第4話 衣食住足りて満足じゃ♡


 『食対戦。

 その歴史は古く、その威厳は空よりも高い。

 神聖にして、何人もけがすべからず。

 人々が相争うとき、食対戦の勝敗が神判そのものである。

 決して、あだおろそかにすべからず。』


 私の部屋に戻って、モリーユさんが胸元から取り出した本は、信仰の書とかだそうで、神殿にお努めする人は皆持っていて、暗唱出来るらしい。

 その中に、『食対戦』という項目があって、三ページにわたって長々と歴史や、ルールや、心構えなんかが書いてある。

 本を覗かせてもらったら、知らない文字なのに、なぜかスラスラ読める。


「聖女様には神の御力が宿りますので、どのような人の意も汲み取ることが出来るようになるのです」


 それにしては、皆さんが言うことが、さっぱりわからないんですけど。

 わからないなりに、本を見ながらモリーユさんの説明を聞いた。食により勝敗を決する。より美しく食したものが勝利する。

 文字は読めるけど、内容が難しくて理解できないんですけど。美しく食すって、マナーとかのことかな。私には、この世界のテーブルマナーなんてわからないんだけど。


「実際に見られたら早いんだけどなあ」


「ご覧になりますか?」


「え、見られるんですか!?」


「本日、裁きの庭で食対戦が行われます。老夫婦の離婚調停でございます」


「離婚調停。それを食対戦で決める、と」


「さようでございます。夕刻に始まりますので、それまでにお召し替えを。私は御前を失礼いたしまして、神殿へ戻ります。食対戦の時刻になりましたら、お迎えに参じます」


「はあ。よろしくお願いします」


 とても丁寧に頭を下げてモリーユさんが部屋を出て行った。入れ替わりにシロハツさんが真っ白な布を捧げ持ってやってきた。


「御召し物をお持ちいたしました」


 そう言って布をふわりと広げる。やっぱり、縫い目もなにもない一枚布だ。これをどうにかこうにかして体に巻き付けるようだ。

 制服を脱いで下着だけになると、悲しいくらいにぺったんこな胸とお腹を隠すように、シロハツさんがさっと布を肩にかけてくれた。布を脇の下から背中に通して、肩の上でピン留めする。肩から腰にかけてドレープを作って、布を交差させて、反対の肩でもピン留め。ドレープもたっぷり膨らませる。


 鏡に映してみると、全体にふんわりしていて、まるでふくよかになれた気になった。肩も腰も尖った印象だったのが嘘みたいだ。


「よくお似合いでございます」


「本当ですか?」


「はい。お気にいりませんでしたか?」


 心配そうに尋ねるシロハツさんに、両手と首を振ってみせた。


「とんでもないです、とっても気に入りました。私、痩せてることがコンプレックスだけど、この服だと少しはマシに見えるから」


 シロハツさんが、ハッとして顔を伏せた。なんだろう、この同情されてるような感じ。いつもなら「痩せてるのがコンプレックスだなんて、嫌みか」って攻撃されるところなのに。

 そう言えば、この世界に来てから、よく太った人ばかりにしか会っていない。BMI値が低そうなのは王子様だけだった。もしかして。


「この世界では、痩せた人って少ないんでしょうか」


「ええ。遺伝的に太ることが出来ない方がいらっしゃるだけで、あとのものは神のご加護を受けることが出来ております」


「神のご加護を受けたら、太れるんですか!?」


 なんということでしょう! この世界での聖女の仕事は神に仕えること。それって、加護を受け放題なんじゃない?


「私も神のご加護が欲しいです! どうすればいいんですか? 儀式とか?」


「申し訳ございません。私の口からでは正しくお伝えする自信がございません。神官長様にお伺いされた方が……」


 おっとっと。興奮して、ついシロハツさんに迫ってしまった。そうだよね、神様のことは神殿の人に聞くのが一番。モリーユさんが戻るのを大人しく待とう。


 待っている間に、私に用意された部屋を探検する。


 ドアから入ってすぐの絨毯の部屋は居間らしい。突き当りの壁に窓があって、左右の壁にはドアがある。

 右に行ってみると、寝室だ。ここも、なにもかも真っ白。ベッドは膝丈くらいしか高さがない。円形で、たくさんのクッションと肌触りの良いすべすべのシーツと掛け布。座ってみたら、硬すぎず柔らかすぎず。ここで眠るのが楽しみすぎる。

 家具はあと、ローテーブルとベッドの側にスツール。これも背が低い。どうやらここでは椅子生活はしないらしい。


 居間に戻って左のドアを開ける。


「おおおおおおお」


 部屋いっぱいに大きな浴槽、そこに白い石造の乙女が捧げ持つ壺から滔々とお湯が注ぎ込まれている。


「入り放題……」


 お風呂大好き人間な私には、本当にここは天国だ。

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