第17話 辺境伯領はデンジャラスだぞ♡

 お昼過ぎまで無言の行を続けた。お昼の休憩に寄ったのは教会で、無言の行に就いた聖女のための専用室に通された。窓がなくて間接照明で、なんだか落ち着く。

 この部屋で一人になったら声を出していいそうだ。何年も無言を貫くと声が出なくなっちゃうから、その予防だそうな。私はそんな心配もないけど、呟いておいた。


「しっかりしなきゃ」


 泣き言を誰にも言わない、もう弱音を吐かない。私は聖女なんだから。




 今日の宿泊地は、ケロウジ辺境伯領。国境を治めるため、広い領地と、高い地位を持った人らしい。と、聞いていたけど。


 そのお住まいといったら。

 広い運河のほとりにある丘の上、黒い城がズドーンと建っている。石を組み上げた造りで、丘と接するところから五メートルほどは防衛のための壁なのか、かなり大きくて頑丈そうな岩が使われている。

 その上に堅牢なのが一目でわかる黒い建物。基本は長方形なんだけど、その四つの角それぞれに高い尖塔が立っている。ラプンツェルでも住んでいそうだ。


 城門も大きくて、分厚くて、重そう。金属製だから壊すのは相当な技術がいるんじゃないかな。

 そのドデカ門を通って建物に近づこうとしていると、鎧を身に付けた衛兵さんに道を塞がれた。


「ポロ車はこちらにてお預かりいたします。どうぞ、降車くださいませ」


 アミガサさんが低い声で対峙してる。


「アルトメルト王国第一王子殿下に対して不遜ではないか。ケロウジ辺境伯は一国の王子殿下に向かって、前庭から歩けと命じられたのか」


 衛兵さんが沈黙する。きっと命令されただけで、決定権はないんだね。命じられたこと以外を勝手に話してもいけないのかも。

 そんなことを考えていたら、ヒイロ王子が颯爽とポロ車を降りた。


「ケロウジ辺境伯の御意向を知りたい。聖女様をお通しするためにポロ車を入城門まで運び入れたい。いかがか」


「お、お待ちくださいませ」


 衛兵さんたちはみんな逃げるように建物の方に走っていく。難しい判断なんて出来ないよね。もう少しお偉い人が交渉に来てくれるといいんだけど。衛兵さんじゃかわいそうだよ。


「聖女様、少々お待ちいただきます。ご不便をおかけいたしまして申し訳ございません」


 ヒイロ王子がポロ車の扉前まで戻ってきたので、誰にも見えんだろうとブイサインを見せた。肩がブルブル震えて、顔を深くうつむかせてしまった。ヒーちゃんを笑わせるつもりはなかったんだけど、楽しんでくれたならなにより。


ケロウジさんのお遣いには、兵士長という役職の人が来た。王子に対する挨拶はなくて、用件だけ話し出した。アミガサさんのこめかみに血管が浮く。お、怒ってる?


「騎乗のまま城内に入れるのはウェスティン王家の皆さまのみ。たとえアルトメルト王国の王子殿下といえど、騎乗のままでの入場はお断りいたします」


 うわあ、アミガサさんの顔が真っ赤だよう。それに、槍を持つ手が震えてるような……。まさか切りかかっていったりしないよね?

 ヒイロ王子も難しい顔してる。ちょっと、これは、まずい状況のような。


 誰にも手を借りぬまま、ポロ車からぴょんと飛び降りる。


「聖女様!?」


 シロハツさんの悲鳴のような声には反応しない。無言の行、無言の行。

 一人でポロ車を降りるのって、たぶん、マナー違反なんだろう。ヒーちゃんが、うつむいてしまって肩を震わせてる。まあ、叱られずにすみそうで良かった。

 アミガサさんなんかぽかんと口を開けてしまってる。怒りはどこかへ行っちゃったみたい。こっちも良かった。


 さて。無言の行の最中だから、誰とも話せないし、兵士長さんのところへ行ってみよ。兵士長さんはだらだらと汗をかいている。これが、冷や汗ってやつかな。


「畏くも聖女様はケロウジ辺境伯の無体にもお怒りにはならないご様子。一同、下馬」


 ヒイロ王子の皮肉たっぷりの指示に従って、ポロ車からも、ポロからもみんな降りてしまった。

 ケロウジさんの兵隊さんたちがワラワラとやってきて、ポロたちをどこかに連れて行った。大事に扱ってもらえたらいいんだけど。


 兵士長さんが先導して、お城の入口までトコトコ歩く。さすが兵隊さん。なかなかの速足だ。ついていくのに必死で、庭を見る余裕もない。ヒイロ王子が手を引いてくれて、少し楽になった。

 手ぶらの私はいいけど、大荷物を担いでる荷役の騎士さんとか、メイドさんとか、大丈夫かなと振り返ってみたら、みんな楽ちんな顔をしてる。運動不足は私だけ……か。

 

 軽く息切れした状態で建物の入り口に着いた。兵隊さんが二人、ドアを開けてくれたけど、それ以外の人はいない。巨大なエントランスはガランとして物寂しい。


「こちらで少々、お待ちください。案内のものを寄越します」


 ところで、兵士長さんは敬語が中途半端だけど、ケンカを売ってるのかな?

