第20話 スエヒロちゃん、お父さんは無事だよ♡
市長さんのポロ車を借りてお城へ行くと、ポロを従えた辺境伯領の騎士団が私たちを待っていた。かなりの人数だけど、この人たち、どこにいたの?
スエヒロちゃんとお城を出たときは人気なんて全然なかったのに。
隊長さんなのかなって感じの人が進み出て、深く頭を下げた。それにならって騎士団の人たちも深く腰を折る。最敬礼だ。なんなんだろう。無言での礼って怖いんですけども。
お城の入口近くにアルトメルトの騎士さんが二人いて、ヒイロ王子と私とアミガサさんを迎えてくれた。私たちがポロ車を降りると恭しく頭を下げる。
「ケロウジ辺境伯のもとへご案内いたします」
そう言って先に立って歩いていく。城内の安全は確保されたのかな。
アミガサさんは騎士団の人たちの聴取があるとかで、外に残った。聴取って、なにを聞くんだろう?
お城に入るとガランとしていて、いまだに人がいない。外にいた騎士団は、なんだったんだろう。お城に入れない事情があるんだろうけど、罰当番で立たされてるわけじゃないんだよね。
ヒイロ王子に顔を向けてみたけど、軽くうなずかれただけで説明はない。あとで、ということなのかな。
ケロウジさんが見つかった食糧庫というのは緊急時用の蓄えを隠してあるところで、地下にあるんだそうだ。今はそこから運び出されて、一階の使用人部屋で応急手当を受けていた。市長さんのところの衛士さんと、女性が数人、立ち働いている。
食糧庫が低温なので、かなり体が冷えていて危険な状態だったらしい。ベッドに寝かされて毛布に包まれて、でも顔色が真っ白だ。
たぶん、元気な時はライオンみたいな迫力のある人だと思う。五十代くらいかな。硬そうな赤毛と口ひげが、厳つい感じを覚えさせる。
弱ったライオンはかわいそうだ。瀕死なんじゃないかと思ってしまう見た目なんだもん。目は開いているけど、意識がない状態。やっぱり傀儡にされているんだろう。
癒しの呪言と魂を戻す呪言を唱えると、ケロウジさんは、はっきりと目を開いた。きょろきょろと辺りを見回す。
女性のうち、一番若いと思われる人がケロウジさんに縋りついて泣き出した。
「旦那様、お目覚めになられたのですね……!」
「アイタケ、私はどうしたんだ。ここは?」
アイタケさんは言葉に詰まってしまった。戸惑っているケロウジさんに、ヒイロ王子が近づいていく。
「ケロウジ辺境伯、ご無事でなによりでございます。アルトメルト王国第一王子、ヒイロでございます」
「おお、ヒイロ王子殿下」
ケロウジさんは毛布を蹴脱いで裸足のまま床に降り立った。ローブは着ていないけど、あの袖に両手を入れるような、空手映画みたいなポーズの礼をとる。
「このような姿で大変失礼をいたします。お出でのこととも知らず、なにかご不便をおかけしておりませんでしょうか」
うーん。ケロウジさん、どこまで記憶があるんだろう。市長公邸で捕まった人たちは十日分くらいの記憶がないみたいだって、ここにくるまでの車中で聞いたけど。
ヒイロ王子は病み上がりだからと遠慮してか、優しくケロウジさんに語りかける。
「お体の調子が戻ったばかりだというのに申し訳ないのですが、少々、お話を聞かせていただきたい」
「体の調子でございますか? いつも通りのように感じておりますが」
「ケロウジ殿。貴殿は宰相、ヤマイグチに監禁され、食糧庫に押し込まれ弱りきっていました。体調の回復は我が国の聖女、アサヒ様の癒しの呪言のためです」
ケロウジさんはわからないことだらけで混乱しているみたいだけど、私に最敬礼を見せてくれた。
「聖女、アサヒ様。我が命をお救いいただけたとのこと、感謝の念にたえません」
軽く頭をぺこり。聖女はもったいぶらなければならないからね。
「それでは、ケロウジ殿……」
