太さ=美!な世界に聖女として異世界召喚された痩せ体質の私はフードファイトで無双する!

かめかめ

第1話 召喚されちゃった♡


『ほんとに腹立つわあ』


 そんなこと言われたって知らないよ。


『食べても太らない体質とか、まじチートスキルなんですけど』


 チートでもスキルでもない、ただの遺伝的体質だ。


『もう、近づかないでくれない?』


 そんな! 幼馴染に冷たすぎるよ。こんな体質のせいで友達なくすなんて……。


「…………様」


 私は好きで痩せてるんじゃない。


「……聖女様」


 細すぎるからってフラれた経験、あんたにはないでしょ。だってあんたは……。


「お目覚めください、聖女様」


「その豊満な胸とふくよかな尻の肉を、わけてくれー!」


 どよどよと数多の人声がする。なに、なんだっけ、私どうしたんだっけ?


「ああ、やっとお目覚めくださいましたね、聖女様」


 さらり、と柔らかな金の絹糸が顔にかかった。いや、違う。これ、髪の毛だ。すごくきれい。くせ毛のせいでショートカットにしかできない私の髪とは比較にならない美しさだ。

 思わず手を伸ばして触れてみた。


「ああ、申し訳ございません。ご尊顔に髪を触れさせるなど、大変な失礼を……」


 金の髪の主は私の手許から髪を離して肩から背中へと流した。それはもう、優雅な所作で。さらさらと金色に光る髪は美しくて。その女性の肩はがっしりと逞しくて。


「さあ、聖女様。皆が聖女様のご尊顔を拝するために集まっております」


 そう言われて、赤ちゃんの手のような丸っこい、ふっくらとした手で肩を支えられて起こされた。背中に感じる手のひらが柔らかくて気持ちいい。


 私はふかふかのクッションで埋め尽くされた、豪華で金ぴかな棺のような箱の中に寝ていたようだ。祭壇のような女性の腰くらいの高さの台に乗っかってる。なんだか金属製みたいな箱だ。

 二十代前半くらいだろうか、金の髪の女性はギリシャ時代の彫刻で見るような、布を巻き付けたような真っ白な服を着ている。その女性に促されて膝立ちになる。


 そこは大きなドームだった。真っ白い石柱に支えられた丸天井は高く高く、壮麗な花園の絵が描かれている。色とりどりだ。

 壁はなくて、外の様子がよく見える。植栽が豊かで、ぴっかり晴れた明るい光を浴びて、すくすく元気そうだ。

 ドームの内部はかなり広くて、私の家(7人家族の5LDK)がすっぽり入るんじゃないかな。

 そこに人が、それはもう大勢いてざわめいている。皆の目が私に突き刺さるように集まっていて、思わず固まってしまった。


「皆様、聖女様のご来臨です」


 おお、と歓声が沸く。とともに、なんだか目を丸くしている人も多い。なんだなんだ。


「この地に平和をもたらされるため、我が国にご滞在いただきます。王に謁見していただきますゆえ、皆様へのご挨拶は、そののちに」


 女性が手を貸してくれて箱から出た。学校の講堂のステージみたいなところに乗っかってたらしい。真っ白な石造りだから、講堂の木造のステージとは豪華さの違いに程があるけど。


 ステージ中央の階段を女性に手を引かれて下りる。集まっていた人たちが自然に左右に別れていって、一本の道が出来た。その道を真っ直ぐに進んでいく。集まっている人たちもみんな布を巻き付けた服で、でも色とりどりだ。そして、みんな恰幅がいい。


 なんて観察していると、皆さまは私を観察するわけで。……視線が痛い。ざくざく刺さってくるみたい。まるで毛虫にでもなったみたいな気分で、誰とも目を合わせないように深く俯いて歩いた。


「大丈夫ですか、聖女様」


 女性に声をかけられたのはドームを出て色とりどりの敷石を三十八枚数えた時だった。


「召喚後すぐでお疲れでしょうが、王へのご挨拶まで、今しばらくご辛抱ください」


「あの、なんなんですか?」


 質問しても女性は立ち止まらない。なんだか急いでるみたい。出来たらもっと速足で歩きたいんじゃないだろうか。


「なにとは、どういったことについてでしょうか」


「ここ、どこですか? あなた、誰ですか? 聖女って、なんのことですか? 召喚ってどういうことですか?」


「ここはアルトメルト王国。私は神官長のモリーユ。聖女とはあなた様のことで、ああ、後の説明は、また。王宮につきました」


 顔を上げると、白亜の宮殿がどどーんと建ちそびえていた。あ、なんか見覚えあるな。アラブだとかインドだとか、なんだか暑そうな国の、屋根が丸くて尖塔が左右についているような建物。

