第18話 みんな、無事で……♡
私たち一行を受け入れてくれたのは、市長のブナハリさんだった。私たちが徒歩で到着して、ヒイロ王子の執事さんが尋ねてみたところ、大わらわで邸内の準備を進めてくれているらしい。
「お待たせしてしまいまして、まことに不敬なことでございます。お詫び申し上げます」
髪を剃り上げてるブナハリさんは、ぴかぴかつるつるの頭を下げてかしこまってる。まだ三十代前半くらいだろうに市長さんやってるなんて、有能な人なんだろうなあ。
「突然押しかけて、こちらこそ申し訳ない」
ヒイロ王子が言うと、ブナハリさんはますます体を硬くして「ハッ!」と、豊満なお腹から出たらしい力強い返事をした。
市長さんのお屋敷は公邸で、会議室だとか簡易宿泊施設だとか災害のときなんかの避難所だとかも併設されてるそうで、敷地はものすごく広い。
お城で国際会議なんかがあるときは、お偉いさん以外はお城じゃなくて市長邸に宿泊するとか。市政だけじゃなくて雑事も多い、なかなか大変なお役目だね。
「聖女様におかれましては無言の行に当たられていらっしゃるとうかがいました。よろしければ教会へご案内も出来ますが、いかがいたしましょう」
いかがと言われても私は口を開けない。シロハツさんが代わりに答えてくれるかなーと思ったら、ヒイロ王子が答えた。
「いや。聖女、アサヒ様にはこのままご同行いただく。このたびの状況がわからぬまま教会にいらっしゃるより、我々がお守りしたほうが良いと判断した」
「さようでございますか。かしこまりました。ではお部屋へご案内いたします」
一歩、公邸に足を踏み入れた途端、無言の行を忘れてぽかんと口を開いてしまった。あわてて閉じたけど、誰も見てなかったよね。
いや、それより、なにより、なんでなの、これはいったい。
公邸は和風建築だった。
玄関はあるけど、靴は脱がずに上がった。木造の床には保護のためか、絨毯が敷いてある。廊下の一方はガラス戸で、庭が見える。枯山水だ。いくつかの岩がそびえて玉砂利で波紋が描かれている。
もう一方は障子戸。格子状の木枠に白い紙が張り付けてある。
なんなの、これ。祝賀の儀の食事も和風だったし、ウェスティン王国って、いったい……。
出来ることなら市長さんを問いただしたいんだけど、口を開くわけにはいかない。もどかしくて、イライラする。
通された部屋も和室だ。畳、襖、床の間、生け花まである。テーブルではなく座卓。ソファでもパロでもなく、座布団。呆気に取られて動けない私を心配したシロハツさんが「いかがなさいましたか?」と聞いてくれたけど、話すわけにはいかない。
襖で仕切られただけの部屋では、話し声はかなり聞こえる。
小さく首を横に振って、座布団に座る。
突然、ぽろりと涙がこぼれた。なんで急に、と慌てて手でごしごし擦ったけど、だんだんと悲しくなってきた。
「アサヒ様、いかがなされましたか」
シロハツさんが、おろおろしながら小声で聞いたけど、やっぱり首を横に振ることしか出来ない。帰りたい、日本が恋しい、家族に会いたい、家族に会いたいよう。
ぼろぼろぼろぼろ涙が止まらない。シロハツさんが優しく背中を撫でてくれる。お母さんに会いたい。すごく会いたかった。弱音をはかないって決めたのに。どうしてこんなに日本を思い出させるの。
ようやく泣き止んだ頃には涙で頬が痒くなっていた。鼻水もかなりかんだし、喉が渇いていた。
「失礼いたします」
廊下側の襖の向こうから声をかけられた。すっと襖が開いて、茶色のローブ姿の女性がお茶を運んできてくれた。これは緑茶じゃなかった。アルトメルト王国でもよく飲む花茶だ。ホッとした。もう泣くのはこりごりだ。
飲んでみたら、少しぬるい。私が泣き止むまで、襖の向こうで待っていてくれたのだろうか。ありがたい心遣いだ。
ただ、泣くのは無言の行としてどうなんだろ? 大丈夫かな?
