第2話 美味しいところだった♡
「こちらがアサヒ様のお部屋でございます。本日からお住まいくださいませ」
モリーユさんに連れてこられた部屋は、やっぱり真っ白だった。床一面、ふかふかの絨毯が敷き詰められて、部屋の中央に丸く円を描くようにいくつもクッションが置かれている。窓が大きくて燦々と光が入って明るい。この部屋の壁やらなんやらには装飾もなく、ただただ白い。家具も何もない。
「アサヒ様、どうぞ」
モリーユさんに手招かれてクッションの側に正座する。
いつの間にやってきていたのか、背の低い中年くらいのぽってりしたお腹の女性が銀のお盆と銀のコップと銀の水差し?みたいなものを捧げ持って部屋の入口に立っていた。
女性がお盆を私の前に置いて、水差しからコップになにやら甘い香りのするものを注いでくれた。
「花茶でございます」
女性がそう言って深々と頭を下げた。
「えっと、飲んでいいんですか?」
モリーユさんと女性とを交互に見ていると、モリーユさんがくすっと笑った。
「もちろんでございます」
女性に「いただきます」と頭を下げると、ものすごく恐縮された。
「そちらの方はアサヒ様の侍女でございます。シロハツさん、ご挨拶なさいませ」
シロハツという名前らしい女性がまた頭を下げる。
「シロハツでございます。なにか足りないことがございましたら、なんなりとお申し付けください」
「あの、説明が足りないんですけど」
シロハツさんがきょとんとする。うちで飼ってる犬に、指が消える手品を見せた時みたいな反応だ。
「説明でございますか?」
「ここはどこで、私はどうしてここにいるのか、聖女って何なのか、いったい今は何日なのか、そもそも何時なのか、あっ!」
両手を見下ろす。服は制服のブレザーとチェックのスカートで問題ない。
「カバンがない!」
私の大切なカバンが!
「申し訳ございません、アサヒ様」
モリーユさんがとんでもなく悲しそうな表情で言う。
「異世界より召喚出来るのは、人体だけなのです。今回、衣服もともに召喚出来たのは奇跡です」
意味が分からない。意味が分からないけど、私のカバンが手許に戻らないらしいということは分かった。
「そんなあ……」
おやつなしでどうやって生きていけばいいのよう。カバンにごっそり詰め込んだおやつを思うと、それだけでお腹がすいてグウと鳴る。ああ、私のビスケット。私のサンドイッチ。私のおにぎり。私のブラウニー。私の……。
「アサヒ様、お腹がお空きなのですね。すぐに召し上がれるものを、ご準備いたします」
シロハツさんはそう言うと、急ぎ足で部屋を出て行った。なにも言わずに分かってくれるなんて、もしかしてシロハツさんは生き別れのお母さん!? 産みの親のお母さんはうちにいるけど。
「なにもご存じない場所へお呼びして、空腹でいらっしゃることにも気づかず、本当に申し訳ございません」
モリーユさんは相変わらず悲しげだ。
「シロハツさんが戻る間に、いろいろとご説明いたしましょう」
そう言って、胸元の布の中に手を差し入れて、いろいろなものを取り出していく。地図っぽいもの、筆記具みたいなもの、本っぽいもの、いろいろ。服はぺらっとした一枚布にしか見えないのに。服の中にバッグでも忍ばせてるんだろうか。
「まず、この国と聖女様の関係をご説明いたします」
モリーユさんが広げた地図は茶色の分厚い紙製で、手漉き紙って言うんだろうか。あんな感じの素朴な見た目。そこに太い線で黒々と、円錐形を逆さにした図と、その円形をいくつかに分けるように細い線が描かれている。
「この世界には九つの国がございます。中央に一つ、その周囲に八つ。その外周の国のうち一つ、第八の台地に位置しますのが、我がアルトメルト王国でございます」
ふっくらした白い指で図の手前の部分を指し示して、モリーユさんは次の地図を取りだした。
切り分けられたバウムクーヘンのように、台形を湾曲させたような形、それがアルトメルトの領地らしい。
「王城は外周に沿って建っております。中央の第九の台地・ホクトヘ皇国、左隣りの第一の台地・ウェスティン王国、右隣の第七の台地・イデキ連合国と最も離れた土地でございます」
要するに、この世界は木の年輪のような形をしているということ、中心に円形のホクトヘ皇国、これが九番目の国。外周を八つに分けて、それぞれに番号がある。ここ、アルトメルトは八番目。
「各国には、それぞれ聖女様がおわします。この世界が常闇に堕ちてしまわぬよう、祈り、支えてくださる存在です」
さっき横にどけた一枚目の地図をまた見せられる。
「この台地の外はすべて常闇。闇に閉ざされ、強すぎる風が吹き荒れ、生き物は生命を保つことが出来ません」
そこへシロハツさんが戻ってきた。大きなお盆に果物みたいなものと、パンのようなものがどっさりのっている。
「うひょー」
思わず変な声を上げてしまった。両手で口を押さえて声を飲み込もうとしたけど、出てしまったものはどうしようもない。
こっそり目を動かすと、モリーユさんもシロハツさんも、にこやかに私を見つめている。
「アサヒ様、お好みのものがございましたら、どうぞ召し上がってください」
シロハツさんはそう言うけど、初めて見るものばかりで、何が何やら。とりあえず、一口大で真っ赤な丸い実をつまんで口に放り込んだ。
「酸っぱい!」
あまりの酸味に背筋に怖気が走った。シロハツさんがあわててお茶のコップを手渡してくれる。
「酸いものは苦手でいらっしゃいましたか。申し訳ございません」
「いえ、酸っぱいけど、美味しいです。口の中がさっぱりして、飲み込んだらすごく甘い香りが残りますね」
もう一つつまんで口に入れる。やっぱり背筋が凍るような酸味だけど、次に甘みが来ると知っているからか、気分がほぐれる。
「チリミという果物でございます。胃腸を整えてくれて食欲がわきます。食前によく食べられるものでございますよ」
シロハツさんが説明してくれながら、小さなお皿に黄色の洋ナシみたいな形の果物と、手のひら大の丸いパンのようなものをのせて渡してくれた。
「ナヌの実とモロシという焼き菓子でございます。モロシにナヌの実をつけて召し上がってみてください。甘さと濃厚な花の香りがいたします」
強く握ると潰れてしまいそうな柔らかなナヌを二つに割ると、どろりと果肉が溶け出た。モロシも割って果肉を掬うようにして口に入れる。
「んんん-! 美味しい」
これは、たまらん。高級店の食パンに特級発酵バターをたっぷり塗って花の蜜をたらしたかのような美味しさ! そんなもの食べたことないけど、きっとこんな味がするはず!
ガツガツとモロシを食べていると、モリーユさんが優しく微笑んでみせた。
「召し上がっていらっしゃる間に、お話を続けてもよろしいでしょうか」
うん、うんと頷いて食べ続ける。もう食べることに夢中で、モリーユさんの言葉半分しか聞いていなかった。
そんな私に分かったことは、この世界を救えるのは聖女だけだということ。常闇を払うため祈り、体を鍛える必要があること。とにかくたくさん食べること。
最後の言葉ほど嬉しいことはない。ここにいれば、三食に加えておやつも食べ放題だなんて!
天国に来ちゃったのかな、私。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます