「それは、わたくしが人として冷たいと言っているの?」
「そうだが、なにか問題が?」
もう、二人とも怖いからやめてよー。私、ちょっと涙目なんですけど。
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