 いったい何階建てなのか、見上げると首が痛いくらい。窓がたくさんあるけど、不規則で整列してないから階数を数えられない。

 その建物の正面に大きな扉。白地に金色の金属で装飾された、多分、三メートルはあるんじゃないかってくらいで重そうな。その扉を、側に立っていた二人の屈強な男性が、渾身の力でって感じで引き開けた。


「お待ちいたしておりました、聖女様」


 扉の中には大柄な男性が待ち構えていた。


「私は王属騎士団長、アミガサと申します。玉座の間までご案内いたします」


 アミガサさんは身長も高いけど、横張りもかなりある。身長百五十センチの私ではアミガサさんの肩に顔が乗るかどうかくらい。太りっぷりはお相撲取りさんみたいだ。騎士っていうけど、体術も強そうな感じだ。たぶんだけど。


 宮殿の中は、それはそれはきらびやかだ。さっきのドームなんか比じゃない。壁も天井も柱も、宝石だかなんだか、ぴかぴかの石が嵌め込まれて輝いている。まるで万華鏡の中に入り込んだみたい。


 入口の真正面に螺旋階段がある。これも色とりどりの石で全面を覆われている。アミガサさんが先導して上っていくけど、かなり体重がありそうなアミガサさんが踏んでも石は砕けたりしないんだろうか。


 階段を四十四段上ったところが広いホールになっていて、そこにまた大勢の人がいる。

 最近、陸上部をさぼりがちで鈍った体には四十四段はちょっときつかった。軽く息が上がっている。体格の良いモリーユさんはと横目でちらりと見ると、穏やかにニコリと微笑まれた。階段なんか慣れっこなんだろうな。私ももっと鍛えないと!


 ホールにいる人を、今度は落ち着いて見回すことができた。皆静かで、上品な感じがする。さっき群がっていた人たちとは服の質が違う気がした。布にハリがある。

 そして皆、体格がいい。男性は力士かな?というような、それもどちらかというとアンコ型の丸い感じ。女性は腰回りが、しっかりしていて、とても豊満。


 アミガサさんが階段から一歩踏み出すと、やっぱり皆すっとよけて道が開く。一本の道は、巨大な扉まで続いている。そして、その扉は異様だった。

 RPGで言えば、ラスボスがいそうな真っ黒な扉。いくつも打たれた鋲、恐ろしい形相の怪物のレリーフ、ぎらついたオイルのような光沢。いかにもまがまがしい。


「王の御前でお名前をお名乗りくださいね」


 モリーユさんはそれだけ言うと、黙ってしまった。この恐ろし気な扉の向こうに王様がいるの? 魔王じゃなくて?


 これもまた二人の男性が顔を真っ赤にして引き開ける。よっぽど重いのだろう。そして、開いていく扉から、ギギギギギと不穏な音がした。


「聖女様をお連れいたしました」


 アミガサさんの声が朗々と響く。室内もやはり黒い。窓がなくて、松明が壁に掛けられている。

 暗い部屋の中、天井がどれくらい高いのか見上げてもわからない。部屋の中央に巨大な椅子がある。黒いどっしりした木材で、まがまがしさを感じさせる文様が彫り込まれている。


 その椅子に座っているのは、巨体の老人だった。黒い目と褐色の肌に白く長い髪。眉毛も同じように白い。眼光は鋭いけど、どこか疲れているように見える。

 じっと見つめあうこと数十秒。私はどうすればいいのだろうとモリーユさんに目をやると、小さく頷かれた。そうだ、名乗るんだった。


「榎あさひです」


 老人は(たぶん、王様だろうけど)、ぐっと身を乗り出して目を細くして、品定めするように私を観察している。


「エノキアサヒ。変わった名前だな」


 老人のものとは思えない張りのある声。迫力がすごくて思わずビビる。


「どうした、エノキアサヒ」


「いえ、あの。エノキが名字で、あさひが名前です」


「名字? 名前? 名が二つあるのか。まあ、なんでもいい。エノキかアサヒか、どちらで呼ばれたいのだ」


「えー。じゃあ、あさひで」


「わかった。アサヒよ、よくぞ来た。今後この国の聖女として立派な働きを期待する」


 そう言うと、老人は右手をひじ掛けに乗せて頬杖を突き、左手で蝿を追い払うようなしぐさをした。しっしって。早く去れって。むっとして眉間にしわが寄る。


「さあ、聖女様。まいりましょう」


 モリーユさんが私の手を引いて扉をくぐると、王様が背中に声をかけてきた。


「その貧相な姿では恥ずかしかろう。よく食べて眠ることだ」


 ギギギギギと不穏な音をたてて扉が閉まる。その音に合わせるかのように私の首が扉に向かって動く。


「誰が貧相か!」


 私の声は扉が閉まったガン!という音で掻き消された。

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