第3話 勝負だって♡
お盆にのっていた果物もお菓子も食べつくして、人心地ついた。シロハツさんはとても楽しそうに私が食べるのを見守っていた。
「頼もしい聖女様でございますね」
モリーユさんも頷いてくれた。食べることなら、ちょっと自信がある。
幼いころから、私の悩みは食べても食べても太れないことだ。母方の家系は皆そうらしく、母も兄も従兄もひょろっと縦長だ。父方はふくよかなんだから、そっちの血が活きてくれてもいいのに。
幼稚園の頃から水泳を始めて、そのプールサイドのお姉さんたちに憧れたものだ。競泳水着を押し上げる、ぷりんとしたお尻、ふっくらした胸。まるで着せ替え人形みたいで、きれいでかわいいと、うっとりした。私も大きくなったら、あんなふうになりたいと思ったのだ。けど。
高校二年になった今まで、ちっともお肉は付かなかった。なんとか、なんとか、なんとかお肉をつけようと、食べて、眠り、食べて、眠り、食べて、ねむ……。
きっと運動しなければ太れるだろうと小学校、中学校と調理部に所属して食べて、食べて……。それでもお肉は付かなかった。
長年の努力で私の胃は大きく膨らみ、ちょっとした大食いファイターにも匹敵する量を食べられるようになった。
そんな私の食欲と、細すぎるけど筋肉は付いている手足を見ていたコーチに陸上部に無理やり引っ張り込まれて、走らされて……。
でも、もう太れないと諦めていた私に、この国はなんとも優しい理想郷だ。食べれば食べるほど褒めてもらえる。私は褒められて伸びるタイプ。ここでなら、きっとお肉がつくはず!
満腹で満足した私を、モリーユさんが神殿まで案内して歩く。途中、何人もの人とすれ違ったけど、みんなふくよかだ。ぱつんとお肌に張りがあって、つやつやしている。健康的な太り方だ。いいなあ。
神殿は、宮殿を小さくしたような感じだった。そうそう、タージマハル。あれに似ている。
また白いのだろうと思っていたんだけど、神殿は真っ黒だった。黒いドーム、黒い柱、壁も黒。
中に入ると窓がなくて松明が焚かれて、独特のきな臭いというような、煙り臭さが漂っている。
「まさか、この娘が!?」
耳にキーンと響く高音の叫びが、急に神殿の中にこだました。
「うそでしょう、神官長!」
声の主は左右の頬に肉まんを一つずつ詰め込んでいるのではないかと思うほど丸い顔をした少女だった。年齢はおそらく十三、四歳かな。
「うそではありません、ササ様。こちらのアサヒ様が聖女であらせられます」
ササちゃんか。年が近いし、仲良くなれ……そうもない。目を三角に吊り上げて私を睨んでる。すごい迫力。
「なんでなの、わたくしが聖女になるべきでしょう! わたくしがこの国で一番美しいのよ。こんな小筆みたいに細い娘に聖女のお役目が務まるはずないわ! 聖女は美しく清らかでなければならないでしょう!」
「大丈夫ですよ、ササ様。アサヒ様は以前いらした世界の姿であらせられます。クヨウの食べ物を召し上がれば、きっと素晴らしいお体に……」
ササちゃんはツカツカと寄ってくると、私の鼻先にビシッと指を突き付けた。
「勝負よ!」
「勝負?」
突然なにを言われたのかわからない。戸惑っている私の姿がお気に召したのか、ササちゃんがニヤニヤ笑う。
「食対戦よ。この国一番の強者である、美しいわたくしの食事を見せつけてあげるわ」
モリーユさんが慌てた様子でササちゃんを止めようと手を伸ばしたが、ササちゃんはそれを振り払うようにして、肩をそびやかした。
「触らないで。わたくしを誰だと思っているの」
ササちゃんの品格が急に上がったみたいに見える。わがまま娘からご令嬢にランクアップだ。
その気品あふれる態度のまま、ササちゃんは神殿から出て行った。いったい、何が何やら、ひとつも訳が分からない。
「モリーユさん、何がどうなったんですか?」
尋ねると、モリーユさんはそっと視線を床に落とした。
「申し訳ございません。まさか、こちらにササ様がいらしているとは、つゆとも思わず」
えーと、謝罪より説明が欲しいのだけども。
「すまないね、モリーユ神官長。ササがお騒がせして」
神殿中の視線が入口に向かう。背の高い、細身ですらっとした男性が入ってきたところだ。黒い髪と黒い瞳。知的で何というか、シュッとしている。
モリーユさんを筆頭に、みんな頭を深く下げてしまった。私もあわててお辞儀する。
「ああ、皆、かしこまらずに。ササを探しに来ただけなんだ」
ちらりと目だけを上げると、皆まだ頭を下げたまま。かしこまらずにと言われたけど、起きていいのかな。迷っていると、男性と目が合った。
「あなたが異世界から降臨された聖女様ですね」
あなたとは、たぶん、私のことだろう。さっきから散々、聖女様呼ばわりされていることだし。姿勢を正して名乗ってみることにする。
「アサヒと言います。たぶん、異世界から来ました」
「お呼び立ていたしましたところに、妹が大変なご無礼を。おゆるしください」
「だ、大丈夫ですけど。いったい、何が何だかで。ササちゃんはなにをしたいって言ったのかわからなくて」
「……ササちゃん」
男性がプッと噴きだした。モリーユさんが慌てて小声で囁く。
「ササ様は第一王女であらせられます。『ちゃん』とお呼びになるのは、いささか問題が……」
「いいよ、モリーユ神官長。妹には親しい友人もいない。聖女様がお声がけくだされば、私も嬉しい」
男性は左手を背中に、右手を胸に当てて、優雅に頭を下げた。
「申し遅れました。私はヒイロ、この国の第一王子であります。聖女様のご降臨、心より感謝いたします」
ぽかんと口が開いた。王子様。まさかの。確かに王子様然とした容姿ではあるけど。
「ササが聖女様に食対戦を申し込んだと聞きました。ですが、差しさわりがおありなら、ササには取り消すよう申し渡します」
王子様が言っていることは相変わらず分からない。誰か、一から説明してくれー。
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