第21話 食糧不足でみんな空腹だぞ……♡

 市長公邸に戻ると、スエヒロちゃんはもう寝てしまっていた。朝にはお父さんが無事だったと教えてあげられる。うん。いい朝になるでしょう。


 公邸はてんやわんやで炊き出しが行われていた。お城にいる人や捜索隊、それと、捕まっている傀儡にされていた人たちの分も。

 クヨウの人たちは食べる量が半端じゃないから、それはそれはもう厨房は戦場だった。 

 

 学校給食で使われるような大きな釜がずらりと並んで、それぞれにお米が炊かれている。炊けた端からおにぎりが作られていく。

 シロハツさんも炊き出しに参加してたんだけど、私が帰ると仕出し班から抜けてきた。私の夜食を確保してくれて、部屋まで案内してくれた。


「アサヒ様、ご無事でなによりでございます」


 機密情報を話す必要があるからと、シロハツさんはお城まで同行できなかった。その間、だいぶ心配してくれていたみたい。


「大丈夫ですよ。ヒイロ王子もアミガサさんもいましたから」


 シロハツさんは本当に安心したみたいでニコニコさんだ。運んできた盆を座卓に置いてくれた。緊張していたあとの和室って、心がほぐれる。


 盆に乗っているのは、それはそれは大きな海苔巻きおにぎりが三つ。たぶん、アミガサさんのグーくらい大きいと思う。

 たまご焼きときゅうりの浅漬には紫蘇が巻いてある。手づかみで食べやすいようにするためかな。


 お腹がまた、ごおうと嵐の風のような音を立てた。


「いただきます!」


 海苔巻きおにぎりを両手で掴んで、あぐっと噛みつく。塩気強めで美味しい。兵士さんたち汗だくで走り回ってただろうから、このくらいでちょうどいいんだろう。


 おにぎり一つに卵焼き一つのバランスで食べていく。卵焼きはほんのり甘め。甘いたまご焼きが嫌いな人でも、これくらいならイケるんじゃないかな。たまごの味がぎゅっと詰まってて、ほんの少しの調味料で美味しい。


 きゅうりの浅漬けは、夕方の騒動のあとに漬けたのか、本当に浅い。でもこれもきゅうり自身が美味しい。本当にウェスティン王国の和食材は質がいいな。どんな畑で育ってるんだろう。そんで、どうしてこんなに日本のものが普及してるんだろう。

 騒動が落ち着いたら、ケロウジさんとか市長さんとか、誰か教えてくれるかな。


 おにぎり、たまご焼き、浅漬け、おにぎり、たまご焼き、浅漬け。そのローテーションで食べ進み、食べ終えた、あっという間に。

 物足りないけど、炊き出しをお代わりするわけには……。


 メイドさんのノウちゃんが盆を下げて、お茶を持ってきてくれたんだけど、携帯食料が一緒に盆にのっている!


「こ、これ、もらって良いんですか? みなさんの大切な食料では……」


 ノウちゃんとシロハツさんを代わる代わる見ていると、ノウちゃんはスカートのポケットから、シロハツさんは胸元の布の中から、携帯食料をいくつか取り出した。


「本当にアサヒ様はお優しくていらっしゃいますね。携帯食料は私たちにも十分な量が支給されております。どうぞ、お好きなだけ、お召し上がりください」


 わかりました! 辺境領のみなさんに感謝して、手を合わせる。


「いただきます!」


 何度も食べた携帯食料なのに、今までで一番美味しく感じた。





「聖女様!」


 とつぜん耳に飛び込んできた大音声で目が覚めた。

 襖がワッと開けられて、まぶしい光が飛び込んできた。それとともに、逆光で顔が見えない人物が飛び込んできた。な、なに?