「アサヒ様、失礼してもよろしいでしょうか」
もう泣き止んだし、大丈夫。シロハツさんに頷いてみせると、襖をすっと開けてくれた。待機していた二メートルさんが膝をついて軽く頭を下げた。
「探索に赴いておりました騎士たちからの報告が入りました。王子殿下の居間までお越しください」
そりゃ大変だ。すぐに立ち上がって部屋を出た。二メートルさんが立ち上がると天井までの隙間があまりない。部屋に入るときは、かなり屈まないと鴨居に顔がガンとぶつかるだろうね。気を付けて欲しいところです。
ヒイロ王子の部屋は、お殿様の部屋だった。時代劇で見たことがある。
広々した畳の部屋の、一段高くなった上段の間と呼ばれるところに、ヒイロ王子が座っている。使っている紫色の座布団の厚さが、五センチくらいある。
「聖女、アサヒ様。どうぞ、こちらへ」
執事さんに呼ばれて、ヒイロ王子の隣に座る。私の方の座布団もやっぱり五センチくらいの厚さがある。座りにくいこと、この上ない。お殿様は大変なんだね。
「お呼び立てして申し訳ない」
ヒイロ王子が言うと、私の代わりにシロハツさんが深々と頭を下げた。
「アサヒ様にも状況をご存じいただきたく、騎士の報告をお耳にいれたい」
了解であります。ケロウジ辺境伯のこと、気になるもんね。
「アミガサ騎士団長、報告を」
ヒイロ王子に呼ばれてアミガサさんが立ち上がる。
「ご下命により、騎士隊、四隊を派遣いたしました。第一隊はケロウジ辺境伯の捜索。第二隊はヤマイグチ宰相の自邸と近隣の関係邸宅の捜索。第三隊はヤマイグチ宰相に従っていない辺境伯領騎士団の捜索。第四隊はポロの入手に当たりました」
そうだ、ポロちゃんたちも盗まれちゃったんだ。買いなおすって、かなりの金額になるんじゃないかなあ。
「まず、ポロの件ですが、ブナハリ市長の持ちポロをお貸しいただけることになりました」
おお。個人でポロを二十頭以上飼ってるのか。よっぽどポロ好きなんだね。貸してくれるポロたちを大事に、仲良くしないとね~。
「次に、ケロウジ辺境伯の所在については未だ手掛かりが掴めておりません。第一隊は引き続き捜索しております」
休憩なしで走り回ってるんだ。騎士さんたちが手掛かりを見つけて、早く帰ってこられるといいな。
「ヤマイグチ宰相の捜索には、スエヒロ嬢を誘拐した容疑があるとのことで、辺境伯領の衛士が参加いたしております。今現在、ヤマイグチ宰相の姿は見つかっておりませんが、目撃情報が集まりつつあります。まとめ次第、ご報告いたします」
そうか、スエヒロちゃんはお城に置き去りにされていたんだ。保護者から引き離して、軟禁するのって、誘拐にあたるんだね。おのれ、悪の宰相。小さな女の子を酷い目にあわすとは、許すまじ。
「第三隊が捜索しております、消えた辺境伯領騎士団の行方ですが、ウェスティン王国、王城に向かったのではないかという街の噂がございます」
「王城? 辺境伯からの指令でもあったのか?」
「詳細を知る者は未だ見つかっておりませんが、ケロウジ辺境伯の徽章を模した旗を掲げていたとのこと。公式な訪問ではないようですが、隊は百騎を超え、戦士五百名ほどを率いていたそうです。王城に赴けば騒ぎになりましょう」
百騎の騎士さんたちがお城に向かっていくって、それ、もう宣戦布告してるように見えるんじゃない? 大丈夫なのかなあ。
横目でヒイロ王子を見てみたら、すごく難しい顔をしてる。
「隊は街道を行ったのだな?」
「さようでございます」