 祝賀士の虹レンジャーもそうだったけど、ウェスティン王国の人たちって、アルトメルト王国が嫌いなんだろうか。

 アミガサさんの額の血管が目立ってきた。怒ってるなー。


 そんな状態が二十分ほども続いた。やっぱりアミガサさんは真っ赤になっちゃったし、ヒイロ王子の眉間のしわは深いし、シロハツさんは無表情を装ってるけどなにやら怨念みたいなものを纏ってるように見えるし。みんな、そろそろ我慢の限界だ。

 というところに、やっと人がやってきたんだけど。


「聖女様、いらっしゃいませ!」


 ローブ姿の幼女が華美な階段を駆け下りてきて私に抱き着いた。四、五歳くらいかな。ワカクサ王女よりもしっかりハッキリした話しっぷりだ。


「お待ちしておりました! 私、聖女様にお会いできること心から喜んでおります」


 あら、大歓迎されちゃった。でも、残念ながら頭を撫でてあげることも出来ない。シロハツさんがそれを説明してくれた。


「聖女様は無言の行の際中でございます。お話しできないのでございます」


「そんなあ……」


 案内のものを寄越しますって兵士長さんが言ってたけど、まさかこの女の子じゃないよね。一人しかやってこなかったんだけど。

 女の子は気を取り直したようで、ローブの袖に両手を入れて頭を下げた。まるで空手映画の登場人物みたいに。


「申し遅れました。私はケロウジ辺境伯の長女、スエヒロと申します。皆様をお部屋までご案内いたします」


 エントランス中がざわめいた。みんな驚いて目を丸くしてる。私も危うく口を開けちゃうところだった。

 こんなに小さな女の子が案内役? それも、一人でこの大所帯全員を? 辺境伯の娘って、お嬢様じゃないの?


 疑問が頭の中を舞い飛ぶけど、案内するというものを断るわけにもいかない。幼い子に外交交渉は無理だろうし。


 スエヒロちゃんが、おいでおいでと手招きする後ろについていく。ヒイロ王子が私の手を引いてくれる。とりあえず、黙ってついていけばいいみたい。

 エントランスの奥にある両開きのドアを、スエヒロちゃんが一人で「うんしょ、うんしょ」と言って開けようとしているけど、ビクともしない。アミガサさんが手伝って、やっと通れるようになった。


「ありがとう、おじ様」


 無邪気に言われて、アミガサさんは居心地悪そうだ。怒りは覚めていないけど、スエヒロちゃんの前で見せるわけにはいかないからね。こめかみの血管、切れないといいんだけど。


 大きなドアの先、突き当りに階段がある。なんだか妙に狭い。エントランスにも階段はあったし、スエヒロちゃんはそこから下りてきた。あっちの階段を使うんじゃだめだったんだろうか。

 この狭い階段、人一人しか立てないし、もしかしたらアミガサさんとか二メートルさんは通れないんじゃ……。

 気になって振り返ったら、体を横にしたり、お腹を引っ込めたりして、みんななんとか上ってきてる。がんばって、みんな!


 最上階、というか屋根裏部屋か?と言いたいくらい天井が低い廊下に出た。今にも石の天井が落ちてきそうに感じるほど、息苦しい。壁に窓もないし、空気がよどんでるみたい。


「騎士の皆さまはこちらでお待ちください」


 とくになんということもない廊下の途中で、スエヒロちゃんは一行のほとんどを押しとどめた。

 先に連れられていくのは、ヒイロ王子と執事さんと身の回りの世話をする少年二人。私とシロハツさんとメイドさん。それと、勝手に付いてきているアミガサさん。


「聖女様のお部屋はこちらです」


 廊下の奥から二番目のドアをスエヒロちゃんが開けてくれた。中を覗いたメイドさんがザっと飛び退り、私をかばうように立ちふさがった。部屋の中から二人の兵士が飛び出してきた。アミガサさんが槍を横にして、兵士たちの胴を一撃で打ち据える。兵士は二人ともうずくまってしまった。ヒイロ王子の近侍の少年たちが、兵士たちを縛り上げる。