 半分寝ぼけた状態で起き上がると、枕元にスライディング正座してきたのがスエヒロちゃんだとわかった。


「聖女様、お父様を助けてくださって、ありがとうございます!」


 ああ、ケロウジさんの無事のことを聞けたんだな。良かった。


「すごく元気になったから、もう安心だよ」


 スエヒロちゃんの笑顔が弾けた。


「もうお城に帰れますよね。お父様とお母様に会えますよね」


 それは私に聞かれてもわからないなと思っていたら、いつの間にか廊下で控えていたシロハツさんが教えてくれた。


「まだ危険が去ったと確認できておりません。スエヒロ様には、こちらの公邸でお待ちいただくよう、ケロウジ辺境伯様よりご指示がございます」


 スエヒロちゃんは、ガッカリと肩を落としたけど、すぐにしっかり顔を上げた。


「お父様のお言いつけ、私、ちゃんと守ります。私はもうレディですから」


 たくましい言葉が聞けて、ホッとした。




 身支度を整えて部屋を出る。昨夜はてんやわんやしていた邸内が、いやに静かだ。

 朝食が用意されていると別室に呼ばれてるけど、なんだか気になる。厨房を覗きに行った。


 厨房には料理人さんが二人いるだけで、炊き出し班はいない。もう朝の炊き出しは終わったのかな。


「話が違うじゃないか! 今朝、キツ粉を百袋、準備できると言っただろう!」


 厨房の裏口で料理人さんが大声を出した。


「そう言われましてもねえ、うちも困ってるんですよ。まさか取引先がどこも商品を売ってくれないなんて」


 なんだなんだ。シロハツさんと顔を見合わせて「?」と思っていると、もう一人の料理人さんが慌ててやって来た。


「お騒がせいたしまして申し訳ございません」


 基本的に喋らないことになっている私に代わってシロハツさんが質問してくれた。


「あちらの来客は商人でしょうか。なにか仕入れに問題でも?」


「はあ。それなのですが、商人たちが軒並み食材を納入できないと申しまして。私どもも、なにが起きているのか困惑いたしております」


「困惑?」


 思わずポロリと呟いてしまった。料理人さんは、ハッとして慌てて頭を下げた。


「申し訳ありません! 聖女様にお聞かせ出来るようなことではございません。下々のこと、お気遣いくださりませんよう」


 そう言われたら、余計に気になる。聞こえてないふりをして、スイーっと厨房に入って言い合いしている二人の側に行く。二人ともぎょっとして、最敬礼。


「顔を上げてください。聖女様はなにが起きたかお知りになりたいとおっしゃっておられます」


 商人さんと料理人さんはチラリと目をみかわして、意思疎通を図ったみたい。同時に頭を上げた。


「こちらは、公邸と契約している商会の店主でして。今朝の炊き出しのための食材を急ぎで頼んでおいたのですが、入荷できていないと……」


 シロハツさんが目線を商人さんに送って、話を促す。


「私どもの仕入先の何軒もの農家が、どこへ行っても品が無いと申しまして」


「品切れの原因はわかっているのですか?」


 シロハツさんが尋ねると、商人さんは言葉を切って私の顔を盗み見た。隠したいことがあるのかな?


「三日ほど前に、アルトメルト王国の王命で兵団が買い上げていったと」


 なんだそりゃ、話が見えない。


「仕入先の農家というのは、アルトメルト王国の者なのですか?」

 

「はい。私は粉屋でございまして。穀物は質の良いアルトメルト王国から輸入させていただいております」


 三日前、ヒイロ王子がお城を離れたタイミングでの食料買い取り。

 ヒイロ王子の暗殺疑惑。

 まるで、ヒイロ王子が国にいないことを望んでいる人がいるみたいじゃないかい?

 早とちりだろうか。でも、なんだかもやもやする。


「聖女様、こちらにいらっしゃいましたか」


 市長さんが慌てた様子で厨房に入ってきた。


「すぐに城へお昇りください。王女殿下がお越しになりました」


「王女殿下?」


 って、なんの話?


「我が国の第一王女、ショーロ様が御幸されました」


 ほへ?


 


 なにがなにやらわからないまま、ポロ者に押し込まれた。お弁当に包んでもらった朝食を飲み込む勢いで食べる。シロハツさんが喜んでくれたのが救いだ。緊張が少しだけほぐれた。


 王城で会うはずの王女様が辺境伯領までやってきた。


 ヤマイグチ宰相は王女様を辺境伯領に招くという名目で王城に騎士団を向かわせた。


 辺境伯領から王城まで四日かかる。と、いうことは、王女様は四日前には王城を出発していた?