ヒイロ王子が聞き込みを開始しようとすると、アイタケさんがすっと立ち上がった。
「恐れ入ります、ヒイロ殿下。ケロウジの身支度にお時間を賜れませんでしょうか」
アイタケさんの肩がプルプルと震えている。もしかしたら、王族の言葉を遮るって、すごく大変なことなのかも。不敬っていうやつ。
ケロウジさんはアイタケさんに厳しい視線を送ったけど、アイタケさんは頑として譲る気はないと視線で訴えている。
「これは失礼を。場を改めます」
ヒイロ王子の言葉を聞いて、ケロウジさんが深々と頭を下げた。
「重ね重ね不調法をお見せしまして、心からお詫び申し上げます。応接の間にてお寛ぎいただきたくお願い申し上げます。急ぎ身を整えてまいりますゆえ」
ヒイロ王子が、ふっと笑顔を見せる。
「こちらこそ、失礼しました。どうぞお気になさらず、御用をお済ませください」
ケロウジさんはどこか気恥ずかし気に頭を下げた。
ケロウジさんの奥さん、アイタケさん付きのメイドだという女性に先導されて部屋を出て、ハッとした。もしかして、ケロウジさん、毛布の下は下着のみだったのでは。
ローブを着ていないって、そういうことだよね? タンクトップとトランクスみたいな恰好だったな。
この世界の下着かあ。アルトメルト王国の女性は、布をちょこっと巻き付けてるだけ。私は正直、不安。ウェスティン王国風のパンツ、縫ってもらおうかな。
「アサヒ、どうかしたのかい。眉間にしわが寄っているよ」
ヒイロ王子が、ひょいと私の顔を覗き込んだ。
「な、なんでもないです!」
まさかパンツのことを考えていたなんて言えない。ヒイロ王子と目を合わせないようにするため、床だけを見つめて豪華な階段を上った。
応接の間でお茶をいただいた。やっぱり花茶で、ほっと心が温まる。
で、メイドさんいわく。
「お茶菓子もご用意できずに申し訳ございません。食糧の一切合切を持ち出されてしまっておりまして」
なんてこと! ヤマイグチ宰相の仕業か!? 私のこの空腹をどうしてくれよう! 出会ったら鉄槌をくだしてやる!
怒りの形相が凄かったのか、同行してくれている騎士さんの一人が部屋を駆けだしていった。なんだろうと思っていると、従軍時の携帯食料を持ってきてくれた。
いやっほーい! これ、美味しいんだよね。私の部屋の警備をしてくれている女騎士さんが秘密で食べさせてくれてから、もう病みつき。
「いっただっきまーす」
袋に頭を突っ込むような勢いで食べ始めようとしたけど、ぐっと耐えた。
騎士さんたちだって、ヒイロ王子だって、お腹を空かしてるんだ。
袋の中の携帯食料は六枚。私、ヒイロ王子、騎士さん二人。うん。足りる。足りるということは、みんなで分けた方がいいということで。
私の取り分が減るということで……。すごく悲しい。すごく空しい。
ああ、私はいつからこんなに食に汚くなってしまったのだろうか。
はい、生まれたときからだったわ。知ってた。
「はい」
袋の口を大きく開けて、ヒイロ王子に差し出す。
「くれるの?」
無言でうなずいたら、ヒイロ王子は一枚取り出して、私の頭を撫でてくれた。心にしみるぜ、その気遣い。
騎士さん二人にも差し出した。かなり抵抗を見せたけど、そんな遠慮を押し切るべく、ぐいぐいぐいぐい袋を鼻先に押し付けていたら、二人とも一枚ずつ取って食べだした。よしよし。
残りは三枚。ぐふふふふ。
三枚とも食べちゃおうかなー。にやにやしつつ一枚とって、ぺろりと食べてしまったところに、ノックの音がした。
一応、上品に見えるよう精いっぱい姿勢を正す。
「お待たせいたしまして、大変申し訳ございません」
金茶色のローブに身を包んだケロウジさんがやって来た。最敬礼。待たせたくらいで最敬礼なら、王族に水でもかけた日には……え、打ち首とか?