「二騎で後を追わせろ。追いつき次第、アルトメルト王国第一王子からの依頼を伝えるように。ケロウジ辺境伯の捜索のため、隊を割いて欲しいと。もし、騎士団が宰相の息がかかった者たちならば、二騎は全力で帰還するように」
ヒイロ王子は準備されていた赤い布に、依頼内容と名前、それと紋章のような模様を描いた。これで王族からの手紙だってわかるんだね。身分証になるのは模様が重要なのかな。布の方かな。
アミガサさんは恭しく赤い布を受け取ると、颯爽と部屋を出ていった。
「人払いを」
ヒイロ王子が言うと、執事さんとシロハツさん、市長さんと秘書さんが部屋を出ていった。私は残っていていいみたい。っていうか、私が喋れるようにっていう人払いか。
「アサヒ、事態が変わった。きみはアルトメルトに戻った方が……」
「残ります」
ヒイロ王子は厳しい表情のままうなずく。
「そう言うかとは思っていたが、理由を聞かせてくれないか」
一番の理由は、なんでこの国が和風なのか知りたいから。でも、それだけじゃない。
「私がアルトメルト王国に帰ることになれば、騎士さんを何人か護衛に付けてもらうことになりますよね。ケロウジ辺境伯やヤマイグチ宰相の捜索にあたる人員が減ってしまいます」
それと、これもとても気がかりなこと。
「スエヒロちゃんと喋ることが出来なくても、聖女が近くにいると思ってもらえたら、少しは安心できるんじゃないかとも思って」
ヒイロ王子は真っ直ぐに私の目を覗き込む。度胸を試されているのか、本心を探られているのか。どちらにしても、私はこの土地を離れないんだから。
「わかった。だが、アサヒはスエヒロ嬢と、この屋敷から外へ出ないこと。約束してくれるね」
私はしっかりと唇を結んでうなずいた。無言の行、今なら心から祈れる。みんな、無事で。
夕食が準備されて、騎士さんたちは代わる代わる帰ってきては、簡単な食事を飲み込むように食べてまた捜索に飛び出していく。
私はスエヒロちゃんと一緒に市長さんの住居部分にある食堂に招かれた。駆けまわっている騎士さんたちのことを考えると、私だけ贅沢な食事をするのは申し訳ないとしか思えない。無言の行じゃなくて、断食の行があればいいのに。
そう思って、ハッとした。私の仕事は常闇を払うこと。食べて、眠って、祈ること。それが出来なきゃ、この世界にいる意味は、なに一つなくなる。
食が進まないスエヒロちゃんを励ますように、大きな焼きおにぎりにかぶりついた。
この屋敷の焼きおにぎりは味噌味だ。香ばしさの中に甘みがある。三つ、立て続けに食べてしまう。焦げたところが香り高くていい。
木製の串に刺さった焼き鳥をがぶり。お箸で一切れずつ取り外すなんてことはしない。串を頬張る勢いでぐいぐいと、山賊のごとく食らうのだ。
鶏とは全く違う、どこか青葉の爽やかさがあるような香りの肉だ。こちらに来てから食材そのものを見る機会がないなあ。いつか、牧場なんかも見てみたい。
ちらりとスエヒロちゃんを見てみると、がんばって食べている。魚肉と葉物野菜の澄まし汁も、キノコの和え物も、きれいな箸遣いで平らげていく。
私も負けじと筑前煮に似たものを頬張る。……完全に筑前煮だった。ゴボウ、レンコン、ニンジン、コンニャク、鳥肉もどうやら鶏らしい。
本当に、どうしてこの国は和風なんだろう。
辺境伯が戻ってきたら、聞けるだろうか。そんな平和な会話が出来るくらい、この混乱がすぐに落ち着くといいんだけど。
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