「スエヒロ殿。これはどういうことか」


 ヒイロ王子がスエヒロちゃんの腕を掴んで尋問する。スエヒロちゃんは真っ青になって震えるばかりで、言葉は出てきそうにない。


「アミガサ、奥の部屋も確認しろ」


 メイドさんがドアを押し開け、さっと下がる。アミガサさんが部屋に踊りこむと、やはり三人の兵士が潜んでいて、切りかかってきた。アミガサさんは槍の刃は向けず、石突で兵士のこめかみを突き、床に引き倒した。三人が倒れるまであっという間で、縛り上げられるまで一瞬だったかのような気がする。


 廊下の向こうで、わっと喚声があがった。金属が打ち合う音が聞こえてくる。


「アミガサ、行け!」


 ヒイロ王子が言い終わる前にアミガサさんは駆けだしていた。近侍の少年も一人、後を追うように走り出す。


「アサヒ、ここにいるんだよ。きみは必ず守る」


 ヒイロ王子は執事さんから剣を受け取ると、駆けだした。ヒーちゃん、ケガしたらだめだよ!

 私に出来ることはなにもなくて、ここに残ってくれた人たちに守ってもらうしかない。聖女なんてお荷物でしかないんじゃないか。


 戦闘はあっという間に終わった。私たちの方にケガ人はいないけど、ケロウジ辺境伯の兵士たちはボロボロだった。廊下は血だらけで、壁には刃物でついたらしいキズもある。

 手近な部屋に兵士たちを押し込んで、監視の騎士四人を残して、私たちは階段を下りた。もっと兵士がいて襲ってくるかと思っていたんだけど、なにごともない。お城の中は無人なのかと思うほど、しんとしている。


「スエヒロ殿、ケロウジ辺境伯のところに案内していただこう」


 スエヒロちゃんはアミガサさんに抱き込まれて動けないようにされている。縄をかけられなくてホッとした。


「父上はここにはおりません」


 震える小さな声でスエヒロちゃんは答えた。


「では、どこに?」


「攫われてしまいました」


 ヒイロ王子とアミガサさんがちらりと視線を交わす。ヒイロ王子が表情を緩めた。


「犯人は誰かわかりますか?」


 スエヒロちゃんは首を横に振る。


「私たちを案内するように、あなたに命じたものは?」


「宰相です。父上がいない間、私を守ってくれると言っていたのに」


 ほろほろと涙をこぼすスエヒロちゃんを、アミガサさんは拘束するのではなく、優しく抱きしめた。ヒイロ王子がスエヒロちゃんの涙を拭ってあげて、優しく尋ねる。


「宰相はどこにいるかわかるかな?」


「謁見の間です。お父様の代わりに」


 下剋上、という言葉が頭に浮かぶ。そんな状態なら、辺境伯は命の危険にさらされているのではないだろうか。


「スエヒロ殿。謁見の間まで案内をお願いする」


 こくりとうなずいて、スエヒロちゃんはエントランスへ戻って豪奢な階段を上る道を指し示した。


 駆け付けた謁見の間に、人影はなかった。宰相はすでに逃げ出したのではないかとアミガサさんがヒイロ王子に進言した。

 城内に人がいないのも、宰相派の兵士が少人数残っていただけだったのではないか。


 騎士さんたちは手分けしてお城の内外を探索するため散っていった。アミガサさんとヒイロ王子も城内を調べると別れていった。

私はスエヒロちゃんと一緒に、執事さんやメイドさんたちと玉謁見の間の隣にある控えの間で待つことになった。


 無言の行のふりをしてるから、脅えて震えているスエヒロちゃんを慰めてあげることも出来ない。シロハツさんに目顔でお願いしたら、スエヒロちゃんを抱きしめてくれた。シロハツさんはとても優しい表情で、まるで本当のお母さんのように見えた。


戻ってきたヒイロ王子とアミガサさんは難しい顔をしていた。


「城内に人は残っておりませんでした」


 アミガサさんが報告しているのは、私だろうか、ヒイロ王子だろうか。うつむき加減で、よくわからない。


 続々と戻ってくる騎士さんたちも人影を見ることはなかったそうだ。門兵までいなくなってしまって、門は開けっ放しで放置されているらしい。


「我が国のポロも消えております」


 二メートルさんの報告に、ヒイロ王子は眉を顰めた。


「持って行かれたか。我々の探索を阻止するつもりか」


 騎士さんが全員戻ってきても、なんの成果もあがらない。このお城はまるで空っぽなのだ。


「ひとまず、ここを離れよう。ケロウジ辺境伯の捜索と、宰相、ヤマイグチの居場所を突き止める必要がある。拠点を作り、ポロを入手する。手分けして事に当たってくれ」


 ヒイロ王子の指示に、騎士さんたちはサッと四手に別れた。物凄い速足で城外に向かって行く。


「私たちも移動しよう。いつヤマイグチが仕掛けてくるかわからない」


 出発して、城門をくぐる前に振り返った。無人の城は悪意に覆われているかのようで、建物の黒以上に、闇がまとわりついて光を拒絶しているようだった。

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