バカなことを考えている間にケロウジさんは席についた。新しい花茶が運ばれてきて、なんとなくひと段落ついて、さあ、話し始めるぞという瞬間に、ケロウジさんのお腹が鳴った。それはもう、豪快に。それはもう、美しく。
携帯食料の袋を捧げ持ち、私はケロウジさんに差し出した。
「召し上がれ」
「いや、しかしこれは、聖女様のお食事では?」
「食は神からの授かりものです。空腹なものに等しく与えられるべきもの」
そんなことが信仰の書に書いてあった。ケロウジさんは大層感激した様子で、二枚の携帯食料を左右の手に持ち、あっという間に飲み込んだ。
あー……。二枚とも食べちゃったか。あー……。
「それでは、ケロウジ辺境伯。今回の顛末から説明しましょう」
ヒイロ王子が簡潔にまとめて、ケロウジさんに今回の事件で判明していることを話しだした。
私もまだ、すべての内容は聞いてないから、真剣に耳を傾ける。
恐らくヤマイグチ宰相が、催眠術でケロウジさんを傀儡にしていたこと。
スエヒロちゃんが宰相に騙されて利用されたけど、今はもう安全なこと。
同じく傀儡にされていた辺境伯領騎士団の騎士が、私たち一行を襲ったこと。
ヤマイグチ宰相は多くの騎士を連れて姿を消したこと。
傀儡にされていないはずの騎士百騎が、なぜか王城に向かっていたこと。
その騎士たちが帰還して、現在、アミガサさんが事情聴取していること。
ケロウジさんは驚きすぎたみたいで、固まってしまった。ようやく動いたなと思ったら、床に両手をついて頭を下げた。
「娘が御身を危険にさらしたこと、いかにお詫びしても詫びきれません。また、そんな娘を助けていただけたこと、心より感謝いたします」
わあ、放って置いたら腹切りでもしそうな勢いだ。誰か止めてー!
「顔を上げてください、辺境伯。なにより、スエヒロ嬢がご無事で良かった」
ノックの音がして、ヒイロ王子は話を中断した。部屋に入ってきたのはアミガサさんと、お城の外で見た騎士団の隊長さん。
「お話し中、失礼いたします。騎士団員からの聴取が完了いたしました。キシメジ隊長からご報告いたします」
アミガサさんの報告を受けてヒイロ王子が頷いた。キシメジさんは深々とお辞儀をしてから話し出した。
「我が隊は領主の命を受け、ショーロ王女の護衛のため王城に向かっておりました」
ヒイロ王子が眉を顰める。
「ショーロ王女の護衛? なんの話だ?」
「王城より辺境伯領へ公式に訪問なさるとのことでした。アルトメルト王国より聖女様とヒイロ王子殿下が御幸されるため、辺境伯領にて会見なさりたいとのショーロ王女の御意向であると説明を受けました」
隊長さんたちは、私たち一行が王城に向かっていることを知らなかったんだろうか。ショーロ王女とは王城で会見する予定だってことも。
「アルトメルト王国騎士隊よりもたらされた、ヒイロ王子殿下からの帰還命令を受け、引き返してまいりました。また、王城へ進行しておりましたうちの三騎を、連絡のため王城に向かわせております」
ケロウジさんが困惑しているようで、そっと口を開いた。
「私はヒイロ殿下がお越しくださることも、ショーロ王女の御意向も、なにも知らぬのだが」
「それだけ長い期間、傀儡とされていたのでしょう」
ヒイロ王子の言葉に、ケロウジさんは恐縮して頭を下げた。アミガサさんが「報告を続けてよろしいでしょうか」と問い、ヒイロ王子がうなずく。キシメジさんがまた話しだす。
「一旬ほど前より、騎士団を他領に派遣されることが激増いたしました。常駐騎士総勢四百七十二名中、昨日まで残っていたものは百五十名。戦士はかなりの人数が城を離れておりました」
一旬は、だいたい一か月くらい。その頃からケロウジさんは催眠術をかけられていたんだろうか。
「王城に向け騎馬百騎と残る戦士全員を派遣すれば、城の護りが薄くなります。騎士団長が反対しましたが、我が領主の厳命を受け、我々は出発いたしました」
「ケロウジ辺境伯」
ヒイロ王子に呼ばれて、呆然自失という感じだったケロウジさんがハッとして首を回した。
「近頃、騎士団を派遣した覚えはありますか?」
「いえ、そんなことは。他領より派遣要請もございませんでしたし、兵が必要な災害なども発生しておりませんでしたので」
「では少なくとも、術を受けたのは、一旬より以前ということですね」
「先ほど妻に聞いたのですが、妻は私の指示で、次女と共に一旬半ほど前に生家へ滞在することになったと」
え、それって、実家に帰れって言われたってこと? 離婚の前置き? それともバカンス?