 ヤマイグチ宰相はそれを知っていたやら、知らないやら。


 うん。なにが起きてるかわからないな。考えるのはやめて、聞くことに専念しようと、耳を揉んでおいた。


 お城の入り口につくと、兵士さんがずらりと並んでいた。辺境伯領の兵士さんたちと鎧が違う。王城から来た人たちだろう。なんでか、みんな同じくらいの背格好だ。恰幅がいいのはもちろんだけど、身長も高い。アミガサさんには負けるけど。


「聖女、アサヒ様。お待ちしておりました。ウェスティン王国、王族付騎士団重位、ツチグリと申します」


 一人だけ小柄な女性が手を貸してくれてポロ車を降りる。私と身長があまり変わらない。でも騎士団の偉い人みたいだし、きっと強いんだよね。すごいなあ。


 通されたのは謁見の間だった。いつもならケロウジさんが座るところだろうイスに、ものすごい美女が座っていた。


 真っ白で光をまとっているかのような長い髪、ルビーのような赤い瞳、造り物ではないかと思うような滑らかな肌。

 この世界での美の基準では美しいとは言われないのかもしれない。ほっそりしていて、無理をしたら折れてしまいそう。


「聖女様」


 ぼうっと女性に見惚れていたら、ヒイロ王子に呼ばれた。どうやら近くに行ったほうが良いみたい。とことこ行くと、ヒイロ王子が女性に手のひらを差し出した。


「こちらはウェスティン王国、第一王女、ショーロ様でございます」


 ショーロ王女は立ち上がって三段ある階段を下りてきた。

 優雅に、それはもう優雅に。白いローブの端をつまんで腰を折る。


「ショーロでございます」


 王女が顔を上げた。近くで見ると、目がチカチカするくらい光り輝いて美しい。


「ショーロ王女、こちらは我がアルトメルト王国の聖女、アサヒ様でございます」


 あ、私も挨拶しなきゃ。挨拶、挨拶。って、聖女はこういうときも無言なの? わからないよう。とりあえず、いつもより深くお辞儀しておいた。

 だれも変な顔しなかったから、大丈夫だったのかも。


 ヒイロ王子が他人行儀なほど礼儀正しくて、ちょっと面白い。


「アサヒ様、朝方からお呼び立ていたしまして申し訳ございません。火急の用にてご容赦ください」


 それはもちろん、大丈夫。コクリとうなずいておく。


「ショーロ王女のご意向で、部屋替えいたします。どうぞ、こちらへ」


 難しい話みたい。ショーロさんの表情が険しい。

 あっと、その前に。


「あの、朝食はまだなんでしょう? 市長さんから差し入れを預かってきたので、みなさんで召し上がってください」


 公邸に残ったなけなしの材料で作られたお弁当。大切に食べないとね。


「では、会議室でいただきましょう」


 ヒイロ王子の提案で、予定通りだったみたいで会議室に移動した。


 会議室に集まったのは、ショーロ王女、ヒイロ王子、ケロウジさん、アミガサさん、キシメジさん、あと、知らないけどなんだかお偉いさんっぽいおじいちゃんが三人。

 おじいちゃんたちは初めて見る顔だ。


 市長さんが多めに準備してくれたから、この人数でもお弁当は足りた。

 私はさすがに遠慮して、お茶をチビチビ飲んでいたんだけど、ショーロ王女が衝撃の発言をした。


「わたくし、胸がつかえておりまして、食事が通らないようです。ご恩を無下にするようで申し訳ないのですが……」


「えっと、昨夜、食べすぎたとかですか?」


 尋ねてみると、ショーロ王女は首を横に振った。それはもう、悲しそうに。


「お恥ずかしい話なのですが、わたくしは食が細くて……。王女として失格でございます」


「そんなことないですよ! 食が細かろうが太かろうが、生きてるだけで丸もうけです!」


 ショーロ王女はぱちくりと瞬きして、ふわっと花が香るような笑顔を浮かべた。

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