「ご夫人と、その話をした記憶は?」
「ございません」
じゃあ、奥さんを生家に帰したっていうときも、すでに術にかかってたのか。一か月半もかかり続けるって、ずいぶん強い術だよね。クヨウの催眠術は並大抵じゃないんだ。
「かなり時間をかけて計画を立てていたようですね。一旬半というと、アルトメルト王国からウェスティン王城へ参上する旨の文書を差し上げた頃だが……」
なにか考え込んで、ヒイロ王子は言葉を切った。その沈黙の中、ケロウジさんがガバッと頭を下げた。
「申し訳ございません! 私がヤマイグチの悪事を見抜けなかったために、王子殿下、聖女様を危険に巻き込んでしまうなど。お詫びのしようもございません」
「あのお、ヤマイグチ宰相の狙いは辺境伯への下剋上かと思っていましたけど、もしかしたら、ヒイロ王子を暗殺することが目的だったのかもしれませんよね」
みんなの視線が私に集まる。ついポロっと思いついたことを言っちゃっただけなんだけど。見当違いだったら、どうしよう。
「私の暗殺?」
ヒイロ王子に聞かれて、コクリとうなずく。
「スエヒロちゃんに案内された部屋に兵士を潜ませておいたり、市長公邸まで襲わせたり、ケロウジさんを狙ってたんなら、必要ないことですよね」
「そうかもしれないね。内乱を起こすつもりならば、私たちが訪れる前か、通り過ぎてからの方が都合が良いだろう」
そうだとすると宰相は、まだ近くで潜んでいたりするのかもしれない。お城を空っぽにするなんて大掛かりなことをして、逃げ出すだけなんてことはないのでは?
「いろいろ検討すべきことが多いな。ケロウジ辺境伯、まずはヤマイグチ宰相の捜索が先決かと思われますが、潜伏先の心当たりは」
ヒイロ王子が尋ねると、ケロウジさんは何か所か候補を挙げたんだけど、どこもすでに捜索済みだった。しかもどの捜索先も荷物もなにもなくて、逃亡の準備はかなり前から進めていたみたいだそうだ。
騎士団が帰って来たから捜索範囲を広げて、ケロウジさんが他領との連絡もとるということで、次の問題に移ろうとした。
そんなところで。
私のお腹が、劇的な音で空腹を主張した。ヒイロ王子が厳しい顔つきになる。すみません、真面目な席でお腹を鳴らして……。
「聖女様、すぐに市長公邸に戻り、夜食をお摂りください。今夜は予定通り、市長宅でお休みください」
ヒイロ王子の表情に緊張が浮かんでいる。なんでそんなにシリアスモードなの?
「え、でも、まだ話は終わっていないのに……」
キョロッと部屋の中を見回すと、みんなが深刻そうな雰囲気をかもしだして、私を見つめている。アミガサさんが私の手を取って無理やり立ち上がらせた。
「聖女様に空腹のままお過ごしいただくわけにはまいりません。どうぞ、お早くポロ車へ」
なんだなんだと思いながら、半ば引きずられるようにしてお城から連れ出された。ポロ車にのせられて、二人の騎士さんに護衛されながら市長公邸に戻っていく。
あっと思う。
そうだった、聖女は常闇を払うために満腹になるのが仕事なんだった。食べるぞ!と意気込んだけど、同時に、みんなの空腹のことを思って気が重い。
市長さんに、夜食を届けてあげられないか、聞いてみよう。
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